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ヒマリの日課といえば――ダラダラとスマホを眺めること。
だけど、燈君は違った。
彼は床に胡座をかいて、静かに目を閉じている。
両の手は人さし指と親指で輪っかを作り、それをそっと太ももの上に乗せていた。
……え、何してるの?
「……」
返事は、ない。
どうしよう。もしかして、怒らせちゃった?
不安になって周りを見渡すと、机の上に一枚のメモが置いてあった。
> 『精神統一をしているよ。
> 真似してみてね。
> ――ヒマリへ』
……かわいい。
しかも、字が綺麗すぎる。さすが燈君。
よし、やってみよう――!
そう思ったヒマリは、彼の真似をして目を閉じた。
けれど、問題が一つ。女の子なので、胡座はちょっと恥ずかしい。
だから、ヒマリは正座で挑戦することにした。
一般的にこういうのは「瞑想」や「マインドフルネス」と呼ばれるらしい。
前頭葉の働きを整えて、集中力を高めたり、ストレス耐性を上げたりする効果があるそうだ。
――って、これは燈君が言ってた。
うん、やっぱり頭いいよね。帰国子女ってすごい。羨ましいなぁ。
タイマーの音が「ピピッ」と鳴る頃には、ヒマリの心は不思議とスッキリしていた。
まるで仮眠をとったあとのような、ふわっとした心地よさに包まれる。
……これ、めっちゃ気持ちいい。
ぽわんとしたまま、二人は階下へ。
そこではお母さんが、おやつを用意して待っていてくれた。
ココアのビスケットに、チョコレート。
甘い香りが鼻をくすぐる。
「いただきます!」
幸せな時間だった。
――でも、あれ? そろそろ時間じゃない?
そう思い出して、ヒマリと燈君は急いで最寄り駅へ向かう。
葵ちゃんが待っているはずだ。
ホームで電車を待ちながら、二人は他愛ない会話をしていた。
英語を教えてもらったり、日本語を教えたり――ちょっとした交換授業みたい。
「今日の単語は、“スタービング”!」
燈君が得意げに言う。
なるほど。お腹が空いたときに使う言葉らしい。
でも……スターって「星」だよね?
どういうことなんだろ。うーん、英語って不思議。
そんなことを考えていると、燈君が新しく覚えた日本語を披露してきた。
「音を拝借します」
「……ん? お手じゃない?」
思わず吹き出してしまった。
ああ、もう、燈君ってば面白い。ぴえん。
その瞬間、風が頬を撫で、ホームに電車が滑り込んできた。
ふたりは顔を見合わせて笑い――乗り込んだ。
今日も、穏やかで、少し不思議な一日が始まる。




