青金
麻巳子さんが言うより早く私は行動を起こした。
「息のありそうなの回収してきます」
そう言って、明らかに死んでいそうなのを避けて、比較的、身体の損傷の少なそうなのを物色する。
頭がつぶれてる、これはアウト、そう思ってふと着物の柄を見れば、小学生のころ、お年玉をくれたおばちゃんだった。
つい、涙がこぼれそうになる。
結婚式が終われば、私は家族と家に帰るはずだった。
私だけじゃない、二次会に参加という人を除けばみんな普通に家に帰れるはずだった。
こんなところで死体にならずに。
かろうじて生きている人間を見つけた。コンクリートの欠片は急所を避けたのだろう。
若い女だ。もしかしたら理津子さんの友人かもしれない。
朦朧としているその女の身体をつかむと、麻巳子さんに向き直る。
「受け止めてあげて」
そう言って、麻巳子さんに向かって加減しながら飛ばす。
たたらを踏んで、麻巳子さんはその女の人を抱え込んだ。
「大丈夫、生きてる」
そして私は再び、地の利を踏みながら生きていそうな人を探す。
伸びている手が動いたような気がした。その手をつかもうと手を伸ばす。
その時、何かと目があった。
何かどす黒いものが渦巻いている。最初に感じた隙間風のようなそれに似ていて、それでいて何か別のものが混じっているような。
その気配に動けない。冷や汗が背中を伝う。
これが、壁を崩して、不破のおばさんやほかの人を殺傷したんだ。
「青金ちゃん」
麻巳子さんがひきつった声で私を呼ぶ。
どうしよう、動けない。
その時、私の視界を巨大な掌が覆った。
その掌は、目の前の黒く渦巻くものをまるで蚊でもつぶすように叩き潰した。
無意識にその腕の付け根、上のほうを見上げる。
天井いっぱいの女の顔があった。
まるで覗き込むように女が私達を見下ろしている。
年齢は分からない、だけど、どこかで見たような気もする。きれいというよりは可愛いという感じの顔立ちだ。
丸い目はどこかいぶかしむように瞬きを繰り返す。
その頬から垂れ下がった長い黒髪はまるで床に届きそうだ。
その女は実体ではなかった。顔の向こうに天井の模様がうっすらと見えた。照明で所々白く浮いている。垂れている黒髪に触れようとした人がいる。
さっきの振袖のお姉さんだ。以外に度胸が据わっている。しかし、それはあっさりとつかむことができずに空振りした。
誰もがその顔を凝視していた。
そして、徐々に煙が晴れていくように女の顔は消えていく。
麻巳子さんは厳しい顔で、壁際に立っていた一人を睨んだ。
「お久しぶりですね、叔父さん、ところで、あの顔に心当たりはないですか」
そう言って、一人をにらみながら尋ねる。
「知っているわけないだろう」
「そんなはずありませんよ、だってあれは貴方の娘でしょう」
その言葉に誰もが凍りついた。
「間違いないわ、あれは優花よ、行方不明になってから、まったく変わってないけど間違いないわ」
「優花って、あの、さっき話してくれた」
「そう、身勝手な父親に人生ねじくれさせられた挙句行方不明になった可哀そうな子」
麻巳子さんは唇をかむ。
「行方不明になる直前にあっているの、そのままいなくなるなんて思ってもみなかった」
「だとすればもう三十過ぎ? 若すぎませんか」
「言ったでしょう、あのころのまま年をとっていないのよ」
「知らない、優花とは、二歳から全く合っていない」
無責任極まりない言葉にぶん殴ってやろうかと思う。やらないけど。
信と違ってあちらは確実に真っ赤なトマトだ。




