二週目
――病室。
目を覚ましたユウキは、昨日と同じ天井、同じ匂い、同じ看護師の顔に混乱していた。
「……あれ? またここ?」
確かにあの夜、ユウキは死んだはずだった。
ネットカフェの床で吐いて、寒さと震えに耐えながら、最後の意識が遠のいていった。
「……夢じゃなかったのか、あれ……?」
ユウキはぼんやりと天井を見上げながら呟いた。
テレビでは、見覚えのあるニュースが流れている。
アナウンサーの服、話す内容、背景の映像――すべてが、一週間前とまったく同じだ。
カレンダーの日付も変わっていなかった。
「……これって……ループ?」
胸の奥にざわつくような違和感が残る。
何が起きているのか、確かなことは何も分からない。
けれど――
「……なんで、先週のこと……覚えてるんだ?」
ついさっきまで体で感じていたはずの出来事が、記憶としてはっきりと残っている。
走った道、交わした言葉、飲み込んだ後悔まで、まるで昨日のことのように。
そのことだけが、不思議と――怖いほど、はっきりしていた。
起き上がると、ベッド脇のテーブルに紙が一枚置かれていた。
《後悔メモ:父に謝る》
「はあ!? なんだよコレ……」
紙を丸めてゴミ箱に放り投げる。だが、その言葉が頭から離れない。
「父に謝る? は? あんな酒グセ悪いクズ親父に? 逆だろ、謝るのはあっちだろ、マジで」
その日は病院を抜け出し、駅前の立ち飲み屋で酎ハイを煽る。カウンターのテレビでは競馬中継。
「3番、来いって……! ここ外したら終わりなんだよ……! 来いって言ってんだろッ……!!」
叫ぶようにモニターを睨みつけるが、結果は惨敗。
「クソがぁ……ふざけんなよ……俺に呪いでもかけてんのか……」
グラスを割りそうな勢いでカウンターに叩きつけ、睨んでくる店員を無視して店を出る。
翌日は場外馬券場へ。
財布の底をひっくり返し、小銭で馬券を買い続ける。外れるたびに壁を蹴り、係員に怒鳴られ、睨み返す。
「オレはな、負けるために来てんじゃねえんだよ……ッ」
夜はネットカフェ。競馬予想サイトとSNSで荒れているアカウントに暴言リプ。
「お前の逆買いして死んだわ、クソ野郎が」
酒、煙草、カップ麺。酸っぱい匂いのブースで、ひとりだけの祭りを繰り返す。
「クソみてぇな人生だな、ほんと……」
後悔メモは頭の端にちらついていたが、考えるたびに吐き気がした。
「謝るって、何だよ。あんなヤツに頭下げたら……それこそ終わりじゃねぇか……」
二週目、最終日。
真夏の炎天下、ユウキはまた競馬場へ。
買った馬券は全て外れ。財布の中には残り46円。
水すら買えず、炎天下の中ふらつきながら歩き、駅の階段で転ぶ。
「……頭、ぐらぐらする……なんだこれ……」
何かが壊れた感覚だけが、骨の奥からじわじわと湧き上がってくる。
その晩、ネットカフェで意識を失った。
ブースの床に転がり、呼吸は乱れ、手足は痙攣。冷や汗と共に血混じりの吐瀉物を吐く。誰にも気づかれないまま、朝になった。
意識が薄れていく中、再びあの声が耳元で囁く。
「よぉユウキ、どうだった? 今週も最高の無駄遣いだったなぁ?」
ユウキは苦しげに顔をしかめ、うめく。
「お前……マジで……なんなんだよ……」
蝉仙人がスカスカと歩きながら近づいてくる。足の節がキシキシ鳴り、羽がビリビリと震える。
「お前バカだから、ちゃんとルールを教えといてやるよ。よく聞けクズ野郎。後悔メモに書かれた内容、やりきらなかったら――お前、一生蝉だかんな」
「……は?」
「一生だぞ。お前のクズ人生、何百回、何千回と同じ一週間をやってもらうから。死んで、また起きて、死んで、また起きて……うわ、考えただけでダリィ~」
蝉仙人が股間をさらけ出す。
「そんじゃ、お決まりの……小便の儀ね♪」
「クソ野郎……死ね……」
「お前がな。明日も蝉。おめでと~♪」
シャーーーーー
真っ暗な闇の中、蝉の鳴き声がにぶく、長く、響いていた。