青金
外を出た途端鼻を衝く異臭に眉をしかめた。
生ごみ、それも腐りかけという臭いに、円さんも袂で顔を覆っている。
臭いの元はすぐに知れた。内臓をぶちまけた死体が転がっている。
着ているもので、たぶん職員のなれの果てだと知れた。
「夜と空、生きてるかしら」
いきなり会場を飛び出した二人。私達のように何らかの変化を起こして、騒ぎになっているかと思っていたけれど、それどころではなかったかもしれない。
死体は至る所に散乱していた。
職員の制服らしいものが散らばっているのが多かったけれど。元来場者ではないかと思われる死体も転がっていた。
茉莉花ちゃんが耐えきれず吐いている。
おう吐物の臭いなど感じられないくらい血の臭いがすさまじい。
ひくひくと痙攣する背中を円さんが、さすってやっている。
私もつられて吐きそうな気がするけれど、根性でこらえる。
ここは吐いている場合じゃない。
軽く頭を振って意識をはっきりさせようとする。
そう意識をはっきりさせなくては、たぶんこの近くにこれだけの死体を作り出した存在があるはずだから。
意識を凝らしてみる。
麻巳子さんがそうしていたような気がする。あるいは理津子さんが。
額に目のある人は壁越しに何かを見ることができたようだ。今あるなら使ってみようと思う。
額に意識を集中して、両目を閉じた。
何か見えるだろうか。
「なあ、誰か生き残っている奴いるか」
信の声がした。
「損傷具合を考えれば、全部死体だろう」
やけに冷静な洋君の声。
私の視界は真っ暗なままだ。
「それに、このざまじゃ、生き残りがいても説明どころじゃないだろう」
たぶんもし生き残った職員がいても、私達は人間とみなされない。だって人の形から外れてしまったから。
結局根負けして目を開いた。何もわからない。使い方をまだ理解していないからだろうか。
その割に麻巳子さんはすらすらと使っていたような。
目を開いた視界に、たぶん職員じゃないし、それにお客でもないだろう人が立っていた。
蓬髪は腰まで届き、たっぷりとした光沢のある漆黒のずるずるとした衣装。
堅気の人間には見えないけれど、じゃあどういう人間なのかという疑問は一向に解消されそうにない。
顔は、皺一つない、若いのかそれともそうじゃないのかその区別もつかない。
いや、これはもう人間じゃないのかもしれないというところから疑うべきなのだろうか。
「誰よ、あんた」
結局私の口から出たのはこんな陳腐な言葉だけだった。
しかし相手はただ黙って私を見ている。
「お前がやったのか」
そう言ってバラバラ死体を指差す信。しかし無言だ。
そして微動だにしないその男のそばを通るのも、近づくのもためらわれた。
「ついて来い」
その言葉を言ってそのまま踵を返して歩いていく。
「どうしよう」
遠ざかっていく後姿を見送りながら私はしばし悩んだ。




