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さっき、お茶を買ったんです。
自販機の前で、小銭を入れて、ボタンを押して――カラン、と音がして出てきたのは、よく見る緑のお茶。
ゴクゴク飲んでいると、隣で燈君がコーヒーを飲んでいました。
……正直、ちょっと羨ましい。
でも、ヒマリは我慢します。
すると、燈君がふいに口を開きました。
「知ってる?」
え、なにが?
「これは“カフェ”なんだよ」
……はい?
ペットボトルを指さして、「これはカフェなんだよ」って、どういうこと?
「なに言ってるの?」と訊き返すと、
燈君は得意げに微笑んで、こう言いました。
「フランス語で、コーヒーは“カフェ”って言うんだ」
……もう、ムカつく。
こういう時だけ、ちょっとドヤ顔しちゃって。
でも、そういうところ――ずるい。嫌いになれない。
「じゃあ、喫茶店はなんて言うの?」
私が挑むように訊ねると、燈君は少し顎に手を当てて考え込んだ。
「サロン・ド・テ……かな」
――え、フランス語もできるの?
すごい。ほんと、すごい。
ヒマリなんて、日本語しかまともに話せないのに。
やっぱり帰国子女は格が違う。
そんなことを考えている間に、電車が到着した。
この時間は空いていたので、私たちは並んで座ることができた。
窓の外の景色が、ゆっくりと後ろへ流れていく。
行き先は――名古屋駅。
「葵ちゃん、待たせてないかなぁ……」
ちょっと心配。
葵ちゃんは、私と同い年の高校生だけど、すごく大人びている。
名前が似ているから、勝手に親近感を覚えちゃってる。
たまに「きゃはっ」って笑うところが、また可愛いんだ。
ふと横を見ると、燈君はスマホも触らずに、ただ静かに景色を眺めていた。
……本、読まないのかな?
そんなことを考えていると、彼がぽつりとつぶやいた。
「綺麗だね」
え? わ、私?
――違う、違うよね。
窓の外の風景のこと。うん、絶対そう。
あーもう、なに考えてるのヒマリ。
あんぽんたん。
でも、やっぱり気になる。
燈君って、彼女いるのかな……?
そんな雰囲気はないけど、いそうな気もする。
なんか、モテそうだし。
ちらっと彼のファッションをチェック。
カーキのMA-1に、キャラメル色のパーカー。
黒いジーンズがよく似合ってる。
オレンジ色がさりげなく映えてて――あぁ、やっぱり燈君らしい。
ヒマリはというと、慌てて家を出たせいで、メイクできなかった。
だから、顔を隠すように黒いマスクをつけている。
電車はゆるやかに揺れ、心地よいリズムを刻む。
ぶらり、ぶらり。
やがて電車が止まり、名古屋駅に到着した。
改札を抜けると、向こう側で葵ちゃんが大きく手を振っていた。
「やっほー! 元気してた?」
その笑顔に、ヒマリは思わず頬を緩めた。
今日もきっと、楽しい一日になりそう。




