表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/151

アーセリナ国と六公爵 前編

 次の日の朝、様子を見に来た学院医務室のララ・トーチネス先生が、起きている私に驚いて走り寄ってきた。青い長い髪を銀色の髪飾りで一纏(ひとまと)めにして、白衣を着た先生のアクアマリンの瞳が心配そうに私を見ている。

 先生は3日間ずっと私の身体を維持するために手を尽くしてくれたのね。


「ああ!パステルさん、お身体は?何か異常は無い?」

「トーチネス先生、ありがとうございました。私は大丈夫です」


 お礼を伝えている間も、先生は私の脈を診たりしている。物凄く心配させてしまったようで、涙を浮かべながら抱きしめてくる先生の手が震えている。少しして、落ち着いた先生がそっと離れたので。


「あの、先生・・・一回寮に戻ってもよろしいでしょうか?」


 こんな時に、こんな質問は(はばか)られるかもしれないけれど、身支度をしっかり整えたいこともあって、私が普通に起き上がって制服を着ようとしたら、慌てて制止してきた。

 私としては、瞳の光彩が気になっていたのと、本当に自分以外の人間がブローチに施した隠ぺいに気がつかないかドキドキしてしまったけど。


「先生としては、検査をしてからと言いたいけれど、身支度を整えてからと貴女が思うのも分かるわ」

「検査・・・ですか?」


 驚いて聞き返してしまうと、先生は深く頷いた。

 どうやら、魔力被弾した者と、膨大な魔力を放った者は、その後の魔力に変化が起こる可能性があるために検査を受ける必要があるらしい。


 “実は私、全属性で全部聖属性付与されちゃいました!”そんなふざけたセリフが脳内をよぎっていく。声に出せないのが、つくづく自分は臆病で巻き込まれたくない気持ちが大きい小心者。


 何よりも社交界でのやり取りや、権力や権威を(わずら)わしいと感じるほど今の世界は自分に合っていないと思ってしまう。

 脳内葛藤(かっとう)のようなやり取りを終わらせ、話の中に重要な部分があった事を思い返した。


「トーチネス先生、私は被弾したショックで寝込んだくらいで、身体的には何も変化を感じませんでしたが、ブリジット・ルーバン子爵令嬢に何かあったのですか?」


 心配になって思わずルーバン令嬢の事を聞いてしまった。

 通常、魔力暴走した場合、暴走した側の魔力上限が減ったり、大規模だと魔力消失なども起こり得る事例があった。

 彼女が目覚めた聖属性に対して、真摯(しんし)に向き合って努力していたのは、遠目から見ていても分かっていた。あの日たまたま、あの場所に居たために事故に()ってしまっただけ。


「‥‥」


 長い沈黙の後、後日、検査とルーバン子爵令嬢のことも先生から連絡すると言われてしまったので、仕方なく寮に戻ることにした。

 検査がある以上、それまでに自分自身の変化を知っておく必要がある訳で、トーチネス先生に今までのお礼を伝えて医務室を後にした。


 廊下を歩きながら、浮上した“検査”という問題を考えてみる。

 早急に確認しなければならない事項は、ブローチの隠ぺいよね。隠ぺいの精度を確認していない今、検査を受ける事はまずい気がするから。

 本来なら、学院図書館に寄って調べたいけど、寮に帰ると言ってしまったから寮の中にある図書室に行くしかない。今の時間なら、寮内に生徒はいないので、結果的には良かったかもしれないけれど。


「学院寮と言っても宮殿級なのよね・・・規模が」


 学院寮は基本的に、寝室と勉強部屋が一緒になった1部屋にシャワー室とトイレの付いた完全個室になっている。

 貴族階級によっては、使用人の部屋が付いている部屋もあるけれど、公爵家や聖女に選ばれた方の部屋はもっと特別な(あつら)えになっていて、公爵家のアンジェリーナ様の部屋は広めの寝室と私室にサロンがあり、基本的なお風呂とトイレが完備され、他に使用人の部屋などがあり調度品もとても品のあるものばかりだった。


 伯爵家の自分は一般的な1部屋タイプになるかと思ったら、魔力量と4種の属性持ちということで比較的待遇は良く、私室兼寝室とサロンの2部屋にお風呂とトイレの付いた部屋を頂いている。

 完全個室であり鍵もかけられ、夜に何をしていても周囲の目を気にする必要が無いのはとても有難い。兎にも角にも、トーチネス先生から連絡を貰うまでの間に、属性研究をすることが第一の課題で数日間は眠れないと覚悟した。


 学院生徒が講義中の時間に出入りできる場所に向かう。それにしても、広大な森のような敷地内にある学院もかなり広いが、同じ敷地内の少し離れた場所にある寮もとても大きく、全生徒と教師の居住区が住み分けされていて変わった作りになっている。

 そう、前世でいうところの・・・


「あれ?なんて宮殿だったかしら?確かイギリスの女王様が住んでいらした、そうバッキンガム!」


 誰もいない廊下に“バッキンガム!”と単語がやけに響き渡って、思考を(つぶや)いていた事に気がついた。誰が聞いているか分からないし、貴族子女は独り言を言ってはいけないのだったわと反省した。

 そして、言い(つくろ)えないような、特に前世の記憶に関することは言わない方が良いかもしれない。


 あれこれ考えながら学院の出入り口に着くと、背の高い騎士と小柄でローブを(まと)った魔法士が私を見て話しかけてきた。


「リーナ・パステル嬢ですね。ララ・トーチネス先生からお話は伺っていますので、魔道馬車が来るまで此方の詰め所でお待ちいただけますか?」


「ありがとうございます。この時間に魔道馬車を出して頂けるのですか?」


「もちろんです。護衛として我々が寮まで同行しますので。私は王立近衛騎士のレイン・ライド。此方が王立魔法士のレニ・ライド、私の妹です」


「ご紹介ありがとうございます。私はグラン・パステル伯爵の娘、リーナ・パステルと申します」


 カバンを持ったまま、静かにカテーシーをして礼をとると、レイン・ライドと名乗った近衛騎士は、水色のフワフワした髪にバイオレットの瞳で爽やかな笑顔を向けて騎士の礼をとってくれた。

 所作がとても綺麗で、流石、近衛騎士に選ばれるだけあると思った。藍色の騎士の服がとても似合っている。

 そして、レニ・ライドと紹介された王立魔法団の妹さんは、深緑の大きめのフードをずらして顔がハッキリと見えるようにして挨拶してくれた。

 彼女の紺碧のウエーブした髪がゆれてサファイアの瞳が、私より5cmほど高い目線で合った。ニッコリと会釈してくれる可愛い感じの女性だった。


 寮へは歩いて20分ほどかかるため、いつもは魔道馬車が行き来している。魔道馬車とは馬に似せた魔道具で動く馬車のことだ。勧められた詰め所の中に入ると、数人の騎士と魔導士が入れ替わるように外に出た。

 忙しそう・・・なのかしら?


「あの、この時間でしたら護衛までして頂かなくても・・・」

「とんでもないことです。被弾されたお嬢様をお1人で歩かせるなど!」


レイン様とレニ様の声がハモって聞こえた気がする。


「トーチネス先生だけでなく、セガール・ラリー先生からもおおせつかっているのです。生徒様方は存じ上げないと思いますが、魔力塊(まりょくかい)を被弾した方の状態は未知数なのです。どうか、私達に同行させて下さいませ!」


 王立魔法団所属のレニ様は何か事情を知っているのか、真剣な面持ちで私に懇願(こんがん)してきた。これは断れない状態だわ、なにより私の被弾がこんなに深刻に受け止められてしまうとは。


「ごめんなさい。被弾といっても体も平気だったので、軽く考えすぎていたわ」


 丁重(ていちょう)に謝った。実際、彼らがこんなに真剣に心配してくれること自体が、状況の答えなのだと思うし。

 ただ、近衛騎士と魔法団の2人も護衛につく仰々しさに、少し驚いているだけなのだと、先ほどから感じている違和感に(ふた)をした。


「お話しても、よろしいですか?」


 馬車に乗り込むと、レイン様が話しかけてきた。黙って頷くと予想外の話を聞くこととなった。


「学院で一番初めに行う属性診断で、聖水を飲まれた後に起こる聖属性の顕現(けんげん)についてです。

 ここ数年、聖属性を顕現する方は年に数人程度でしたが、今年は10名と大変多く、その中で魔力操作を(あやま)った生徒の数は4名。

 被弾された方は勿論(もちろん)ですが、操作を誤った方にもいろいろな障害が出ています」


「魔力の誤操作・・・暴発をした方は、直ぐに魔力量変化や属性変化が現れますが、魔力被弾の方は最長で3カ月もの変化期間があると過去の報告にあります。障害については、過去にも魔力を大幅に失ったために・・・」


「レニ、今は要点だけを話す方が良い」


 レイン様がレニ様の説明を(さえぎ)ったけれど、3カ月もの変化期間があることに驚きを隠せなかった。


「そんなに長い期間が・・・」


 彼らの説明を聞いて、魔力被弾が及ぼす被害の実態が深刻なのだと分かった。

 そして、そんなに被害に遭っている令嬢たちが多いのかと。しかも、彼女たちは聖属性に目覚めたばかりの聖女候補。自身に変化があったことも考えると、先ほどの自分の態度は良くなかったと重ねて反省した。


「レイン様、レニ様、お話して下さってありがとうございます。慎重(しんちょう)に行動します。これからも、見識不十分(けんしきふじゅうぶん)なところは教えて頂けますか」


 自分は知っているようで、物事の大切な部分を見ていない気がした。

 彼らは本気で心配してくれているからこそ、先ほどの様に(おぎな)ってくれると思えた。真意は伝わったのか、レイン様とレニ様は笑顔で頷いてくれた。


「さぁ、着きましたよ。お手をどうぞ、パステル嬢」


 レイン様は手を差し出し、エスコートするように馬車から降ろしてくれた。

 近衛騎士に憧れる女生徒達が多い理由が垣間(かいま)見えた気がする。そんな事を考えながら、寮の入口まで来てしまった。


「ありがとうございました」

「お部屋の前までのお約束ですから」


 微笑みながらしっかりと握られた手は、離してもらえる気がしない。長い寮の廊下を護衛されながら部屋へと向かった。


 ここで寮のことを少し説明しておくと、先ほど声に出してしまった前世のバッキンガム宮殿のようなロの字型の中世風の建物なのだ。

 そして、北側に王太子以外の王族の部屋・東側は女子寮・西側が男子寮となっていて、上の階から爵位順と能力順に配置され、南側は来賓室と図書室や娯楽施設など交流の場として使われている。


 そして、聖女の部屋は王族と同じ北の棟にあり、聖女候補の部屋は東の棟の侯爵家や伯爵家令嬢と同じ階にある。

 もう少し付け加えるなら、聖女の選定基準は分からないけど、聖女が決まると王族直下で保護される。選ばれなかった聖女候補も聖属性魔法の使い手として王宮や王立教会や各公爵家に所属することになるらしい。

 とても栄誉な職だけど、穏やかに今を過ごしたい私にとっては回避したい職業なのよね。

 あれこれ考えつつ、豪華な作りの廊下から広々とした階段に差し掛かった。


「パステル嬢、今日は病み上がりですので魔道転送装置(まどうてんそうそうち)を使いましょう」


 レニ様がそう促すと、レイン様は私の手を取ったまま、魔道転送装置の方へ歩き出した。今まで使った事は無いけれど、前世風に言うならエレベーターのような物だと思う。

 如何(いか)に紳士淑女の学院生徒とはいえ、社交会でのダンスやら乗馬などを嗜む貴族にとっては体力も筋力も必要なので、必然的に学院でも宮殿のような寮でも基本的に屋内は“自らの足で歩く”というもの。魔道馬車を使うのは、警備面での安全性の考慮(こうりょ)と時間を効率的に使うことの前提で使用されているらしい。


「私、初めて乗りました」

「そうですね。私達が生徒の頃も、この装置は使いませんでした。でも、今日は特別です。なるべくパステル嬢には無理をして欲しくないのです」


 2人は細やかな配慮をしてくれる。

 魔道転送装置の床に描かれた転送専用の模様が光始めた。私の部屋がある階を詠唱(えいしょう)の中で(とな)えると、瞬時に景色は見慣れた階の風景に変わった。階によって廊下や壁紙の模様や調度品が違うから、自分の部屋がある4階だと直ぐに分かる。


「あら、近衛騎士のレイン様と魔導士のレニ様ではないですか!ああ、リーナ・パステル伯爵令嬢の護衛ですね。パステル嬢、お身体は大丈夫ですか?」


 ロの字型に立っている寮の角には魔道転送装置と、それに対面して守衛室(しゅえいしつ)がある。東西南北を隔てる見えない門の番人でもあるリリアンヌさんが、心配そうに私の顔を覗き込んできた。

 話の流れ的に、リリアンヌさんは2人のことを知っているみたいね。


「今のところ大丈夫です。ご心配をおかけしました」


 笑顔で返すと、リリアンヌさんはホッとしたような声で良かったと喜んでくれた。軽く挨拶を交わし、私達は部屋の前まで歩いていく。

 護衛をしてくれた2人にお礼を言おうとしたら、部屋に入る前にレイン様に止められ、レニ様がドアを開け放ったまま呪文を唱え始めた。


「部屋の中が安全か()る魔法です。パステル嬢が被弾した噂は広まっているので、念のため何かが仕込まれていないかサーチするのです」


 レイン様がサーチについて説明してくれたけど、私の被弾がどうしてそこまでの警護対象になるのか分からなかった。

 レニ様が見かねて、防音魔法のできる部屋の中で説明したいと申し出てくれたので、私は自分の置かれた状況を理解する上でも、“お茶を入れますから、どうぞ”と承諾した。


「過去に起きた事件ですが、被弾した生徒は魔力が減ったり属性が変化したりするのは、もうご存じかと思います。パステル嬢は、このアーセリナ国の成り立ちはご存じですか?」


「はい。授業で習いました。

 アーセリナ国は6つのダンジョンが存在する土地で、初代国王様の結界魔法で王国の(はし)にあるダンジョンまでのエリアを人の住める場所にして、各六公爵様方がそれぞれのダンジョンを管理していると習いました」


 問いに答えつつ、そっとティーセットと茶葉を出したら、レイン様が茶葉を手に取って用意し始めてしまった。目線で座るように言われている気がする。


「兄は紅茶を入れるのが趣味なのでお任せしても大丈夫ですよ」


 騎士なのに?と突っ込みたいのを堪え、黙ってソファーに座った。


「これから話すことは、授業が進んでから知るお話ですが、今回は王太子殿下の許可が下りたので、授業より早く説明させて頂きます」

「王太子様の?!」

「マカロンです、良かったらどうぞ。この学院は王太子殿下の直轄(ちょっかつ)する領域りょういきですからね」


()頓狂(とんきょう)な声が出てしまったけど、レイン様が紅茶と何処から用意したのかお菓子を出して、さあどうぞ!と言わんばかりに微笑みながら補足説明してくれた。

 この先の話に一抹(いちまつ)の不安を(おぼ)えながらも、腹を(くく)るしかないと小さく息を吐いて気持ちを整えた。

 レニ様は私の反応に、静かに頷いて話し始めた。


「この大陸の中央に位置するアーセリナ国の起源(きげん)は、6か所に点在(てんざい)したダンジョンとそこから(あふ)れてきた魔物との戦いに始まります。

 実は、本来の王家はこのアーセリナ国のある場所から少し離れた半島にあったのですが、この国の初代となられた王が『聖女の神託(しんたく)』によって、この地の魔物を一掃(いっそう)し、6つのダンジョンを管理下に置くところから始まるのです」


 聞きながら少し疑問を持ってしまった。何故、危険を(おか)してまで移住・・・遷都(せんと)しなくてはならなかったのかしら?そこまで考えて、ハッとした。

読んで下さって、ありがとうございます。

毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。

貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。

誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ