優花 次いで麻巳子
ふんと鼻息で私は笑う。
まあ、どの道役に立たない目覚め損ねを排除するのに邪魔は入らないだろう。
そして、奴の様子を探る。
私に気づかれたのが察しているだろう。残されたあれらに手を伸ばす。そのほんのわずかな刹那の時さえあればいい。
シャラシャラと手の中でなる輝き。それをもてあそびながら私は時を待った。
奴は網を広げ、一斉捕獲に入ろうとしている。
全く欲の皮の張った奴らだ。そんな風に自分一人の手の中に抱え込もうとすれば、逆に足をすくわれるのに。
私は自分がかすかに笑みを刻んでいるのに気付く。
最近退屈していたらしい。
水鏡の中では、なす術もなく、弾き飛ばされていく目覚め損ねと、かろうじて踏みとどまりながら。こちら側に来かけた者達。
飛ばされていく手をつかもうとあがきながらただ翻弄されていくものも見えた。
そしてちょうどいい、あの女だけ離れた場所に立っている。
私はあの女のいるように手を伸ばした、今度は密やかに。
目の前に立った私に、あの女は眼を見開いた。
「優花」
唇だけで音に乗せず呟く。かつての私の名。
手の中で光るもの、それを送り出す、あの女の中に。
つないだ手で思い出す。かつて私は同じように手をつないだ。
そして囁く。
「わかるはずだ」
会場にあいた穴から一歩出た。その時、背後で悲鳴が上がった。
青金ちゃんがたたらを踏んで転がるのが見えた。
「いったい何?」
会場だけが嵐にみまわれている。私は髪一つ揺れることはない。
もがいている人の様子から風下と思われる場所に、黒い穴が開いている。
見る見るうちに半数が吸い込まれていった。
残るのは、死体と、何らかの変化を起こしてしまった人達だけ。
私はあちらに戻ろうとした。あちこちで転がって、苦痛のうめき声が聞こえてくる。
だけど私の前に立ちはだかったものがいた。
「優花」
呟いたつもりだけれど、声になっていなかった。
今度は等身大の、優花だ。あのころと変わらないその顔と裏腹に、長く腰まで伸びた髪。
身体にぴったりとした黒い衣装には、様々な色の石の装身具が揺れている。
優花は無言で私に手を伸ばす。
反射的に私はその手を握った。
何かが、身体の中を流れ込んでくる。
見えないけれどわかった。熱を帯びたそれは、私の心臓にとどまっている。
手をつなぎ合ったまま優花は私に顔を近づけた。
私の耳に囁く。
「わかるはずだ」
たぶん、時が来れば。
そう思った時には優花の姿は消えていた。




