表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

二週目

――病室。


目を覚ましたユウキは、昨日と同じ天井、同じ匂い、同じ看護師の顔に混乱していた。


「……あれ? またここ?」


確かにあの夜、ユウキは死んだはずだった。

ネットカフェの床で吐いて、寒さと震えに耐えながら、最後の意識が遠のいていった。


「……夢じゃなかったのか、あれ……?」


ユウキはぼんやりと天井を見上げながら呟いた。

テレビでは、見覚えのあるニュースが流れている。

アナウンサーの服、話す内容、背景の映像――すべてが、一週間前とまったく同じだ。

カレンダーの日付も変わっていなかった。


「……これって……ループ?」


胸の奥にざわつくような違和感が残る。

何が起きているのか、確かなことは何も分からない。

けれど――


「……なんで、先週のこと……覚えてるんだ?」


ついさっきまで体で感じていたはずの出来事が、記憶としてはっきりと残っている。

走った道、交わした言葉、飲み込んだ後悔まで、まるで昨日のことのように。


そのことだけが、不思議と――怖いほど、はっきりしていた。


起き上がると、ベッド脇のテーブルに紙が一枚置かれていた。



《後悔メモ:父に謝る》



「はあ!? なんだよコレ……」


紙を丸めてゴミ箱に放り投げる。だが、その言葉が頭から離れない。


「父に謝る? は? あんな酒グセ悪いクズ親父に? 逆だろ、謝るのはあっちだろ、マジで」


その日は病院を抜け出し、駅前の立ち飲み屋で酎ハイを煽る。カウンターのテレビでは競馬中継。


「3番、来いって……! ここ外したら終わりなんだよ……! 来いって言ってんだろッ……!!」


叫ぶようにモニターを睨みつけるが、結果は惨敗。


「クソがぁ……ふざけんなよ……俺に呪いでもかけてんのか……」


グラスを割りそうな勢いでカウンターに叩きつけ、睨んでくる店員を無視して店を出る。


翌日は場外馬券場へ。


財布の底をひっくり返し、小銭で馬券を買い続ける。外れるたびに壁を蹴り、係員に怒鳴られ、睨み返す。


「オレはな、負けるために来てんじゃねえんだよ……ッ」


夜はネットカフェ。競馬予想サイトとSNSで荒れているアカウントに暴言リプ。


「お前の逆買いして死んだわ、クソ野郎が」


酒、煙草、カップ麺。酸っぱい匂いのブースで、ひとりだけの祭りを繰り返す。


「クソみてぇな人生だな、ほんと……」


後悔メモは頭の端にちらついていたが、考えるたびに吐き気がした。


「謝るって、何だよ。あんなヤツに頭下げたら……それこそ終わりじゃねぇか……」


二週目、最終日。


真夏の炎天下、ユウキはまた競馬場へ。


買った馬券は全て外れ。財布の中には残り46円。

水すら買えず、炎天下の中ふらつきながら歩き、駅の階段で転ぶ。


「……頭、ぐらぐらする……なんだこれ……」


何かが壊れた感覚だけが、骨の奥からじわじわと湧き上がってくる。


その晩、ネットカフェで意識を失った。

ブースの床に転がり、呼吸は乱れ、手足は痙攣。冷や汗と共に血混じりの吐瀉物を吐く。誰にも気づかれないまま、朝になった。


意識が薄れていく中、再びあの声が耳元で囁く。


「よぉユウキ、どうだった? 今週も最高の無駄遣いだったなぁ?」


ユウキは苦しげに顔をしかめ、うめく。


「お前……マジで……なんなんだよ……」


蝉仙人がスカスカと歩きながら近づいてくる。足の節がキシキシ鳴り、羽がビリビリと震える。


「お前バカだから、ちゃんとルールを教えといてやるよ。よく聞けクズ野郎。後悔メモに書かれた内容、やりきらなかったら――お前、一生蝉だかんな」


「……は?」


「一生だぞ。お前のクズ人生、何百回、何千回と同じ一週間をやってもらうから。死んで、また起きて、死んで、また起きて……うわ、考えただけでダリィ~」


蝉仙人が股間をさらけ出す。


「そんじゃ、お決まりの……小便の儀ね♪」


「クソ野郎……死ね……」


「お前がな。明日も蝉。おめでと~♪」



シャーーーーー




真っ暗な闇の中、蝉の鳴き声がにぶく、長く、響いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ