夜
悲鳴が辺りにこだまする。
あれが見えなくとも、あれが食い散らした死骸はあちらこちらに散乱している。
パニックになるには十分だった。
ふと思う、彼らに私達の姿は見えるのだろうか。
一見すると、普通の子供だが、空の指は鈎爪になって元に戻らない。
鏡が見当たらないので、私の姿は見ることができないけれど、もしかしたら先ほどより変化しているのだろうか。
制服を着た人間が走っていく。
廊下で立ち尽くす私達を無視して。
空のシャツはあちこち裂けてひどい有様になっている。
普通なら真っ先に誰か声をかけるだろう。
誰も私達に気を留めない。
ふいに別の悲鳴が聞こえた。
「ここから出ていけない」
やはり、ここは封じられているようだ。
窓の外、何もかもが見えないその風景も、彼らには見えているのだろうか。
誰かが椅子を持ち出してガラス窓をたたき割った。私はそれを見た。
窓を開ければ、また得体のしれないものが入ってくるのだろうか。
しかし、ガラスは割れても、何の変化もなかった。
窓の向こうに手を伸ばそうとしてもそれがはじかれるだけで。
「なんか、寒天で固められたみたいだね」
空の率直な意見だった。
「どれほどの厚みでその寒天があるのか分かんないとね」
私も空の意見に従う。とにかくこの建物から出ていけない、庭に降りることもできないということは理解した。
「ねえ、会場に戻らない?」
ここでこうしていても状況が悪化することはあっても好転することはないだろう。
「ここまでパニックになっちゃったら、こんなちょっとした変化、たぶん問題にならないよ」
空にそう言うと、空も少し考え込む顔になった。
「というか、会場は無事なのか?」
言われてようやくその可能性に気づいた。
いたるところで行われている虐殺、それが会場で行われていないとは限らない。
「ママ、まだ生きているかな」
「たぶん、生きていると思うけど」
ママのところに戻らなければ。
めくらめっぽう走ってきたので、今どこにいるか全く見当がつかない。
「空、会場の名前覚えてる?」
「俺に聞くなよ、ママについていけばなんとかなると思ってたから覚えてるわけないだろ」
きっぱりとそう言いきられて、私はちょっと脱力する。
「とにかく、こういう建物は見取り図なんかが貼ってあるはずい、それに結婚披露宴会場なんかはたぶんまとまってそれなりに近くにあるはず」
希望的観測は、最初のものはあっさりかなえられた。
ただし、それは血糊がべったりと張り付いて判読が難しくなっていたが。
「血糊、拭かなきゃ読めないよな」
「誰が拭くのよ」
適当な雑巾は見当たらない、かといって広範囲に飛び散った血糊を拭き切るには、木綿のハンカチはあまりに無力だろう。
「人に聞くって言うのは」
「今、ここに人の話を聞いてくれそうな奴いるか」
転がっているのはひたすら死体。
 




