アン・ノウン
子供達が走っている。おそろしくすばしこく、軽快に。
だけど子供達は、ただめくらめっぽう走っているだけだ。明白な目的も目印もなくただ走れる限りは知っている。
すべてを悟った時には、後手後手に回っていた。
多少の取りこぼしはあると思っていた。たった二人の子供であっただけ、ましだろう。
それ以外のものはすべて封鎖された空間の中だ。
私はこぼれてきた長い髪を肩にはらった。
かつてはこんなにも長く伸ばすことはなかった。
私の見下ろす水鏡の向こうでは子供達が走るだけでなく。応戦体制に入っていた。
男の子のほうが、高々と飛び上り、天井をけって反動をつけ体当たりをかます。
男の子のほうが攻撃的であるのに反して、女の子はただ向かってくるのを紙一重の大差履きでかわすだけだ。
あまり攻撃に自信がないのだろうか。
男の子は何やらつる草のような物にからまれてもがいている。
きりきりとかみしめた唇。それから鋭い犬歯がのぞく。
顔つきが完全に変わっていた。瞳は解けた黄金のように輝き、つる草のようなものをつかむその指には鋭く尖った爪が食い込む。
食い込んだ爪はそのままつる草を切り刻んでいく。
女の子の瞳も、金色に輝き、目の前に立ったものは瞬時に焼きつくされた。二人とも予想以上の能力を持っていた。
小さく舌打ちをする。
「あの子たちを保護するのは、少々厄介でしょうね」
そうして私の足元にひれ伏す存在に尋ねる。
「そう言えば一人はぐれていたのがいたわね、それはどうしたの?」
それは顔を上げることなく答えた。
「とうに、逃がしました」
たまたますべてが起こる前に会場を、封じる場所を出ていた女、それはさっさとはじき出されていた。
おそらく運がいい。
水鏡は別の場所を映し出す。
おそらく職員の控室であろうか、ロッカーと簡素なベンチが置かれた殺風景なその場所は、今は鮮血に彩られていた。
ばらばらに引き裂かれた人体、あちこちにこぼれる肉片と小さな骨のかけら。
一つだけ無傷で落ちている生首は、穏やかな眠るような表情を浮かべたままだ。
殺戮は一瞬だった。苦しむ間もなくただその身体はバラバラになった。
「どうやらはしゃいでいるのがいるようね」
このことにかかわっているらしい奴らの顔を思い浮かべてみる。
どいつもこいつも碌な事をしそうにない。
水鏡は、再び封鎖された結婚披露宴の会場を映し出した。
すでに変化を起こした者達、こちら側の住人の姿に変わったそれの中心に、一人の女が立っている。
その女は、まるで羊の群れの中の山羊だ。
要が決まった。
そして私は再び舌打ちした。
封じが破られつつある。




