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ORANGE  作者: 陽葵


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6




 朝の陽が、カーテンの隙間からゆっくりと顔を覗かせていた。

 ヒマリの部屋に差し込むその光は、柔らかくて、少しだけまぶしい。


 気づけば――スマホを片手に、ソファで寝落ちしていた。

 画面には、昨夜のチャットのまま、あかり君との会話が残っている。


「……あ、やば」


 寝癖を直す間もなく立ち上がる。

 こんなところを見られたら、絶対、燈君に叱られる。

 “自己管理も日本語力のうちだよ”なんて、また笑いながら言われそう。


 ――トポトポ。

 一階から、コーヒーを淹れる音が聞こえた。


 その瞬間、ヒマリは反射的に階段を駆け下りていた。

 香ばしい香りが、朝の空気に溶けていく。


 リビングの机には、昨夜燈君が読んでいた『マスカレード・ホテル』が置かれていた。

 ページの間には、本を買ったときのレシートがしおり代わりに挟まっている。


「……こういうところ、ほんと、燈君らしいな」


 ちょっとズボラなのに、どこか絵になる。

 そういうところが、ずるいくらい素敵だ。


 ヒマリはあまり本を読まない。けれど、今度おすすめを聞いてみよう。

 たぶん、また照れたように笑って、「え、ヒマリ読むの?」なんて言うに違いない。


「Morning」


 不意に、背後から燈君の声。

 その一言に、ヒマリの思考は一瞬、別の方向へ飛んでいった。


 ――モーニング? 名古屋のアレ?


 東京出身のヒマリにとって、“モーニング”といえば、喫茶店でコーヒーを頼むとトーストやゆで卵が付いてくる、あの名古屋文化のことだ。


 この街に来て三年。すっかり慣れたと思っていたけれど、やっぱり不思議な習慣だな、なんて思っていると――


「お待ちどう」


 燈君が、湯気を立てる**小倉トースト**を差し出してきた。

 焼きたてのパンに、あんことバター。

 朝の光がそれを照らして、やけにキラキラして見える。


「……ありがとう」


 ヒマリはマグカップを両手で包み込みながら、そっとコーヒーを口に含む。

 苦味の中に、ほんのりとした甘さ。

 胸の奥までじんわりと温まっていく。


「熱くない? 大丈夫?」


 心配そうに覗き込む燈君の声。

 その優しさに、ヒマリは思わず目を逸らした。


 ――やっぱり、優しいな。

 コーヒーの香りより、少しだけ心臓の鼓動のほうが強く感じる。


 時計の針は、朝の六時三十五分を指していた。

 窓の外には、グレーと青の空。その隙間から、オレンジ色の光が顔を出す。


 なんて、素敵な朝なんだろう。


 燈君は今日も、上下アディダスのジャージ姿。

 なのに、それすらも絵になる。

 やっぱり、ズルい。


 トーストを食べ終えると、彼は机の上の**『マスカレード・ホテル』**を手に取り、静かに読み始めた。

 その横顔に、ヒマリはつい見とれてしまう。


「……カッコいい」


 小さく呟いた声は、きっと誰にも届かない。

 でも、それでいい。


 ――こうして、私たちの朝は、ゆっくりと幕を開けた。






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