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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

水希

作者: 湶田 頼太

7/30(水) 天気:晴れ

 

水希が俺の子を妊娠した。


――だから殺した。


一石二鳥は俺の好きな言葉の1つだが、殺人においても適用されるとは思わなかった。


「聴いて、アオイくん。あたし、お母さんになるんだ」


幸せそうな笑顔を浮かべる水希と対照的に、俺はひどく気分が悪くなった。説得を重ねたが、頑として彼女は首を縦に振ろうとしなかった。


だから俺は、その首を力いっぱい締め上げた。最初は必死で抵抗していたが、やがて水希は力尽きた。俺の一時の過ちと言うべき新たな命も、産声を上げることなく消えるだろう。まさに一石二鳥だ。


死体は校舎屋上の高架水槽の中に隠した。

当然、いつまでも隠し通せるとは思っていない。あくまで校舎に人けが少ない夏休みの間だけだ。新学期が始まる前に、水希の死体をもっと安全な場所に移さなければならない。


――殺すには惜しい女だったが、背に腹は代えられない。


感傷に浸りながら、細い体を水中に沈めた。命を失くしても水希の美しさは色褪せなかった。透き通るように白い肌と、腰まで流れる綺麗な黒髪。行為の最中にさえ見惚れてしまうことが度々あった。


――母親には、あの世でなるんだな。


俺は最後にそんな感じの台詞を口にしたと思う。蝉の鳴き声がうるさくて、自分の声すら聞き取れなかった。いや、正確には……何と言ったか覚えていない、と書くべきか。


 ◇


8/6(水) 天気:雨


水希が死んで1週間になる。


――そろそろ死体を処理しないとな。


再三再四、自分に発破をかけた。しかしどうにも億劫だった。接近している台風の影響で、連日雨が続いているのも理由の1つだ。


――早く水希を連れ出してやらないと。あいつが腐っちまう前に。あいつの美しさが失われちまう前に……なんてな。


そう呑気に考えることが出来ていた。

昨日までは。


今日、信じられないことが起きた。


美術室の前の手洗い場を使っていたときのことだ。

突然、蛇口から長い髪の毛が流れてきた。それも1本や2本じゃない。見覚えのある長さの黒髪が、次々と俺の指に絡まって来たのだ。


俺は悲鳴を上げてその場に座り込んだ。

しかし、すぐに気力を振り絞って立ち上がった。悲鳴を聞きつけた美術部員たちが、慌ただしくこちらに向かってくる足音が聞こえてきたからだ。


俺は蛇口をこれでもかと言うほど強く閉めて、駆けつけてきた連中の前で平静を装った。


「今の悲鳴は!? アオイ――」


「ゴキブリが出てびっくりしただけ」と食い気味に言い訳し、黒髪の絡まる両手はポケットに入れて隠した。


その後、おそるおそるポケットから手を出すと髪の毛は消えていた。


――白昼夢でも見ていたに違いない。


そう思った。いや、そう思い込みたかったんだ。


 ◇


8/13(水) 天気:雨


水希の死体を動かす勇気は最早ない。


――酒でも飲まないと気が狂いそうだ。


五臓六腑に染み渡る酒精。日中、美術部員たちに隠れて酒を飲まねば精神が保てないほど追い詰められていた。学校に知られたら大問題だ。


先週の水曜日以降、異変は起こり続けていた。

手洗い場を使うたびに、トイレで用を足すたびに長い黒髪が蛇口から湧いてくる。水場を離れれば安心かと思いきや、聞き覚えのある女の笑い声……そして赤ん坊の泣き声が不規則なタイミングで聞こえてくる。こんなにもうるさいのに、周囲の人間は無反応なのが不気味でたまらなかった。


――まずい、まずい、まずい。


タイムリミットが早まり、1週間以内に水希を高架水槽から動かさねばならないのに、あの場所に近づくのが恐ろしい。いや、もう俺にとっては水が流れる場所全てが怖くてたまらなかった。


水希が生きていた頃には愛おしかった黒髪が、今では恐怖の象徴と化していた。


――水希、許してくれ。


 ◆


あれから水希にどれほど謝罪を重ねても、異変は止まなかった。


「そういえば、『水子』って言葉があったな……皮肉なもんだ」


七転八倒する俺を見て、水希はきっとあの世から赤ん坊と一緒に笑っているに違いない。

学校に行くのが怖くなった俺は、数日前から自宅に引きこもるようになっていた。スマホを見ると、学校からの着信履歴で埋め尽くされている。


今日、8月20日はタイムリミット――高架水槽に業者の清掃が入る日だ。当然ながら、水希の死体は動かせていない。あの場所に行ったが最後、冷たい水の中に引きずり込まれそうな気がするからだ。


そのとき、玄関のチャイムが鳴った。


「ひっ!?」


俺にとっては死刑宣告に等しい鐘の音だった。

チャイムは数回に渡って鳴り響くが、俺は恐怖のあまり身動きがとれなかった。

やがて痺れを切らしたのか、玄関の前にいる人物が扉をノックし始めた。


「いるんでしょ、ここを開けてください」


校長の声だった。耳を澄ませば、他にも数人の話し声がする。


「警察の方があなたに話を聴きたいそうです――青井あおい先生」

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