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喫茶レイン

作者: レストナ

どうも初めまして、やっとこさ小説家になろうサイトに投稿しようと思いたったレストナです。ピクシブにも自作小説を投稿しているのですが、他の場所でも書いてみたいなぁ、と思いこのサイト様に出会いました。この作品はピクシブに投稿した奴です。いわゆる、テスト投稿です。これからは、短編や長編を書いていこうかな、って考えてます。

 とある雨の日のこと。

 男は黒い傘をさして、閑静な住宅街を歩いていた。何故こんな場所にいるのかと問われたら、適当にふらふらと歩いていたらこんな場所に来てしまったのである。文字通り、散歩。

 雨が降っているのに外を出歩こうと思ったのは、それもまた一興かなと、つまりは気分が乗ったから。男がとる行動の意思決定はだいたい気分で決まっているのだ。

 そして散歩は男の日課だった。これもまた思い立ったが吉日。財布と携帯電話を持ってひたすら歩き続けた。

 今朝は九時丁度に家を出て、今は十二時なので、途中でちまちま休憩したことを入れても三時間は歩いたことになる。いい加減疲れてきたし、腹も減ってきた。だが、生憎この辺りは住宅街だった。飲食店は無さそうだ。

 とりあえず町に出よう、と男がため息を吐いた時、ふとある建物が男の目に入った。

 その建物は『喫茶レイン』、という看板を立てかけていた。両隣には一軒家が普通に建っているので、洋風な作りの建物はなおさら男の目を引いた。

 おまけに、喫茶店らしい。休憩にはうってつけの場所だ。入らない理由は無い。

 男は意気揚々、『喫茶レイン』へと足を踏み入れた。





 店の中を見て、男は感嘆の声を漏らした。

 これまで散歩をして、知らない場所の喫茶店に立ち寄ることは多々あったが、ここまで内装が整った所は初めて見た。

 壁はべっこうのような光る茶色で淡く輝いていて、テーブル席の椅子と机はアンティークさながらの気品を醸し出している。これはコーヒーの味も期待できる、と店で飲むコーヒーとインスタントコーヒーの味の違いがわからない男は思った。

 とりあえず傘を傘さしに置いて、店員が来るのを待つ。扉が開く音が結構大きかったので、すぐ来るだろうと思った。

 しかし、来ない。

 男はレジの隣にあった呼び出しベルに気づき、それを鳴らした。

 チリーン。

 ……来ない。

 もう一度鳴らす。

 チリーン。

 店内に動く者が現れることはない。

 もしかして誰もいないのか? と三回目を鳴らそうとした時、

「お、お待たせしました」

 カウンター席の奥の厨房らしき所から、女性が出てきた。いや、女性というよりは少女だった。髪を長く伸ばしていて、整った顔立ちをしている。ただ、その頬には赤い痕が、まるで今まで寝ていたかのような痕があった。

 また、妙に慌てているのも気になった。

「何名様でしょうか?」

 少女は何事もなかったかのように、ニコッと営業スマイルを浮かべた。男は一人だと答える。

「それではカウンター席へどうぞ」

 そこで、男は聞いてみる。

 その頬はどうしたんですか? と。

 その問いに、少女はまったく知らないことを聞かされたように驚いて、

「何の事ですか?」

 と言った。

 見事なスルーだった。





 どうやらこの店の店員は、あの女性一人だけらしい。ということは、彼女がこの店のマスターでありウエイトレスであるのだろう。

 それにしても、彼女は若かった。高校生ぐらいだろうか、まだ顔にはあどけなさが残っている。

「お待たせしました」

 慣れた手先でマスターはコーヒーを男の目の前に置いた。済ました顔でいるが、未だに残る赤い痕がシュールだった。

 男はいただきます、と言ってコーヒーを一口。飲んだ瞬間、心地よい苦みと芳醇な香りが、雨の中歩いて冷えた男の体にじんわりとしみる。

 思わず、うまいと漏らす。

「ありがとうこざいます」

 業務的な口調でマスターは答えた。しかしその笑顔は、本心からの物だろう。

 他に客もいないので、男はマスターと話すことにした。いろいろな話題を振ると、マスターはすらすらと答えてくれた。

 その中でも特に印象に残った話題が、彼女がこの店を一人で切り盛りしていることだった。

「一年前からです。お父さんが事故で死んじゃって……。お母さんは私を生んだ後に病死しているので、私がやらないとこのお店がつぶれてしまいますから」

 経済的な面は叔父と話し合いながら営業しているらしい。

 男はつらいことを聞いてしまった、と謝った。

「いいんです。お父さんから基本的な事は教わっていたんで、お店の経営もなんとかなってます」

 優しい常連の方もいますし、とマスターは付け加えた。どうやらここは結構な老舗店らしい。なるほど内装が洒落ているのも納得だ。

 男は相槌を打ちながらカップに口を付ける。が、中身がもうなかったので、コーヒーをまた頼んだ。

 空になったカップを受け取ると、マスターはクスッと笑った。

「お客さん、これで四杯目ですよ」

 はて、と男は首をかしげた。話が盛り上がっていた最中、そんなに自分はコーヒーを飲んでいたのか。美味しくて、何杯でもいけそうだった。

「そんなに気に入ったのでしたら、インスタントコーヒーを買いますか? 品質は劣りますが、他のより美味しい自信はあります」

 マスターは茶色い粉末がぎっしり入った瓶を目の前に置いて、堂々と胸を張る。男はしげしげとそれを眺めた。

 断る理由が無かった。

 財布から一万円札を取り出して、マスターと同じように堂々とした顔で差し出した。

 マスターは苦笑してそれを受け取った。

「……十個ぐらい買えますよ?」

 三個にしてもらった。





 時計を見ると、もう午後の三時を回っていた。そろそろ帰ると言って、会計を済ませてもらう。このままいたら、帰るための電車賃が無くなってしまいそうだった。

 雨は、ひとしきり降ったのか止もうとしていた。

 男は右手に傘を持ち、左手にインスタントコーヒーが入った袋を引っさげる。

 それじゃあまた来ます、と男は言った。この辺りはそう遠くない。気分が向けば、電車に乗ってニ十分でつくはずだ。 

 その男の言葉にマスターは、悲しげに笑って答えた。

「いつでもどうぞ」

 その笑みの真意が気になったが、男は扉を開け外に出た。どうせまた会える。その時、聞けばいい。

 そして男は車道に出て、もう一度店の外装を見ておこうと振りかえる。



 店は、無かった。



 男は呆然となった。無い。自分が今までいたはずの『喫茶レイン』がどこにもない。店が建っていたはずの場所は、黒々とした土砂がしきつまったただの空き地になっていた。

 目を擦ろうが、辺りを見回そうが、店の姿は一向に見えない。

 ハッとなって、男は左手に持つビニール袋の中身を確認する。

 それはあった。インスタントコーヒーの粉末が入った瓶が三つ。ラベルには「Rain」と書かれていた。

 自分が『喫茶レイン』にいた証は、確かにある。

 そして、見覚えのない紙切れが入っていることに、男は気づいた。

 それにはこう書かれている。

『もう会うことはないと信じています。コーヒーを美味しいと言ってくれてありがとうございます。代金は返しておきますね』

 その紙に書かれている通り、袋の中には自分が払ったはずの一万円が入っていた。

 なんなんだ、と男は呟く。

 気づけば、雨は上がっていた。





『喫茶レイン』

 それは、ネットでは有名な都市伝説だったようだ。

 雨が降る日に必ずその店は出現し、雨の中歩き疲れ立ち寄った客は二度とこの世に戻ってこれなくなるという、なんとも誇張された伝説。男は思わず笑ってしまった。

 ふぅ、と息を吐いてパソコンのディスプレイから遠ざかり、椅子に深くもたれる。どうやら、これ以上の情報はないらしい。

 男は、何とも不思議な気分を味わっていた。

 非現実的なことに直面、もしかしたら死んでいたかもしれないのに、男の気分は高揚していた。しばらく男は押し黙り、コーヒーをちびちびと飲む。無論、喫茶レインで買ったインスタントコーヒーだ。

 いろいろと考えても、どうもしっくりした答えが出ない。

 いや、そもそも自分が体験した出来事に答えなんてないのか。

 あれは白昼夢だったのか。

 あれこれ考えて、やがて男は考えるのをやめた。

 あの体験に理屈をつけようが、それは過ぎた事だ。今ここでこうして自分はうまいコーヒーを飲んでいる。

 それで十分だ。

 男はパソコンの電源を消し、コーヒーを一口。

 うまい、と呟いた。

 

 

はい、というわけで、読んでくださった方、誠にありがとうございます。前から喫茶店を題材にした話を書きたい、というのをおぼろげに考えていたのが、こんな形になりました。タイトルに聞き覚えのある方もいるのではないでしょうか? それでは、また次の小説で。

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[良い点] 太鼓の達人の楽曲の喫茶レインの曲調に良く合っているなと思った [気になる点] 都市伝説だったという設定はなかった方がいいような…
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