特攻バス
誰も乗らないバスを運転し続けている運転手
ある日を境に、彼のこころに変化が起こっていた
僕は街の図書館が閉館になる午後6時まで学習室で勉強しクタクタになって図書館を出た
図書館に来たのは朝9時だったので9時間勉強したことになる
夕焼けで空が赤に染まり街灯が夜道を照らしていた
僕はバス停に向かった
バス停にはタイミングよく、いつものバスが停まっていた
運転手さんに手を振り、乗りますという意思表示をすると、
バスはハザードランプを2回焚いて分かりました、と挨拶を返した
ぼくは小走りでバスに乗り込んだ
中には誰も乗客がいない
キョロキョロしていると運転手さんが話しかけてきた
「このバスは市役所前を通ってスーパーさえきの前を通り
終点の墓地前まで行きます。どちらまで?」
「スーパーさえきで降ります」
運転手さんは古代ギリシャの哲学者のよう眉間にシワを寄せ、考えていた
「お客さん。ご覧の通りこのバスは乗客がお客さんしかいません
市役所前で停まっても、市役所はずっと前に閉まってますので
お客さんもいない
この時間はいつも誰もいないのです
スーパーさえきのバス停も。皆さんお車で買い物をするんです
そして終点の墓地前にこの時間に行く人は幽霊以外誰もいない」
「そうなんですか?寂しいですね」
「そうです。この時間のルートは図書館前のバス停より一個前の
めじろ坂でみんな降りてしまう
だから私は図書館前から墓地前までのルートを毎回毎回
誰も乗せないで一人やっとります」
そこまで話してしまうと、運転手はポケットからキャメルを取り出し口にくわえ
マッチを擦り目を細めゆっくりとタバコを吸った
そして吐き出し続きを話し始めた
「というわけで、私は意味のないバス停をすっ飛ばしてあなたの家の前まで
直接乗せて行ってしまおう、とこう思っとります」
「そんな事していいんですか?」
「もちろんいいですよ。運転席の後ろに書いてあるスローガンを読んで見て」
僕は運転席の後ろにある運転手の顔写真と本名を見てみた
本城寺祐太郎 と書いてあった
そしてその下にあるスローガンを読んだ
「私は安全運転をする事、そしてお客様本意の運転をする事を誓います、
と書いてありますね」
「ほらね、安全運転が第一、その次がお客様本意の運転ってえのが私のモットー
なんですわ。お客さんの家の前までお送りします」
「わたしの家は一回首都高速に乗って頂かなければ行けないのですが」
と僕は言った
「大丈夫です。その方が運転手冥利に尽きますんでね」
そして運転手は吸いかけのタバコを料金箱に押し付け火を消し
窓から吸い殻を投げ捨てた
僕は自分のアパートの住所を伝え席に着いた
始めは冗談かと思っていたが首都高速に乗り込み時速107キロをマークした時点で
本気なのだと悟った
市内を回る大型バスがこんなスピードをだせると今まで知らなかったのだ
バスの行き先の表示は、
「 お客さんの 自 宅 」
となっていた
首都高でのスリリングな追い越し車線の攻防を体験し
高速を降り見慣れた景色がみえてきた
運転手はお金を受け取ることを断った
僕をバスから降ろし、去り際にハザードランプを2回焚いて颯爽と市営バスは去った
そして今、こんな事があったのだと忘れないようこの文書を書いている
追記
その日の夜のニュースで僕の乗っていた市営バスが車庫に戻らず
鈴鹿サーキットのレーンをブンブン走り続けていることを知った
僕は今回の事は誰に何を聞かれてもそんな事は知らない、で通す決意を固めた
だからこの文章もすぐ削除する予定だ
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