後編 アイツ、誰にでも言ってやがったのかよ!
「殿、殿!! 急いでお逃げ下され! 城に単騎で突っ込んできた鬼のような武者が次々と兵を薙ぎ倒して……ぐわっ」
「光忠! ……おのれ何奴!?」
重臣である光忠の背中から槍の穂先を引き抜き、鬼の形相で迫ってきたのはなんと、遠く越前・北の庄にて戦っているハズの柴田勝家だ。
「光秀ぇー! 我が殿の仇、ここで討ち果たさせてもらうぞっ!」
「げえっ勝家! アンタ遠く越前の地に居たハズじゃなかったの!?」
「信長様が討たれたと聞き、居ても経っても居られず馬で来たわ!」
勝家の居た越前・北の庄からここ、近江・坂本までは35里(約140km)もある。その距離を一軍を率いる将がたった一人、馬で駆け抜け、それだけに収まらず単騎突撃で城門を破りここまで駆け上がってくるなどいくら猪突猛進の勝家の行動とはいえ想定外だ。完全に腰を抜かし、何なら勝家の剣幕に漏らしかけた光秀の前に秀吉が言葉を挟む。
「権六どの、ワシも光秀さぁも裏切られておったのです。何なら権六どのも同じなんじゃないかの?」
「何を申すか藤吉郎っ! まさか貴様も光秀と結託しておったのか!?」
「そういうわけじゃありゃあせん。じゃが若い小姓なんぞに入れあげた信長様に捨てられたんは一緒なんじゃ」
「なぁ~にぃ~!?」
そこで光秀は今回の件についてを説明した。信長が自分を一番だと言っていた事、なのに会いに行ったら蘭丸という若い小姓を『お前しか要らん、お蘭』と言って抱き寄せていた事。ついでに秀吉も同じように拒絶されたことなども。
「な、な……な!? 誠か!?」
「切ないけど……誠の話よ」
「おっ、おやがださまぁ~!!」
それを聞いた勝家は急に立ち上がって叫んだかと思うと今度は地面に顔を擦り付け、イキナリおいおいと号泣し始める。その姿は先ほどまでの鬼のような姿とはまるで別人のようで、光秀と秀吉は顔を見合わせて困惑した。
「ぐす……ひっく……おやがださまはオレに『離れていても心は1つ。お主こそオレ1番の家臣じゃ。主従が閨を共にすることを【衆道】などと馬鹿にされん世を共に作るぞ』と言っでくれたがら、これまで遠く離れた地でも頑張って来られたのにぃ~! あんまりじゃあ~!!」
そんな勝家をいたたまれないと言った表情で見つめる秀吉。ここでこうしてそれぞれの話を聞いているうちに、何だか光秀は信長への執着など段々どうでもよくなりつつあった。それよりももう、同じ痛みを分かち合う者同士であんな男の必要ない世の中を作る方が良いんじゃないかと思い始めていた。のだが……
「権六どん、その悲しみはワシとて一緒じゃ。今度は権六どんの閨をワシに温めさせてもらえんじゃろうか?」
「藤吉郎!? うわぁ~ん藤吉郎っ!! この悲しみをわけあえるのは織田家がまだ大きくならぬ頃から苦楽を共にしてきたそなただけじゃっ!」
お互いにがっしりと抱き合って共感の涙を流す2人に声をかける。
「ね、ねぇアナタ達。お互い信長様に純情を踏みにじられたのは同じ。だったら皆で慰め合っていくことだって、出来そうじゃない?」
「「うるさい! 外野のハゲは黙ってろ!」」
どういうワケだか自分だけは拒絶されてしまった。
「今ここで悲しみを分け合えるのはずっと信長様に尽くしてきたオレらだけじゃ! それをオレらが信長様のお傍に居られなくなったタイミングで出てきただけの、パッと出のハゲと一緒になどされたくないわっ!」
「そうじゃそうじゃ! 権六どんの言う通りじゃ! 新参者は立ち去れいッ!」
「あの~ここ、アタシん城なんだけど……」
何故ここまで目の敵にされないといけないのか。
確かに織田家古参の面々に比べれば自分は新参者で信長の寵愛を受けた、鼻持ちならない相手と言われるのは仕方ないだろう。でも、さすがにもっと新参の小姓に寝返られたという意味ではここまで同じ境遇を受けた仲間だったのではないのだろうか?
「え~コホン。と、殿。至急お目通りを願っている者がこちらに」
先程までの大騒ぎから打って変わって、何とも言えない空気に気まずそうな顔をしながら家臣が話しかける。光秀がその家臣に応える間もなく、許可も待たずに制止を振り切って天守閣へ上がってきたのはムチッとした体型の小柄な男。
「光秀さまぁ~ん! やっとここまで逃げられた! 本能寺でノブさまが殺られたって聞くなり色んな人たちから攻め込まれても~う、命からがら逃げてきたのよっ!」
そう言って体をよじりながら話すのは桃尻……もとい河尻秀隆。信長の古くからの家臣で、光秀のおねぇ仲間でもあった。
「もうっどいつもこいつも私の事見るなり『いたぞ河尻だ!』って槍を持って追いかけてくるんだもの。そんなに私の尻が気になるのかしらね?」
身をよじりながら話すたびに、弾力のある尻がブルンブルンと揺れる。追手に気付かれるのもその後ろ姿のせいではないだろうか?
ただそれ以前に河尻は統治を任された武田家旧領の甲斐で、散々傍若無人な振る舞いで地元民からも織田家臣団からも嫌われていたというから自業自得なのだろう。誰も味方してもらえず結局、おねぇ仲間の光秀しか頼る先が無かったという事だ。
「あらぁ、誰かと思ったら秀ちゃんに権クンもいるんじゃなぁい! 何? 皆でノブ様を偲んで慰め合う会? 混ぜて混ぜてぇ~♪」
相変わらず腰をクネクネさせながら二人に走り寄る河尻だが、勝家に片手で押し返されて跳ね飛ばされる。
「寄るな寄るな! 貴様なんぞにオレらの気持ちが分かってたまるかっ」
「そうじゃそうじゃ、そのデカいケツ向けてとっとと去れ!」
今回の拒絶され加減は光秀のソレ以上だ。河尻なら自分とは違い、織田家古参同士なわけだから理解し合えるのでは、と光秀は思ったのだが……
「な~によアンタ達ったら、まだアレ気にしてるのぉ? アンタ達よりも先にノブさま、『やはりお前の尻が一番だ』って言ってくれたこ・と♪」
光秀は今の一言でこれまでの言動を思い出し、なんだか色々と分かってしまった。この河尻という男(?)何かにつけて自分の方がとマウントを取ってくるクセがあったのだ。そりゃ色んな相手に疎まれるわけだ。しかし言われっぱなしの2人ではない。
「ワシには『藤吉郎の温めてくれた布団がなくては』と言ってくれたぞい!」
「オレには『権六に抱かれているとまるで大海を揺蕩っているようじゃ』と言ってくれた」
「わ、私には『そのスベスベの頭の触りごごちが最高じゃ』と言ってくれたわよっ」
「何よそれ、アンタ達なんかにこの尻の良さは叶わないわっ」
結果、何を競い合ってるんだか分からない四つ巴の醜いマウント合戦である。
とその時。
「殿、大変でございまする! 城がすっかり囲まれておりますぞ! さらに城内にも火の手が上が……」
そこまで報告しかけた伝令の首筋に何かが刺さり、そのままばたりと倒れて事切れる。直後に天井からバサリと降りてきた男は目を隠した黒頭巾の口元にネットリした笑みを浮かべ、舌なめずりをした。
「あ、アンタはネットリはん……いや服部半蔵! 家康の手先ね!」
「誰がネットリはんじゃ! というのはともかく……我が主は既に兵を率いてこの城を取り囲んだ。最早、貴様の命運はここまでじゃ」
「くっ、あのような醜いタヌキ野郎に我らの築き上げた天下をうばわれるとは……」
こうして、武田信玄・上杉謙信を始めとして信長の時代に栄華を極めた『衆道』という文化は女人にしか興味を示さなかった徳川家康が天下を取ったことにより衰退し、時代は『のぉまるらぶ』が推奨される江戸時代へと移り変わっていったのであった。めでたしめでたし♪
「……って、全然めでたしなんかじゃないわよっ! なんであの世に行ってまで信長と一緒じゃなきゃいけないのッ」
「まあそうツンツンするでないぞ、お光。お主も我が交わりに加わるが良いではないか良いではないか」
「ああんッ! 信さまに低い声でそんな誘われると逆らえない~」
……という声が、焼け落ちた近江坂本城の古井戸から聞こえたとか聞こえなかったとか。
(おしまい)




