夜
日無の話を聞きながら、私は再び鏡に見入っていた。
そこには空が映っている。
空はらんらんと輝く目で、こちらを睨み据えていた。
ふいに空の姿が巨大な影に打ち消される。
視界を遮られて空がどうしているのか見えない。不意に、それが切り裂かれる。
それはふさふさと毛足の長い毛皮に覆われているのが分かる。そして小さく光る点が現れた。光っているのは尖った鈎爪、そしてあとから伸びてくるのは鈎爪のついた小さな手、それがまるで紙でも引き裂くように何かを引き裂いている。
「声を聞くことはできないの?」
私はかすれた声で尋ねた。
日無は話をやめて鏡の一部をいじる。
まるでテレビみたいだ。
ふいに空の声が聞こえてきた。
『じゃまだ。どけよ』
唸るような声で空はそう叫んでいた。
自ら切り刻んだ相手の身体の向こうで、空の顔が大きく映る。
その瞳は縦長に変化している。
また一段と人間離れが進んだようだ。
唸り声とともに唇にとがった歯がのっているのが見えた。
少しろれつが回っていないだけど言っていることは聞きとれた。
『俺は夜を探さなきゃならないんだからな』
唇から伸びた牙のせいで少し舌っ足らずな口調で、空は叫ぶ。いつの間にか空は、複数のなんだかよくわからないものに取り囲まれていた。
いったいどう移動してきたのだろう。空のいる場所は少し、殺風景な場所だ。
しかしあの建物の中から出ることはできないので、たぶん職員用の通路か何かなのだろう。
私は椅子から降り、ふらふらと鏡の前に近づく。
テレビのように、あれは遠くの景色を映し出しているだけだろうと思うけれど。少しでも空の様子が詳しく知りたくて。
空はめまぐるしく飛び回っていた。
私の目ではかろうじて追えるくらい。空が一跳ねするごとに、よくわからない生き物の死体が増えていく。
空の身体がなんだか緑色のものに取り込まれていく。
じたばたともがくが全く身動きが取れない。
喉の奥が痛くなった。
このままなすすべもなく空を見ていなければならないことに。
日無を振り返るが、日無はただ語っているだけだ。
どうしても言うことを聞いてくれそうにない。
空は顔を覆ってきた緑色のものに噛みついた。
そのままバリバリと噛み裂いて行く。
なんだか口が裂けているような。さっきとは別の意味で背筋が冷たくなった。
空は鈎爪を使って、緑色のものを裂いて行く。鏡面を通して見てもなんとなく植物のような質感に見えた。
何とか緑色のものから脱出すると、空がつかんだのは。褐色の袋だった。
工事現場にセメントなんか入っていそうな袋。しかし中身はセメントではなかったようだ。
キラキラと輝く白い粒。
褐色の袋の表面には食塩と書かれていた。
うん、植物に塩、これはいい組み合わせだ。塩の粒が当たるたびに緑色の表面が茶色く萎れていく。
のたうちまわるその植物を空はしばらく見下ろしていたが、敵はそれだけではない。
塩をかけられた動く植物は勝手に苦しませておいて、空はほかの者達を片づけに回った。
完全に凶暴化した兄を元に戻す術はあるんだろうか。
私は鏡の前に座り込んだままため息をついた。
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