5
寝ようと思ったのに、どうにも寝つけなかった。
胸の奥が、そわそわして落ち着かない。
気づいたら、私はそっと廊下に出ていた。
燈くんの部屋の前に立ち、ノックもせず、少しだけドアを開ける。
――灯りが、ついてる。
やっぱり起きてた。
「……何読んでるの?」
「マスカレード・ホテル。面白いよ」
そう言ってページをめくる燈くん。
横顔が、真剣で。
思わず見惚れてしまった。
……マスカレード?
それって……魚のカレーじゃ、ないんだよね。
わ、私、ずっとそう思ってたんだけど……。
恥ずかしい。ぴえん。
「燈くんって、本が好きなんだね」
「ふふ、本はね。体にとってのご飯が“カレー”なら、脳にとってのご飯なんだ」
そんなことを言って笑う燈くん。
いつもより少し静かな声で。
彼の眼鏡越しの瞳が、淡い灯りにきらめいている。
――あれ、眼鏡なんてかけてたっけ?
新鮮で、なんだかドキッとした。
「……似合ってるね。すごく」
「そう?」
彼は照れくさそうに笑って、また本に目を戻した。
……ああ、こういうの、いいな。
私も眼鏡、買おうかな。
そんなことをぼんやり考えていると、燈くんが口を開いた。
「あのさ、明日のことなんだけど……」
「うん?」
「……二人じゃ、だめかな?」
え。
ワット……ドゥーユーミーン?
二人って……それって、もしかして、脈アリ……?
いや、まさか……結婚フラグ!?
頭の中で、勝手にブーケが舞いはじめた。
神様、ヒマリはもう充分幸せです。
「でも、葵ちゃんも会いたがってるし……」
必死に現実へ引き戻す。
燈くんは少しだけ考えて、ふっと視線を落とした。
「……話したいことがあるんだ」
その声が、いつもより少しだけ寂しそうに聞こえた。
燈くんが言うには、イギリスやフランス、イタリアを転々としていた頃、
どうしても“馴染めない”ことが多かったらしい。
英語は話せるのに、伝わらない。
会話はできても、心までは届かない。
「いじめとかじゃないんだ。でも……壁、みたいなものがあった」
その言葉に、私は胸がきゅっとなった。
燈くんの“笑顔の奥”を、少しだけ覗いた気がした。
「日本語だけなんだ。ちゃんと、気持ちを伝えられるのは」
真っ直ぐなその言葉に、思わず頷いていた。
「でもさ」
彼が少しだけ笑う。
「“女の子と二人で遊ぶ”のは、英国紳士のやることじゃない、って言われたことがあってね」
……なんですと?
燈くん、いつからイギリス人になったの!?
頭の中で紅茶とスコーンが飛び交う。
フィッシュ&チップスが食べたくなった私は、つい口に出していた。
「今度、作って」
「わかった」
彼はあくび混じりに微笑んで、頷いた。
――ありがたや、燈くん。
そのあと、いつのまにか眠ってしまったらしい。
目を覚ますと、夜中の三時。
自分の部屋に戻ろうとしたとき、
燈くんの寝息が聞こえた。
静かな部屋の中で、あたたかい音。
――今日は、このままここで寝よう。
そう決めて、そっと目を閉じた。
みなさん、こんばんは
今日の更新はここまでです
いい夢が見れますように♪




