青金
いきなり周囲が真っ暗になった。
その前に、あらぬほうを見ていた月無が、呟いた声が耳に残っている。
「おや、来た」
え、と思った時にはたった一人で真っ暗な中立ち尽くしていた。
何が来たのよ、月無。
せめてそれくらい言ってほしかったな。
とにかくあたりを見回す。
そして両目を閉じて、額に意識を集める。
少しだけだけれど、この使い方に慣れてきた。
不意に、視界が開け、私の前に立っている人がいる。真っ暗な中その人影だけが不自然に浮き上がって見える。
その人は、私と同じ制服を着ていた。
シュシュでまとめたセミロングヘア。縁なしの眼鏡。
去年まで、同じクラスだった斉藤真知だ。
「久しぶり、青金」
「なんでこんなところにいるの?」
確か、巻き添えを食うのはうちの親戚だけのはず。斉藤家と姻戚関係があったなんて聞いたこともない。
「そうだね、どうしてだろうね」
真知はにこにこと笑う。
クラスメイトだったときと変わらない能天気な笑顔。
「青金、大丈夫だよ、ちょっと決断してくれればいいの」
「いきなり何を言い出すのよ」
「従えばいいのよ」
にこにこと笑って真知は続ける。それは張り付いた笑顔。
「従えば守ってもらえる。だってそうでしょう、怖いでしょう、一瞬先で生きていられる保証がないのは」
さっきから胸を突くその言葉を真知はあっさりと口にした。
「だから従って、そう言えばいいの、ねえ青金」
私は真知の顔をじっと見つめた。
「つまりこれか、月無が言っていたの」
真知に見えるけれど、真知じゃないことは最初からわかっていた。
「要するに、麻巳子さんをさらった奴らの仲間か、それとも同じことをやろうとした連中の手先なのよね」
私は一歩真知に見える姿をしたものに近づいた。
「青金?」
「そうなると、麻巳子さんの行方を知る手がかりよね、それじゃ、ただ返すわけにはいかないよね」
私はそのまま細い首をつかむ。
「もうばれてるんだから、その姿を取ることはないと思うの」
そう言って私は力を込める。
細い首なのに、骨の感触が手に伝わってこない。明らかに、人間とは違う生き物なんだな。
「この人間は、お前にとって大切なんだろう、いいのかこの人間がどうなっても」
くっと私は喉で笑った。
「いいよ、好きにすればいい」
空のように喉笛をつかんだ指に鈎爪が生えてきた。
それが首に食い込んでいく。
軽く唇をなめる。
「ねえ、どこに行けば麻巳子さんに会えるの、それとも知らない?」
答える気はないようだ。
「青金やめて」
真知の振りをして憐れんでもらおうとする。でももうネタは割れている。
「記憶を読むのね、あなたは、でも表面しか読めない。たまたま真知を思い出したから、私の大切な人だと勘違いした」
真知の顔が絶望に歪む。
首から流れる血が、鈎爪を伝わって私の中に逆流してくるのが分かる。ああ、私はこいつを食べているんだ。
少しづつ干からびていくそいつを私は乾いた眼で見降ろしていた。
もう真地には似ていない。でも干からびても写真で見たいかなる木乃伊にも似て見えない。
元から骨格とか構造が違うんだろう。
それが塵になったとき不意に世界が明るくなった。




