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今日は、燈君、疲れていなかったかな。
あんな顔して帰ってきたから、ヒマリはずっと心配で仕方がなかった。
家へ戻ると、燈君は靴を脱ぐより先に、ふらりとベッドへ倒れ込んで、そのままうたた寝してしまった。
寝息は静かなのに、眉はわずかに寄っていて――夢に魘されているみたいだった。
「……ヒマリ」
寝言のように、何度も自分の名前を呼ぶ。
胸がきゅっと締めつけられて、ヒマリは枕元から離れられなくなる。
「大丈夫?」
そっと声をかけても、返ってくるのは苦しげな声だった。
「行かないで……」
え、どこにも行かないよ?
ヒマリはここにいるよ。ずっと。
そう心の中で呟いたとき、燈君の瞳がうっすらと開く。
「あ……」
短い声を漏らしただけで、また眠りに落ちてしまった。
本当に、相当疲れていたんだ。
ヒマリは深呼吸して、そっと立ち上がると、スマホを手にベッドの端へ腰を下ろした。
動画サイトを開きながら、今日は何をすすめてあげようかな、と考える。
漫画、アニメ……日本のサブカルチャー。
燈君にもっと好きになってもらえたらいいな。
スクロールしていると、ふと心に浮かぶ二文字。
――音楽。
あ、そうだ。
ヒマリ、燈君のピアノが聴きたい。
なんだか無性に聴きたくなって、クラシックで検索をかける。
お気に入りのオレンジ色のイヤホンを耳に差し込み、ピアノ曲を探す。
「これなんてどうかな……?」
ショパンの幻想即興曲。
名曲だけど、難しいよね……でも、燈君なら弾けちゃうかも。
あ、でも坂本龍一が弾けるなら、
「戦場のメリークリスマス」も絶対似合うよね。
今度お願いしてみよう。
そんなことを考えながら、チクタクと鳴る秒針の音に耳を傾ける。
静かな夜、世界がゆっくりになる瞬間が、ちょっとだけ好きだ。
ヒマリも、楽器やりたいなあ。
葵ちゃんがギターなら、私はベースかドラム……かな?
三人でバンドとか、めちゃくちゃ楽しそう。
そう妄想していると、なんだか気分が明るくなって、ヒマリはシャワーを浴びることにした。
頭の上は泡まみれ。
今日は奮発して、入浴剤も入れてある――もちろん、オレンジ色。
夜のお風呂って、ちょっとしょんぼりーぬ
あ、いや、ぴえん、かな。
そうこうしているうちに、休み時間はあっという間に終わってしまった。
明日は燈君と学校に行かなきゃ。
早く寝ないと……のに、なかなか寝つけない。
こんなときはホットミルクだ。
身も心もぽかぽかして、優しくなれる。
「……おいしいなあ」
そしてふと思う。
明日、帰り道で紅葉が見たいな。
ぜったい綺麗だよね。
寝る前はいつも猫の動画を見る。
ころころ転がる姿って、どうしてこんなに癒されるんだろう。
疲れがすっと溶けていく。
――あ、宿題やってない。
どうしよう……明日、早起きしてやろう。
だから早く寝なきゃ。
……なのに。
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目が覚めると、時計の針は八時を指していた。
「え、ちょっと……なんで起こしてくれなかったの」
ヒマリは朝が弱い。
対して燈君は、もう身支度を完璧に終わらせ、爽やかそのもの。
ベッドの上で髪がボサボサの自分と並べるのが恥ずかしい。
急いで着替えて、歯磨きをして、朝ごはんを詰め込んで――
「行ってきます」
玄関の扉を勢いよく開ける。
今日もまた、騒がしくてにぎやかな一日が始まりそうな予感がするのだった。




