青金
トテトテと茉莉花ちゃんが走っていく。
肌襦袢にスリッパという足元なのにずいぶんと素早く。
「ちょっと、茉莉花ちゃん、危ない、うかつについて行っちゃ危ないって」
そう呼びとめても足を止める気はないようだ。
私は力ずくで押しとどめることにした。
私について円さんも並走している。
今の私なら数秒で茉莉花ちゃんに追いつくはずなのに、一向に距離が縮まらない。
私と茉莉花ちゃんの間にいきなり出現したもの。
最初に私の目の前に浮かび上がったのは、深緑色のごつごつだった。
なんだか苔のような光沢がある。
それがいきなり黄色い目を剥いた。
全長一メートルの緑色の顔。思わず飛びのいて、全体図を凝視してしまう。
トカゲっぽい。
異様に頭でっかちのトカゲと思いっきり目が合ってしまった。その片隅に茉莉花ちゃんが廊下を曲がっていってしまうのが見える。
この場合どうすれば。
視界の端に信の野郎回れ右して逃げていこうとしてやがる。
「これは私が抑えているから、あんたは茉莉花ちゃんを引き戻して」
そうすれば信の野郎不服そうな顔をする。
「女の子が一番危険なことをするって言ってるのよ、それを見捨てて逃げるの」
円さんの冷たい声、おそらく視線も氷点下まで下がっているだろう。
たぶんあの根性無しは、私があれと組まない限り動かないだろう。あの淀んだ沼のような滑っとした肌、トカゲっぽいフォルム、あまり触りたくないんだけど。
意を決して、私は瓦礫の破片をつかむと、それを黄色い目にめがけて投げた。
触るよりましだと思ったからと、的が大きいから多少の狙いはそれても当たるだろう。
それはあたりはしたけれど、するるっと音を立てて表面を流れて行った。
なんだか物理現象に反した動きをしたような。
表面の滑りがよすぎて、触りたくないけど、つかむことができないとか。
「加勢するよ」
洋君が私の横に立つ。
もはや女は度胸。
でも手で触るのは何となく嫌なので、蹴りを入れることにした。
渾身の力を込めて回し蹴りを決める。
その時、たぶんあごであろう場所がぱっくりと開いて私の足をくわえこもうとした。
その生理的嫌悪感で鳥肌が立つ。
しかし、災い転じて福となすって本当だった。
口の中はそんなに滑らないのだ。
私のつま先な口の中をえぐって抜けた。
フルパワーだと自分でも寸止めができない。靴に、なんだか緑色の粘液がついているのが気持ち悪い。
そんな私とは裏腹に洋君は相手が弱ったと思ったらたたみかけるように殴りかかっていた。
あれ、平気なんだと、感心する。
男の子ってトカゲとか振り回したりするからな。
思わず遠い目になってしまった。
そして、ボケっと突っ立っている信に向って怒鳴る。
「さっさと行く」
 




