王太子の呼び出しと治癒魔法 前編
ハチ精霊がようやく登場です。
でも、ちょっぴり悲しい話。
次の日、私とブリジット様が起きると、サロンにはレニとリア様の姿があった。
そう、昨日のちょっとした騒動の後、私はレニとリア様に一緒にサロンで護衛してもらうことにした。
もちろん、アッシュ様は危惧されていたけれど、レインとレニは私の判断に委ねると言ってくれたので、リア様にはレニが私を守るようにブリジット様の護衛としての責務を全うしてもらうことにした。
一番の理由は、ブリジット様がリア様に対して拒絶していなかったことと、私自身がリア様を別扱いすることに違和感があったから。
それは、誰でも間違いは起こすし、反省した者を差別するようなことはしたくなかったのが、本音であり違和感の正体なのかもしれない。
私達が支度を整えて部屋から出ると、レインとアッシュ様が椅子から立ち上がって笑顔で迎えてくれた。サロンチェアを部屋に運んで出てきた2人が揃い、私もブリジット様も寝ずの護衛をしてくれたことに感謝の気持ちを伝えた。
「こちらこそ、サロンチェアを貸して頂き、ありがとうございました」
「本来は立って護衛するのが普通なのです。過分なご配慮を頂き助かりました」
レインとアッシュ様の言葉に、ブリジット様が2人をマジマジと見つめて驚いている。
「近衛騎士の方は、立ったまま一晩を過ごされますの?!」
そうなの!寝ずの番をする近衛騎士は直立不動で、不測の事態に即座に対応できるようにしていると言われ、私は椅子に座っている様に頼み込んだのよ。
野営でも敵陣でもなく、ここは寮で各階の角には守衛室もあるのに、身体を休めて欲しかったから無理を通して座って護衛してもらった。
ちなみに、騎士団では護衛をする時は交代制をとっていると、レイモンドお兄様が言っていた。近衛騎士は専属の仕事が多いから2人制を取れない時は、過酷な護衛になるのかもしれない。
そう考えると、護衛対象の私とブリジット様が一緒にいれば、レインとアッシュ様は身体を休め合うことが出来るし、個々の負担も減ると思った。
そんな事を思いながら食堂に向かうと、手前のサロンで1人の執事が私とブリジット様に封書を渡しに来た。
「王太子印の入った封書‥‥」
封書と共に渡されたレターナイフで開封すると、今日の10時に王太子の執務室へ来るように書かれていた。
「10時に王太子執務室に来るように書かれていました」
「なら、私と同じね。一緒に行きましょう」
本来なら別々に行くのが普通だけど、今回の件で私達が一緒に行動していることを王太子殿下はご存じのはず。
現に、執事は私とブリジット様が一緒にいる時に、同じトレイに並べて持ってきたし、同じ時刻の訪問指定だったから。何よりも同じ封書ならどちらに渡しても差しさわり無い同じ内容と言える。
朝食の時間は生徒が多く、必然的に護衛を伴って入って来た私達に視線が集まった。被害者と加害者という枠組みで見ているのか、ブリジット様を見てはひそひそと会話をしている。
「厚顔無恥とはあの方のことを言うのね」
「本当に!アデラ様と同じ場所に居るなんて、許されませんわ!」
「何故、パステル様はルーバン子爵令嬢と連れ立っているのかしら。もしかして、自作自演?!」
厚顔無恥って、公衆の場で人を罵倒する方が当てはまると思うのだけれど。ブリジット様は俯いて耐えているようだった。ここで言い返して相手をすれば、同じ土俵に立ってしまう。
「ブリジット様、前をお向きになって?折角、アンジェリーナ様が下さった髪留めが美しく見えない角度になってしまいますわ」
顔を上げたブリジット様の髪を整え、髪留めの位置を調節する。
「やはり、貴女に似合うものを選んで下さったようね。とても素敵よ」
声に出して褒めた事で、ブリジット様の髪留めに注目が集まっているのが気配で分かる。そして、息をのむようにして口に手を当てているのも。
髪留めはアンジェリーナ様が下さった保険だ。私だけではなくブリジット様も庇護下に置いていると。
そのまま何事も無かったように通り過ぎる。
食堂では、特別生徒以外はビュッフェスタイルなので、トレイにサラダとサンドイッチとフルーツを選び、窓際の眺めの良さそうな場所に座ると、給仕係が飲み物を聞いてきたので、紅茶をお願いした。
一連の流れ作業のような感じで、レイン達も一様に朝食を選んでいたけれど、量が凄かった。朝からローストビーフたっぷりのクラブサンドイッチを食べている姿は、朝練終わりの朝食といった感じで、見ごたえバッチリだと思う。
「凄いですね」
ブリジット様がアッシュ様とレインの食べている姿を見て、呆気にとられている。2人は上品な方だと思った。
次兄の所に来ていた騎士団だと、冬眠に入る熊のようなもっと凄い状態だったと思い出し、クスクスと笑ってしまった。
「ナイフとフォークで食べた方が良かったですか?」
「レイン、違うの。貴方達をみてレイモンドお兄様の騎士団の食事はもっと凄かったと思い出して笑ってしまったのよ。お肉を噛り付く感じだったから、違うのねぇってしみじみ思ってしまって」
「そうなのですか?レイン様もアッシュ様も、量が凄いので私、驚いて見入ってしまいました」
「量は妥当よ、ブリジット様。彼らは近衛騎士ですもの。気力、体力、胆力、剣技に魔法、どれを維持するにも食べないとね」
私が説明すると、レインとアッシュ様は笑顔で食べ始めた。クラブサンドイッチは、BLTサンドイッチとは少し違い、使うパンが1枚多い上にターキーなどの鶏も挟まれている。そして、レタスやトマトなど野菜が摂れて、タンパク質になるお肉や卵も挟まれているため男子生徒が好んで食べていると聞いた。
学院のサンドイッチの種類は多く、軽食からしっかり食べられる物まで内容が豊富だった。
視線をずらすと、遠くにアデラ様が見えた。雷属性の公爵家、アデラ・ライリール公爵令嬢。六公爵の令嬢は本来ならアンジェリーナ様と同様に奥のサロンのような場所で食事をする。
何処で食事をしても良いのだが、家格の下の者に合わせての配慮ある行動なら好感も持てる。だけど、先ほどの言いがかりのような挑発的な言動が引っかかった。
「今は食べる事に専念ね」
朝食を食べ終えた私達は、王太子殿下に会うために身なりを整える事にした。
私やブリジット様はお風呂も身だしなみもしっかり整えている。けれど、護衛のレインやアッシュ様は寝ずの番のまま。
近衛騎士は王族の前では身なりをしっかり整えておく規律があると聞いたことがある。レニやリア様にしてもお風呂くらいは入りたいのではと考えた。
まだ時間は2時間もあるので、私とブリジット様は私の部屋で待機することにして、4人を一旦開放することを提案した。
「それは有難い提案なのですが、護衛を外れるのは避けたいですね」
「私もだ。もしや、我々の規律をご存じで提案を?」
「ええ。2時間もあるのだから、洗浄魔法よりゆっくりお風呂にも入れる余裕はあるのではなくて?」
階段を上りながら、丁度4階の廊下へ行こうとした時、レインとアッシュ様に申し訳なさそうに護衛を優先すると言って断られた。
「それなら、私がお嬢様方を護衛しましょう」
「リリアンヌ様!」
「守衛室の守備は万全です。レイン様もアッシュ様も昨日は廊下で過ごされましたでしょ。レニ様とリア様は女性ですし、王族に会うなら身なりを整えたいのでは?」
守衛室から出てきたリリアンヌ様の協力で、レインとアッシュ様が承諾し、私達は普段入る事の無い守衛室でお茶をすることになった。
「私、初めて守衛室に入りますわ」
「これは、結界魔法?」
冒険をするかの如く、ブリジット様が少しワクワクした感じで感想を言ってきた。
確かに初めてなのだけれど、入り口にエメラルドグリーンに輝くハニカム構造が羅列した結界が張ってあり、このまま通って良いのか足を止めてしまった。
「あら?この結界が見えるなんて、素晴らしい素養ね。そのまま、お入り下さいな」
先に入ったブリジット様を見つつ、小声で魔力量17000値以上でないと見ることが出来ないのだと明かしてくれた。美しい結界を通り過ぎる時に、身体がスキャンされているような不思議な感覚があった。
結界魔法は王族の聖属性と木属性のロードライ公爵が得意とする分野だと本で読んだことがあった。
「リリアンヌ様はロードライ公爵様に由来する方なのですか?」
「凄いわね、半分正解よ。私はリリアンヌ・マーキュリー。マーキュリー辺境伯の次女よ。そうね、ロードライ公爵とリヴァイア公爵の庇護下の家よ」
結界を通り過ぎると、不思議な世界観が広がっていた。
木目の美しい床、蔦や葉を連想させるようなデザインの机や椅子に家具。照明に至っては花びらをあしらった様なものが点いている。
「リーナ様、私、こういった調度品は初めて見ましたわ」
ペンも羽ペンではなく、蝋のような黄色い花が幾つか付いた木のペンがテーブルに転がっている。趣味というよりは、もっとしっかりした世界観に圧倒されてしまった。
お茶を淹れるからテーブルにつくように言われて座ったものの、物珍しいものをついつい見てしまう。
中でも、窓際にある薄いハニカム構造の衝立に目を奪われた。良く見れば、そのハニカムの中にミツバチのような可愛い蜂が寛いでいるからだ。
「まるで精霊のお部屋みたい・・・」
「初めて見るのに木属性特有の精霊だと分かるところが、勘が鋭いね。私の『隠れミツバチ』よ」
「あら?ミツバチが2匹いるところが?リーナ様、このモフモフしたハチ達、とっても可愛らしいですね」
ブリジット様、心の声がダダ洩れです。とは言え、彼女が言っている事は真実に近い。
このミツバチは1匹1匹が生徒についているのだと思った。ハニカム構造の端の部屋には2匹が入っている。
確かレイモンドお兄様から、守衛室を任されるのは、木属性の人間で結界を張ることと諜報活動が出来る人物だと聞いたことがある。
この学院は『守り人』がいる。
近衛騎士と魔法士の他の守り人。その内の1人が守衛。リリアンヌ様のような結界と生徒を守る固有のスキルで常に生徒の安全を見守っているのが、守衛の仕事。
表立ってではなく、常に隠密的な働きの方々だとロナルドお兄様が説明してくれたのを思い出した。
「そうだったわ、パステル伯爵家には文武両道なロナルド様と、剣技の才に溢れるレイモンド様がいらっしゃいましたね。察するに、木属性と守衛の話はレイモンド様から、守り人の話はロナルド様からお聞きしたのでは?」
いつの間にか、お茶とお菓子を入れてテーブルに並べ終えたリリアンヌ様が私の真後ろに立っていて、頭の中を覗いたのかと思うような考察を言ってきた。
「なぜ、そう思われますの?全て本からかもしれませんのに。まぁでも、概ねその通りですわ」
驚いた様に答えてから、私は聞かなければ良かったと後悔した。
「私達守衛は常に情報交換をして、生徒の安全に心配りをしていましてね。
ロナルド様は眉目秀麗の品行方正で常にご令嬢から熱い眼差しを向けられていましたし、問題が起きても卒なく治めてしまう。
そんな彼なら、可愛い妹が学院に通い始めるとしたら、学院の各機関の説明や為になる話をされると。」
なるほど、良くご存じで。
リリアンヌ様がにこやかに長兄の話をしている。隣ではブリジット様が素晴らしいお兄様ですねと感心している。この話の流れ・・・何か嫌な感じがした。
なぜなら、リリアンヌ様から笑顔が消えたから。
「レイモンド様は良く言えば裏表なく、剣技に勤しむ方でしたよ。まぁ、夜中に“腕試し”と称して度々、守衛室を突破しようとしたり。
剣技を磨くのに、守衛と戦う必要が何処にあるのかと理解不明でしたけどね。それも神出鬼没で、数人でやってくるので、結界維持と彼の相手で睡眠不足に陥った数年でしたっけ。」
何考えているの、脳筋おバカ次兄は!
ああ、本当に後先考えない次兄に対する怒りが止まらない!
「そ‥‥それは、本当に申し訳ありませんでしたわ。次兄のレイモンドは剣の鍛錬のことになると、それはもう突っ走ってしまって。怪我人はいらっしゃったのでしょうか?」
「いえいえ、リーナ嬢は謝る必要なんてありません。昔のことですから。
怪我‥‥人ではなく精霊が、数匹使えなくなりましたが。」
リリアンヌ様はもう一つの小さなハニカム構造の衝立を撫でて、星のような形の飴玉を衝立の前に置いた。
それを受け取りに出てきたハチが数匹。
「!」
私は声を上げない様に、口を手で塞ぐしかなかった。
そのハチ達の羽はボロボロになっていたのだ。
「いろいろ試したけれど、彼らの羽は戻らなかった。精霊に治癒魔法は効かなかった。」
ああ、これは純粋なリリアンヌ様の悲しみなのだと。
きっと、私の治癒魔法に望みを託したいのだということも分かってしまった。
レイモンドお兄様は、精霊が傷を負ったことを知らなかったのだ。知らないから強い守衛相手に腕を磨こうと、行き過ぎた行動を繰り返してしまったのだ。
「後日、絶対に兄に謝罪させます」
きっぱりとリリアンヌ様に言い切って、私は星の飴玉を運ぼうと苦戦している傷ついたハチ精霊様の前に跪いた。
彼らの視線が私に向いた。
「ハチ精霊様、どうか私にあなた方の傷ついた羽を治させて下さい」
「リーナ嬢、治癒魔法を行使してくださるのですか。私は‥‥」
打算だろうが、目論んでいようが関係ない。怪我した精霊は私が治す。
「リリアンヌ様、ハチ精霊様は承諾されていますか?」
小さな声で“ええ”とだけ答えてくれた。
今までの治癒魔法が効かなかったので心配なのかもしれない。ブリジット様が静かなので気になって見てみたら、ボロボロのお顔で泣いていらした。今は、そっとしておこう。
「ハチ精霊様、お1人ずつ私の手に乗ってくださいませ」
手を差し出すと、小さなハチ精霊様はヨタヨタと掌に乗ってくれた。 痛々しい姿に、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
治癒魔法をかける前に、ハチ精霊様の身体を視て驚いた。彼らにも経絡のようなエネルギーが巡っているようだった。
「リリアンヌ様、健康なハチ精霊様のお身体を視させて頂いても?」
「リーナ様は健康な精霊様のお身体を視ることによって、治癒魔法をどのようにかけたら良いか分かるのですわ。だから、リーナ様に近い場所の此方のテーブルの上に移ってもらっては如何でしょう?」
自分にできる事をしたいと思ったのか、涙を拭いながらブリジット様が自分の経験を踏まえてリリアンヌ様に説明してくれた。
「おいで。傷ついた仲間を治すために協力してくれる?」
リリアンヌ様の声に呼応して綺麗な羽を広げて飛び立つと、ブリジット様が示したテーブルの端に来てくれたハチ精霊様達。
並んでくれたハチ精霊様の羽や身体を視ていく。美しい羽に、葉脈のような紋が浮き出てエネルギーが細部まで行き渡っているのが見て取れた。
羽には個性が出るのか、人の指紋のようなものなのか、とても美しい輝きと命の息吹が宿っているようにも視えた。
「リリアンヌ様、2段階で治させて頂きます。羽を治しますが、羽に命を吹き込むのは夜にします」
「羽に命・・・この子達は飛べるのだろうか」
「私は諦めていません。夜、また来ます」
羽のイメージを仲間の羽を見本にして治癒魔法をかけた。ひとりずつ、整った羽が蘇ったが、その羽は動くことは無かった。
「この羽を動けるようにするので、夜にまた来ます。リリアンヌ様、信じて待っていて下さいますか?」
「ああ・・・あれだけお願いしても治せなかった羽が蘇って・・・。ありがとう、待っているよ」
「ハチ精霊様、協力して頂きありがとうございます。夜にまた来ますね」
傷ついてヨタヨタと歩いていたハチ精霊様が、少しだけしっかりした足取りになっている。
「この子達の足取りも強くなっているね。君が悪いわけでも無いのに、ありがとう。何か礼をしたいが、私にできる事があれば言って欲しい」
「お茶を頂きましたわ。ただ、連絡を取りたい相手がいるのですが王太子殿下との面談も有りますし、時間が無くて」
「そうか・・・なら、こちらにおいで」
誰にと聞かなくてもリリアンヌ様は察して下さったのか、木の幹に層になってハニカム構造の衝立がぶら下がっている最上階に近い所からハチ精霊様を手に取って私の肩に置いた。
「リーナ嬢の話したい相手と繋がっているから、そのまま話しかけてごらん。王太子殿下の執務室に行くまで貸してあげよう」
そう言いながら、リリアンヌ様はブリジット様の方へ行ってしまった。
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