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明日、蝉  作者: あぶすま
6/6

六週目

――病室。


「……次は誰だ。まだいるのか、俺のやらかした奴……」


ユウキは目を覚まし、顔をしかめながら紙を手に取った。



《後悔メモ:親友を裏切った》



「……うわ、こりゃ来たな」


親友――松本タカシ。


高校時代からの付き合いで、唯一「ユウキ」と名前で呼んでくれた男だった。


何度もユウキの借金を肩代 わりし、仕事を紹介してくれ、家に泊めてもくれた。

だが、その最後の優しさをユウキは踏みにじった。


タカシの名前を騙って金を借り、バックれたのだ。


「あの時は、本当にもう……なんも考えられなかった。けどさ……」


ユウキはポケットからスマホを取り出し、画面に視線を落とす。


検索欄に「タカシ」と打ち込むと、数年前に登録されたままの名前が浮かび上がった。


“松本 タカシ”


その下に並んだ番号を見つめる。

画面をタップする指先に、じっとりと汗がにじんだ。


「……出るわけねぇか。いや、出ないほうがいいかもしんねぇし……」


それでも、震える手でスマホを取り出し、番号をタップする。


画面に表示された“発信中”の文字。心臓の音が耳の中で暴れる。


1コール、2コール、3コール——。


「……はい、松本です」


その声を聞いた瞬間、胃の奥がギュッと縮む。


「……タカシ、オレだ。ユウキ」


「……」


しばしの沈黙。


「何の用だ」


その声は低く、冷たく、怒りを噛み殺すような響きだった。


「……ちょっとだけ、会って話したい。顔を見て……話させてくれないか」


「……今さら何を話すつもりだ」


「……わかんねぇ。でも、言わなきゃいけねぇことが、どうしてもあるんだ」


「……明日の昼11:00、代打橋駅前のカフェ。時間厳守でな」


プツ、と通話が切れた。


ユウキはスマホを見つめながら、ふぅっと深く息を吐いた。


「……やるしかねぇ……今さらでも会わなきゃ」



カフェのテラス席。


タカシは4年ぶりにユウキの前に現れた。



少し痩せて、眼鏡をかけていた。顎にうっすらとヒゲが伸びていて、どこか大人びた印象だった。


「……よぉ」


「……何の用だ」


一言目から、氷のような声だった。それも当然だと、ユウキは分かっていた。


「……久しぶり、だな」


ユウキはゆっくりと席に着き、深く頭を下げた。


「悪かった。金のことも、嘘も、全部……最低だった」


タカシはポケットから煙草を取り出し、火をつけた。炎がかすかに揺れる。火を見つめながら、タカシはため息をついて煙を吸い込んだ。


「……最低だって? 自分で言えるなら、便利な言葉だよな。“謝るために来た”って、そう言えば何でもチャラになると思ってないか?」


「……そんなつもりじゃない。言い訳しに来たんじゃないんだ」


「……じゃあ、何しに来た」


「ずっと……ずっと言わなきゃって思ってた。逃げてばかりだったけど、今度こそちゃんと向き合いたくて……」


タカシは小さく笑った。けれどそれは冷たい、痛みをこらえる笑いだった。


「“向き合う”……?お前、オレに連絡せずに逃げて、知らねぇ番号から電話かかってきて、“松本さんが保証人です”って言われたときの、オレの気持ち分かるか?」


ユウキは何も言えなかった。


タカシの声は荒くなってはいない。けれど、その静かさが痛かった。


「……オレ、あのせいで会社も辞めた。親にも迷惑かけた。婚約してた彼女にもフラれたんだ。なあユウキ、オレがお前に裏切られたって感じたのは、金のことじゃない。お前を信じてた、その時間全部を踏みにじられた気がしたんだよ。」


ユウキは喉が詰まったようになり、ただうつむいたまま拳を握った。


「……本当に、俺のせいだ。……全部、俺のせいだ」


「……ああ。そうだよ」


重苦しい沈黙が、ふたりの間に降りる。


ユウキは、わずかに顔を上げて言った。


「お前だけだったんだ、タカシ。……ずっと俺を“友達”として見てくれたのは。だからこそ、怖かった。見放されるのが。ダメになっていく自分を、お前に知られるのが、怖かったんだ。……だから、逃げた」


タカシはまた煙を吐いた。


「逃げる方が楽だったんだろ。責任も、信用も、なにもかも置いてさ」


「……そうだ。楽だった。でも……ずっと重かった。ずっとどこかで、息ができなかった」


「……はは、何だよそれ。苦しかったのはこっちも同じだっつーの」


「……だよな」


重い沈黙が再び落ちる。


「……で、タカシはどうしてんだ? 仕事……とか」


ユウキがぽつりと尋ねると、タカシは眉を動かした。


「……あれから結婚して、子どもが出来た。今は別の職場でなんとかやってるよ」


「……そうか」


ユウキはわずかに俯いた。


“自分が知らない間に、タカシがちゃんと人生を前に進めていた”その事実が、静かに胸に響いた。


タカシは煙草を灰皿に押しつける。


「でもな、どれだけ立ち直っても……ずっと喉に小骨が刺さったままだった」


「……」


「お前が何を思って、あんなことしたのか。何も知らないまま、全部が終わった。だから今日、確かめに来たんだ。……お前の口から聞く必要があった」


ユウキは驚いたように目を見開き、次の瞬間、ぐっと目を閉じた。


「……そっか。……ありがとう」


タカシは腕を組み、ふっと息をついた。


「……思い出したことがあるんだ。高校の帰り道、バイクに跳ねられそうになった子どもをお前が助けたの、覚えてるか?」


「……うっすら。なんか膝すりむいたっけ?」


「お前、血だらけになって笑ってた『いいダイビングだったろ?』とか言ってさ。バカだなって思ったよ。でも、根っこは……本当にまっすぐなヤツだった」


ユウキは、何も言えずに黙っていた。


「……だから、今日のお前を見て、ちょっとだけ……あの頃の“ユウキ”が戻ってきた気がした」


「……タカシ」


「許すなんて、すぐには無理だ。でもな……向き合いたいって、言いに来たお前を見て、少しだけ心のつかえが取れた気がする」


「……そうか……ありがとう」


「まあ……そのうち、またどっか飯でも行くかもな。家族抜きで、昔みたいに」


ユウキは立ち上がり、深く頭を下げた。


「……ありがとう」


タカシはしばらくユウキを見ていたが、最後にふっと笑った。


「まあ……生きててくれて、よかったよ。」


六週目、最終日。


蝉仙人が登場。いつものように鼻歌まじりで。


「おやおやぁ? 今週は“友情ごっこ”回ですか〜? 泣けるぅ〜♪」


「……で、まだ続くのか?」


「続くさ〜。そろそろクライマックスって感じ?……次がどうなるか、オレも楽しみなんだよねぇ」


蝉仙人はにやつきながら近づき、頭をかしげる。


「にしても今週は見応えあったわ。“心の距離を縮める元親友との対話” とか言って、一歩間違えりゃ、土下座してまた借金申し込んでたろ? ギリギリの線だったねぇ〜?」


ユウキは舌打ちし、か細く息を吐いた。


「……ふざけんな、するわけねぇだろ」


蝉仙人はにやりと笑い、最後に低い声で囁いた。


「“逃げたら一生蝉”。それがルール。……忘れんじゃねーぞ、カス」


ユウキは朦朧とする意識の中、小さく拳を握る。


「……逃げねぇよ」


「よっしゃ。じゃ、次の地獄へレッツゴー♪」


蝉仙人の笑い声が遠ざかる中、世界がゆっくりと漆黒の闇に包まれていく。



ジィ……ジィィィ……ジィィ……


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