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ヒマリは、そろりそろりと足を運ぶ。
胸の鼓動がやけにうるさい。
だって、ベッドに腰かけて本を読んでいる燈君の首筋が、少しだけ見えていたから。
――ドキッ。
その瞬間、手に持っていたお盆がぐらりと揺れ、オレンジジュースがこぼれた。
「つ、冷たっ……!」
びっくりした燈君の声に、ヒマリは思わず顔を赤くして頭を下げる。
「ご、ごめんなさいっ!」
床に広がるオレンジ色のしみ。
焦りながら拭こうとするヒマリを見て、燈君は柔らかく微笑んだ。
「怪我、なかった?」
その一言で、胸がいっぱいになる。
違うんです、痛くなんてないんです。
ただ、優しくされたことが、なんだか涙を誘うんです。
「お父さんには……内緒にしてね」
ヒマリが言うと、燈君は濡れた髪を指でかき上げながら、落ち着いた声で答える。
「わかったよ」
その声が、妙に心に響いた。
まるで、夜の静けさを照らすオレンジの灯みたいに。
少し空気を変えたくて、ヒマリは口を開く。
「ねぇ、散歩に行こうよ」
「晩ごはん作らないと……」
「ヒマリも手伝う!」
勢いのままにそう言って、二人は夕焼けの道を歩き出した。
しばらく歩くと、オレンジ色の看板を掲げたコンビニが見えてきた。
肩と肩がぶつかって、ヒマリは反射的に謝る。
「あ、ごめんね」
「大丈夫だよ」
燈君の答えに、なぜか心が温かくなる。
彼は顎に手を当てて何か考え込んでいた。
「……グランデもいいかもしれないな」
「え、グランデってなに?」
首をかしげるヒマリに、彼は少し笑う。
(あとで調べたら“壮大な”とか“メイン”って意味らしい。なんだか燈君っぽい言葉だ。)
「フランス料理作れるの? すごいね……」
そう言いながら、思わず頭を撫でたくなったけど、身長差がありすぎて届かない。
そんなとき――
「食べる?」
燈君が、ホットスナックのチキンを差し出してきた。
「えっ、ヒマリ大丈夫だよ」
「最初から、ヒマリの分も買ってたから」
その言葉が、胸の奥まで染み渡る。
チキンをひと口かじると、あたたかくて、ちょっぴり甘くて、じんわり広がる。
ヒマリの心は、まるで夕暮れみたいにオレンジ色で満たされていった。




