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ポワンとしていたヒマリの耳に、ふと燈君の声が届いた。
「今読んでる本、面白いよ」と言われて覗き込むと、ページのタイトルに「マスカレード」の文字。
――マスカレード?
え、なにそれ。魚のカレー?
そんな他愛もないことを考えながら、ヒマリは燈君の横顔をそっと見つめた。
鼻筋がすっと通ってて、まるで彫刻みたい。
……なんて思っていたら、急に視線が合う。
「どうしたの? 大丈夫?」
ヒマリは慌てて頷いた。危ない危ない、見惚れてたなんて言えない。
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そういえば――明日は友達の葵ちゃんと女子会の日だ。
スタバでやる予定なんだけど……燈君も来たら楽しいかも。
そう思ったけど、口には出せなかった。
便宜上でもなく、ただの“同居人”。
恋人でもなく、家族でもなく。
二人はただ、“オレンジ組”という名の不思議な関係。
ヒマリはチキンをひと口かじりながら、ぼんやり考える。
(燈君って……胸板厚いんだなぁ。)
なんて、ちょっと不謹慎なことを考えていると――
「おいしい?」
その声で、また心臓が跳ねた。
ヒマリはコクリと頷き、ちょっと上を向いた。
どうしてだろう。胸の奥がもやもやする。
楽しいのに、少しだけ寂しい。
……これが、ぴえんってやつなのかもしれない。
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家に戻ると、ヒマリは元気よく台所へ向かった。
「よーし、晩ごはん作るぞー!」
そう意気込んだ瞬間、燈君がさらっと言う。
「下ごしらえはもう済んでるよ」
えっ? どういうこと?
冷蔵庫から取り出したのは――ブロック肉。
しかも、見たこともないほど大きなスペアリブ!
ヒマリは、思わず「え?」と声を漏らした。
「ごめん。お父さん、お肉ダメだったかな?」
「そんなことないよ!」
いつの間にこんなの用意してたの!?
学校の勉強も、日本語の勉強もして、本も読んで……そのうえ料理まで。
ほんと、いい旦那さんになりそう。
……あ、いや、まだ旦那じゃないけど!
そんなヒマリの混乱をよそに、燈君が言う。
「You don’t know?」
出ました、英語。
ヒマリは慌ててスマホを取り出し、文明の利器――翻訳アプリを起動!
「もう一回言って!」
「いいよ」
《意味:あなたは知らない。会話を続けますか?》
アプリとは続けたくないけど、燈君との会話なら、永遠に続けたい。
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夜。
お父さんは居間でテレビ、お母さんは韓ドラに夢中。
ヒマリは自分の部屋で、今日のことを思い出していた。
そういえば、燈君には妹がいるって言ってたっけ。
どんな子なんだろう。かわいいのかな。
そんなことをぼんやり考えながら、机に向かう。
日課の一言日記。
11月9日
明日は、燈くんと女子会です。楽しみ♡
――ヒマリ。




