青金
ただひたすら白い世界。その中で、何かが通る気配がする。
見えない何かがすり抜けていく。
よく見れば、透明な魚が私の脇をすり抜けていく。
グッピーによく似た小魚が空中を泳いでいる。
「これはいったい何?」
空が掌で魚をつかんだ。
「ちゃんといるな」
しばらく空の掌の上で跳ねていた魚は再び、空中に泳ぎ出した。
「あっちでも似たようなのを見たよ」
空が呟く。
「深海魚みたいだった。ほら、顔がやたらでっかくて牙がにゅっと伸びてる御面相の奴、いるでしょ。それがね、あっちで知らないお姉さんの胴体を食いちぎっていたんだ。慌てて逃げたけど、お姉さん、食いちぎられるまであれに気づいていなかった」
えぐいもん見たな、二人とも、でも思い出す。あの惨状を。
「気付いていなかったって?」
「見えていないみたいだった。自分が食い殺されるその時まで、何も見えていない」
空は少しだけ眉をしかめた。
「そのうち身体が変わりはじめて僕の姿も見えているんだろうかと思った」
そう言って、鈎爪になった手に視線を落とす。
瞳も金色になっていると教えたものか。
「え?」
洋君がギョッとしたようにのけぞった。
「どうしたの?」
洋君が指さす方向を見れば、たぶんあの会場の中が見えた。ただし、それは天井の視界から、のぞくように、しかし私の見ている方向は真横だ。
ロッカーが並ぶ更衣室、なぜそこが例の会場だとわかったかといえばそこに食い散らされた痕跡のある遺体が散乱していたからだ。
真横を見下ろしている。
このままあっちに行ったらどうなるんだろう。このまま下まで横に落ちるんだろうか。
そのまま進んでいくと、ちらちらと会場の景色が浮かんでは消えた。
それは真横を見ているにもかかわらず、床から天井を見上げる視界だったり、斜めに歪んで見えたりしていた。
「無理やり空間をつなげたからな」
月無が気のない顔で呟く。
「しばらくはこのままだろう」
私は目を瞬かせた。
「しばらくってことは、この場所から、あちらへの接続はある程度の時間が過ぎたらなくなってしまうっていうこと」
「まあ、そうだな、本来つながるはずのない場所を無理やりつなげた以上、それほど間は長持ちしない」
月無の言葉に、私達はそれぞれ、視線を交わしあう。
どれほどか知らないけれど、時間が過ぎれば、そのままおしまいになってしまう。もう家には戻れない。
この変わり果てた姿では、どの道家に戻ることなどできないと思っていたけれど。こんな全くどういう場所かもわからない場所に島流しになるのはまっぴらだった。
 




