それぞれの誓い 中編
次の日のお昼過ぎに集まった私達は、円卓を囲んでいた。レインさま・・・ううんレインが用意した紅茶とクッキーやマカロンが目の前に並べられて、ちょっとしたお茶会の様にも見える。
円卓の中央にある魔力測定装置だけが、不釣り合いな感じで置かれている。置いたのは他でもない私自身なのだけど。
色とりどりのお菓子を前にしたら、先にやることをやった方がスッキリとして、お茶もお菓子も美味しく感じると思うのよね。
「リーナ様、ありがとうございました。昨日増えた魔力が馴染んで、身体の倦怠感が少しずつ取れ眠りも深くなった気がしました」
口火を切ったのはブリジット様だった。だから、治療に関して私から提案をしてみたの。
「今日はブリジット様に魔力を測りながら、6000値まで上げて様子を見てから、最後に8000値まで行くように徐々に治療して行こうと考えています」
「6000値で様子見は、もしかして聖属性魔法の有無の確認ですか?」
リア様が身を乗り出して聞いて来たけれど、レインに制されてそれ以上は聞いてこなかった。
「ここに居る全員が不思議に思っているかもしれないので、私の考えを説明しますね」
なぜ治せる状態なのに5000値で止めて経過を見たのか?アッシュ様とリア様はそこが気になっているのかもしれない。
「治癒魔法と言っても、全てを一度に治せるものと経過を診なければならないものがあります」
「ブリジット様のお身体は、後者だと言うのですか?」
「リア、説明を聞こう」
説明に割り込んできたリア様を、今度はアッシュ様が制した。なぜリア様は少し感情的になっていらっしゃるのかと不自然に思いつつも、私は続きを話した。
「そうです。今回は絶対に後者のやり方でしなければならなかったのです」
「リーナ様、もしかして魔力を戻すという治療は、慎重にしなければ危険な行為なのですね」
魔力回路を説明せずに、どう説明しようかと思っていたらレニが絶妙な相槌をうってくれたわ!
「ブリジット様は聖属性に目覚められたばかりだったので、聖属性が顕現する境界値の手前で一旦様子見することにしたのです」
一晩あれば従来の属性の魔力は回復して循環しだすのは、魔力切れの症状回復と大差無いのだと。ただ、不確定要素の聖属性の魔力は不安定だからこそ暴走したのかもしれないと仮説を立てての一時保留措置だったと説明した。
「これから、魔力値を元の8000値まで戻るように治療していきます。ブリジット様、装置で魔力値を見ながら治療をしても良いでしょうか?」
ブリジット様の魔力値のポテンシャルは8000値なのだから、回復させれば自然と上限値で止まるとは思うけれど、15歳という魔力成長期なために治癒魔法で8000値を越えてしまったら、それはそれで厄介な大問題に発展してしまいそう。
これは、成功への保険という提案なのだけど。
「リーナ様に全てを委ねますわ」
ブリジット様が承諾して、静かに魔力測定装置に手を翳した。彼女の魔力回路は喪失時よりも強く太くなって身体を駆け巡っている。
「では、今から治癒魔法をしますね。6000値ぐらいまで回復したら一旦休みましょう」
静かに彼女を包み込むように治癒魔法をかけて、魔力回路を広げていく。
「上昇し始め成した。5100・・・5355・・・」
レニが読み上げていくのを聞きながら、5900値になったところで徐々に絞っていく。
「6000魔力値です」
そっとブリジット様から離れ、魔力測定装置を見てみると6100値と出て数値はそれ以上にはならなかった。タイミングは良かったみたいね。
「リーナ様、回復して下さってありがとうございます。子爵令嬢として、魔力値が6000値あれば対面も保てます。絶望していた私に光をくださったのですわ。この御恩は忘れません」
また泣き出してしまったブリジット様に、リア様が寄り添っている。
「少し休憩して、お茶にしましょう。本日のお茶は南方のフルーツが入った紅茶ですよ」
レインが紅茶を淹れて合いそうなお菓子を勧めている。彼は近衛騎士なのに執事のように優雅に卒なくこなしてしまう。もしかして、近衛騎士の修得科目に執事なんてあるのかしら?
「そんな修得科目はありませんよ」
「レイン?!」
驚いてレインを見ると、ニッコリと笑顔になっている彼の横で、手伝いをしていたアッシュ様までもが口に手を当てて肩を揺らしている。
「レニ、言葉に出していたかしら?」
恐る恐る聞いてみると、レニは小さく首を横に振って小さな声で『お考えが、お顔に。』と答えてくれた。
貴族令嬢として恥ずかしいことをやらかしてしまった。顔が熱くなっていくのが分かる。
「リーナ様、私もリア様やアッシュ様に考えを読まれてしまうことがありますの」
ブリジット様、それはフォローになっていません、まあ、上位貴族ではないので社交の場でどうのこうのは無いと思うけれど、気を許してしまっている人に対してまで“能面”のような社交術が出来るほど私は器用ではないから無理と諦めてしまおう。本当に無理だから。
「ブリジット様が、落ち着かれた様で良かったわ」
魔力数値の増加が心を落ち着けさせたのか、ブリジット様は紅茶を飲んでリラックスしている様だった。
レインとアッシュ様が小皿にお勧めを乗せているので、小動物のように食べている姿が愛らしい。
そんな彼女 の魔力回路を観ると、通常の魔力が先ほどよりも太くなって循環している。
その傍らで、聖属性の細かった回路が少し太くなって存在しているのは、彼女の聖属性が消えなかった証だと思う。
「レニ、今日はブリジット様をお誘いしたいから、護衛として私の部屋に泊まってくれるかしら?」
私の小声に小さく頷いて了承してくれる。レインも少しだけ口角を上げて了承している様だった。
そろそろ、次の段階ね。
「ブリジット様、魔力が安定していますね。そのリラックスした状態で、身体の内にある魔力を感じてみてくださいませんか」
「えっ、魔力循環を感じてみるということでしょうか?」
「はい」
座った状態で目を閉じて魔力循環を感じるブリジット様。素直に応じるのは彼女の長所だと思った。
「うそ?!」
一際大きな声が室内に響き、驚いたブリジット様がそのまま後ろに倒れそうになるのを、アッシュ様が支えて戻している。
良かった。あの反応は自分でも気づけた証拠だから。
「あの、もう一回魔力測定装置で測っても?」
了承する代わりに、装置にかけていた布を取って微笑み返した。
ブリジット様は微かに震えながらも、それでも意志を持って装置に魔力を注ぎ、結果を受け取ろうとしている。
起動した魔力測定装置の値は火・風・土の属性を光らせ、薄っすらと聖属性を光らせていた。
「聖属性が復活している?!」
リア様とアッシュ様の声に、レインやレニの驚きの声も重なった。失ったと思っていた属性がブリジット様の中に在ると、魔力測定装置が証明したのだから驚くのも当然かもしれない。
「私、まだ・・・聖女見習いでいられますのね」
小さな安堵した声は、ブリジット様が今まで抱えてきた子爵令嬢としての責任感の現れ。
下がった魔力値によっては、貴族として“魔力値の少ない者”としての烙印を押されてしまう。たとえ魔力被弾による事故だろうとも。
貴族は家の対面を背負って学院に来ているため、学院は疑似的社交界とも言える。
間違った情報だとしても、偏見と虚栄のようなプライドが交差して、真実味が欠けたような噂話を真に受ける者は多い。
良くも悪くも貴族としての誇りと誠実な実績を積むことは、そういった目の当たりにした虚実をしっかり読み取っていくことで磨かれる。
皮肉な貴族社会の縮図を知っているからこそ、ブリジット様は恐怖と重責に圧し潰されそうになりながら数日を過ごし、これからの自分の処遇を考えていたのだと思った。
“絶望”と表現した言葉は、彼女が本当に悩んでいた気持ちそのものだった。
「ブリジット様、次の段階への提案がありますがお話しても?」
「リーナ様、どうぞ気になさらず仰って、全てをお任せしますわ」
「では、このまま状態を見つつ夕食を食べに行き、その後、この部屋で治癒魔法を施します。なので、経過を見る為にも、今日は私の部屋に泊まって頂きたいのです」
唐突な提案にブリジット様が驚いている。
無理もない、前世のように気軽に女子会のようなお泊り会がある訳でもないので、令嬢同士が気軽に泊まっていくことなどしない。もしするとしたら、余程の交流を重ねた者同士だと思う。
「治療を施して下さっただけでなく、私に温情をかけて下さってありがとうございます。謹んでお受けしますわ」
「では、お食事には我々も同行し、給仕させて頂きます。夜も私がこちらの部屋で待機いたします」
「夜の護衛は、部屋の中にはレニを。私は部屋の外にて守りますのでご安心を」
私はレニとレインが付け添えてくれた言葉に小さく頷いて、承諾の意志を表した。
「では、私もブリジット様の護衛につきます」
「リア、我々は無理だ。リーナ様の許可が無い限りこの部屋に残ることは許されない」
アッシュ様がリア様を制止して、私の方に跪いた。
「2人は“主への誓い”を、貴女に立てたのですね。
願わくば、このアッシュ・バロウに夕食と夕食後の治癒魔法を行うまでブリジット様の護衛と、その後の夜の護衛をレイン殿と共にすることをお許し願いませんか」
「私もお願いします。リーナ様、どうかブリジット様の護衛をさせて下さいませ」
答えを出すには、リア様の感情的な部分が引っかかった。申し訳なく思ったけれど、リア様にはアッシュ様と同じようにしてもらうことにした。
早めに食堂に行くと、周囲の視線が私達に集まった。
傍から見れば、加害者と被害者がそれぞれに2人の護衛を伴って一緒に現れたのだから、いろいろな憶測や興味を引いている。ブリジット様に非難の眼がいかない様に、手を繋いで笑顔で話しかけながら歩いていく。
この時間ならきっといらっしゃると推測して、食堂の奥にある上級貴族専用の温室風食堂を目指した。窓際に一段高くなった場所にテーブルと椅子が設えてあり、数人の生徒の奥にアンジェリーナ様はいらした。
「リーナ!」
アンジェリーナ様は私の姿を見ると立ち上がり、走り寄って抱きしめてくれた。良かったと震える声で涙を流しながら優しく包み込んでくれる。どれだけ、多くの心配をかけてしまったことだろう。
「アンジェリーナ様、ご心配おかけしました。無事に復帰できました」
「異変は無かったのですね」
「魔力値も下がってはおりません。属性も無事でした」
私の言葉に頷いて下さるアンジェリーナ様。
「そちらは、ブリジット・ルーバン子爵令嬢ですわね。貴女も体は大丈夫なのかしら?」
ビクッと身体を震わせるブリジット様の手を取って、アンジェリーナ様の元へ引き寄せた。
「実は、無事だったのは私だけではなく、ブリジット様も徐々に魔力値が回復されているようですわ」
「リーナ、それは良かったわ。さぁブリジット様も大変だったでしょう。此方へきて、一緒に夕食を食べましょう。護衛の方々もお好きな物を食べて」
優雅な仕草で近くのテーブルに着くように勧め、私達を自分のテーブルへと誘って下さった。アンジェリーナ様が私を名前のまま呼ぶのは、身内であると周りに知らしめているのと、信頼を込めて読んで下さっている。
現チェスター公爵は私の母の兄であるため、アンジェリーナ様は同い年の“いとこ”にあたる。そして、アンジェリーナ様は学園卒業後に数年の王子妃教育を経て、第二王子のオースティン殿下と結婚される。
そのため、学院に通っている今は王族の婚約者として、近衛騎士数人が護衛している。その護衛の方々と周囲に、公の場で共に食事をすることによって庇護下に置きますという暗黙の意思表示をして下さっているのだ。
小さい頃からの付き合いもあって、私の治癒能力の事件を知っている方でもあり、この能力を守って下さる数少ない味方でもある。だからこそ、今回の件でブリジット様を糾弾しようとする者達から守るためにもアンジェリーナ様の助けを必要とした。
「ブリジット様、アンジェリーナ様は貴女を夕食に誘われたわ。もう安心して大丈夫よ」
「これからは、リーナと同様にブリジットと呼ばせて頂くわね」
「私・・・ありがとうございます。でも、ご迷惑になってしまったら・・・」
涙目のブリジット様にアンジェリーナ様は微笑まれた。
「どの様な誹謗中傷を流されようとも、リーナは無事で無傷。ブリジット、貴女も回復しているのなら堂々となさいな。これからは、貴女には私とリーナが就いているのだから」
火のチェスター公爵が後ろ盾であり、癒しのパステル伯爵が学友であると公言してくれた。
「こんなにも・・・恩恵を頂いて、私・・・」
「どんな噂を流されていても、私には判りますわ。ブリジット、貴女は誠実な女性です」
「アンジェリーナ様、ありがとうございます。そのお言葉でブリジット様は安心して学院生活が送れます」
実はアンジェリーナ様には固有スキルがあり、人の善悪を鑑定できる稀有なもの。このスキルで判定された案件は多く、後ろめたい過去を持つ者はアンジェリーナ様が出席するパーティーには出ないと言われているほど。
「そういえば、リーナは素敵な護衛がついてくれたようね」
近くのテーブルを見ながら、アンジェリーナ様が微笑んでいる。レインとレニが小さく会釈をして此方を見ている。善悪鑑定の凄さは見知らぬ人間にも適用されるので、アンジェリーナ様自体がセキュリティになっていると言っても過言ではない。
ん?私の護衛だけ褒めた?
アッシュ様とリア様には触れなかった。それでも、近くで食事することを許しているということは?いろいろな考えが廻ったが、ここで聞くわけにもいかない。
「リーナの護衛の方、近衛騎士はレイン様で魔法士がレニ様でお2人はご兄妹なのね。ブリジットの護衛の方は、近衛騎士がアッシュ様と魔法士がリア様ね」
食事を待ちながら私達の護衛ついて話題がふられ、楽しく歓談しながら運ばれた料理を食べた。アンジェリーナ様のリストにある食事は貴族令嬢の摂る料理と少し違うものがある。前菜やメイン料理やデザートなどの1つに平民が食す料理を付け足していて、以前、黒パンが出されてご令嬢方が驚いていた。
「今日はメインの肉料理があの料理なの。確か、ブルーム豚と言ったかしら」
「ブルーム豚ですか、確か街の料理店のメニューに紹介されていたような」
「あら、リーナ素晴らしいわ。今日はその街で評判のブルーム豚のソテーが出てくる予定なの」
驚いているブリジット様に、アンジェリーナ様が平民の食生活などを知る一環として、平民が食している食べ物を料理人が真似て作っているのだと説明した。傍で同じものを頼んだレインたちも、説明を聞いて驚いている。
「街での情報では、ブルームと名付けられたように“花”の香りがするのですって。もし本当なら、市場価格から見ても、需要が広がると思うわ」
だからソテーで味見をしようとしていたのね。シンプルな調理法の方が、香りが引き立つし味も風味も良くて、簡単お手軽な調理法なら扱いやすいと思うし。騎士団の野営料理に追加されそうね。
「オースティン様、喜んで下さると良いのだけれど」
祈るような仕草で語るアンジェリーナ様は、きっと喜んでいるオースティン殿下を思い描いているのだろう。好きな人の役に立つことが幸せなのだと、そんなオーラが出ている。
「きっと、魔獣討伐などで疲労困憊した心身に、花の香がするブルーム豚は最高の癒しになりそうですね。それに、牧場などで量産できれば、飢饉の備えにもなりそうですし」
「ふふ、私には無いリーナの大局的なものの見方が好きよ。そうね、味が良ければ飢饉に備えられるようにオースティン様とお父様に進言してみるわ」
飢饉が来るかは分からない。魔法で水も火も風も起こせるのだから。けれど、無いわけじゃない。
スタンピードが起こってしまわないように結界維持をしているけれど、王族に何かあれば、国全体が戦場になってしまう。安全な場所に牧場を作るのは保険として考えられるリスク分散かもしれない。
なんて小難しい事を考えてもね。
「ルーバン子爵家は、確か風のウェスティ公爵家の庇護下にあったわね。確か学院に通われているご令息がいらしたような。学院でお会いになりまして?」
「はい。ウェスティ公爵のラミエル・ウェスティご令息が1学年上にいらっしゃいます。私が被弾事故を起こしてしまった時に、お見舞いに来て下さいました」
ウェスティ公爵とは、カミーユ・ウェスティ公爵のことで、アーセリナ国の現宰相でもある。私の父は宰相補佐でもあるので、知らない間柄ではない。
「私の父、エドモンド・チェスター公爵の元に書簡が届いていたわ。おそらく、リーナの父グラン・パステル伯爵とは毎日顔を合わせていらっしゃるでしょうから、今回の件は王太子殿下が仕切られるでしょうけど、先に2人から結果が聞けて安心したわ」
もしかして、物凄く大事になってしまっていたのね。
ブリジット様と目を合わせ、安堵の溜息を吐いたらアンジェリーナ様に笑われてしまった。笑いながらも、執事とメイドに何か指示を出している。
食事が終わり自分たちの報告も終わったので部屋に戻ろうとした時、アンジェリーナ様はブリジット様に隣のサロンに寄っていく様に促した。どうやら、自分が使っていた素敵な髪留めを好きなだけ選んで持っていくようにと伝えている。
そして、ブリジット様の後ろに従う護衛を見つめて私達に話しかけた。
「そう言えば、貴方方は“主の誓い”を立てたのよね」
「はい」
「そう、なら貴方達にも伝えておくわ。リーナの心配している部分は合っているわ。ブリジットの魔法士に注視しておいて」
アンジェリーナ様に視てもらって正解だったみたいね。私の感じた違和感が正しいのか?“悪”とは言わず、“注視”と表現されているので、悪人ではなさそうだけれど。
「リーナ、無意識のジレンマや羨望、そういった感情は無意識の悪意に発展する曖昧な部分よ。考え方次第、受け取り方次第で善にも悪にもなってしまう。とても微妙なものなのよ」
「アンジェリーナ・チェスター様、今の意味合いだと、リア・ブラウンが何か引き起こしかねないとお考えに、いや・・・視えておられるのでしょうか?」
私の横にいたレインが堪らず、アンジェリーナ様に問いかけた。
「感情的なものまで細かくは視れないわ。でも、近衛騎士である貴方が正義と真心でリーナを守れる。もちろん、魔法士の貴女も」
「私達は誓いにかけてリーナ様をお守りします」
「リーナ、貴女の信念を曲げる者や、思い通りにしようとする者は大抵、過去に負い目を持っていたり私利私欲に走る者が多いけれど、その者が自分の考えを正当化しようとして全体を見ようとしないのなら足を引っ張る者、もしくは敵意の無い厄介な敵ね」
扇で口元を隠しながら、小さな声で答えを教えて下さったアンジェリーナ様。そのお顔は少し厳しい表情だった。そして、“敵意の無い厄介な敵”と言われた表現が気になった。それほどまでにリア様の抱えている感情は大きいのだと。
「覚悟しておきます」
そう一言だけ返した。こんな言葉を下さったのは、次兄のレイモンドお兄様と一緒にアンジェリーナ様に会った時以来だった。おそらく、私が何か考えて決断するのに、正しい判断ができるように。私の信念を曲げてはいけないと助言して下さったのね。
「護衛の方々、リーナはこの通り一本気のような性格で、疑ってかかることをしない友愛の心を持っています。そして、その存在は火属性のチェスター公爵家と水属性のリヴァイア公爵にとって、架け橋のような能力保持者なのです。私の心の友を、必ず守って下さいませ」
「心して護衛させて頂きます」
レインとレニがアンジェリーナ様の言葉に応え、私を守ると言ってくれた。少し気恥ずかしい気持ちもあるけれど、ここまで私を理解して助けてくれることに感謝した。
「アンジェリーナ様、ありがとうございます」
1人で事態の収拾をつけようとしていたけれど、1人ではないという気持ちと心強い協力者がいることに気持ちが少し軽くなった。
話を終えた私達がサロンに行くと、選べずに悩んでいるブリジット様がいた。アンジェリーナ様がその状況に笑いを堪えながら、彼女が悩んでいた物数点と、彼女に似合いそうな物数点を選んで綺麗な小箱に入れて手渡した。
何回もお礼を伝えるブリジット様の髪を撫でて、アンジェリーナ様はお部屋に戻られた。
「リーナ様、こんなに頂いて良かったのでしょうか」
「アンジェリーナ様が選べずに迷っているブリジット様を見て“可愛らしい方”って仰っていたの。大切に使ってもらえれば、アンジェリーナ様も髪留めも喜ぶわ」
私の部屋に戻りつつ、小物入れを抱えたブリジット様が頬を赤らめながら嬉しそうにしている。事件から精神的に疲弊していた彼女にとって、頂いた髪留めは喜び以上の心の支えになると思った。実質的にもアンジェリーナ様の髪留めは女生徒の注目の的だから、それを頂いて身につければ、ブリジット様を可愛がっているというお守り的な意味合いにもなる。
「明日から身につけてみたらどうかしら?選ばれた物はブリジット様の栗色の髪と赤茶色の瞳に合う様な素敵なものばかりだったもの」
「リーナ様、選んで下さいますか?」
「では、夜にゆっくり合わせてみましょう!」
心が軽く踊るような気持ちとは今を言うのかもしれない。早くブリジット様の治癒魔法を終わらせて女子会のような夜を過させてあげたいと思った。
さあ、これからが本番ね!
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