麻巳子
目を開ける。
自分は何やらガラス質のものに閉じ込められているらしい。 私の周囲に漂うものは空気ではない。何か得体のしれない液体に包まれている。
周囲はまるで、金魚鉢越しに見るように歪んで見える。
身体はまるで動かない。視界の端に歪んではいたけれど、楕円形のガラスの花瓶のようなものに、漬けこまれた人体のようなものが見える。
ひらひらしたフリルやレースからおそらくそれは理津子さんだろう。
あの光にのまれた者達は全員瓶詰めにされているらしい。
あまりありがたい待遇ではないな。
両目は開かないけれど額にあいた眼は開いている。というか閉じ方がわからない。
私は歪んだ世界に視線を凝らす。不意に額に熱をもった。まるで発熱でもしているかのように。
ゆっくりと小指に力を入れる。少しずつ、少しずつ、動けるように。
私の視界になんだか極彩色の奴が通った。
ハッキリ言って孔雀かお前と突っ込み入れたくなるような。
いや、比べたら孔雀に失礼な気がした。
もはや色彩の暴力。北欧の人が見たらめまいを起こしそうだ。
それは一応人型に見えた。
長い髪をたらした若い女性に見えた、シルエットだけは。
髪は真緑と真っ青とまっかとまっ黄色に染め分けられ、実際に肌に生えているのかそれともただの飾りか、赤青黄色緑ピンク紫。
その縞模様はまるでプースカフェ。
刺激の強い色彩をわざと使っているのだろうか。
長く延びた爪、その爪も、それぞれ五色に色分けされている。
優花とおそらく気が合わないでしょうねえ。
シンプルな黒一色に小さな色つきの石をちりばめた、優花の着ていたものを思い出す。
優花はシンプル好みだった。
着ているものも、行動も、いつだって単刀直入。少しは飾りなさいと何度、忠告しただろう。
まあ、シンプル好みの優花にしては、ずいぶんと複雑怪奇な人生を歩むことになったものだろうけれど。
不意に、その派手なやつが私の顔を覗き込む。
「ずいぶんと老けたのがいない?」
たぶん、今一瞬だけだけど、私の額に青筋が浮かんだ気がした。
間近で見た顔はあー予想通り、けばい、まるで場末のホステスを三倍けばくした感じ。
ごってりと塗られた瞼。アイシャドウじゃなくて、ラッカーじゃないのってレベル。
唇もここまで塗りこんだら、かえって唇の形悪くなるんじゃないかしらね。
ここまで塗りこむと元の顔の造作なんてまったくわからない。
別に老けてると言われたことを根に持ってるわけじゃないけど。
「何かしら、悪意を感じる気がしたけど」
少々顔を離してそう呟く。
「そんなはずはありませんが、完全に意識を失っております」
その部下らしい、白と黒のツートンカラーがそう言った。
なんとなく子供のころ見ていた仮面ライダーの悪役を思い出す風貌だ。
たぶん、自分を引き立てるためなんだろうなあ。むしろこっちの引き立て役になってるけど。
「やはり、悪意を感じる」
「しかし、意識はないはずです」
二人はいつまでもとりとめのない話をしていた。
プースカフェは比重を利用しただんだら模様のカクテルです。




