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小鳥と家族の19年

作者: 明けの明星

「K-20034」と番号の書かれた鳥小屋。

その中にいたのはまだ羽も生えそろっていないひな鳥たち。

緑のとブルーの身体を持つ、その小鳥が選ばれた。


その小鳥はネットでポチられ出荷の準備のため、小さな箱に入れられた。

そこから何かで運ばれ、着いたところはどこかの家庭のリビングだった。


箱から出ると、小鳥を見つめる4つの目があった。

小さな女の子と少し大きな男の子。

この家の娘と息子だ。


小鳥はその日からこの家族のペットになった。


小鳥のために、大きな鳥小屋が用意されていた。

まだひな鳥が身体をよせ合う仲間もいない大きな小屋にポツンとひとり。


その姿を不憫に思ったのか、夕方家族がリビングに集まる時間になると

小鳥は小屋から放たれた。


小鳥は自由に部屋の中を飛び回る。

息子と娘は小鳥を自分の手や肩に乗せようとするがそうはいかない。

「ガキの言うことが聞けるか」

小鳥は自分の方が優位だと思っていた。


リビングの窓が開いていた時があった。

外では、スズメのさえずる声がした。

小鳥はそれにつられて外に飛び出した。

スズメと小鳥は一緒に飛び回り、近くの木の枝にとまった。

家族が慌てて後を追った。木の下で息子が涙目で小鳥を見ている。

娘も「かえっておいでー」と涙声で叫ぶ。


しばらくして小鳥は自分から、息子の肩に飛び乗った。

それを父親が素早くつかまえる。

小鳥の冒険は約10分で終わった。

小鳥は自身の居場所が、この家の鳥小屋とリビング、周囲にはこの家族がいてほしいと

思うようになっていた。


ある日、小鳥はきまぐれで娘の肩に乗っていた。

娘は自分の肩にいる小さな生き物が愛おしく、思わず頬ずりをした。

だが、小鳥はそれを受け入れない。

小鳥に寄せられた娘のほほを思い切りくちばしでかじりついた。


娘のほほから血が流れていた。

小鳥は自分が「ヤバいことをしてしまった」と気づいたようだ。

少し離れて娘を見る。

普段なら、血なんか出たら娘は大騒ぎして泣き叫ぶのだ。


しかし、娘は泣かない。

自分でさっと絆創膏をはり、涙目になった目をこすった。

小鳥が娘をかじり、娘が血を流して泣いている、こうなれば小鳥が責められる。

娘はそれが心配だった。


小鳥は今までより娘が好きになった。


ある時、その頃の小鳥のマイブームは紙をかみ砕き、自分の尾羽に差し込むことだった。

リビングに置いてあるあらゆる紙が犠牲になった。

そんな時、リビングに息子の「プールカード」が放置されていた。

プールカード、学校でプールの授業に参加しても良い、と保護者がサインをするものだ。

それがないと、学校でプールには入れない。

カードは画用紙で出来ていた。


格好のかみ砕く具材を見つけた小鳥。そのカードを細かくかみ砕き、そのカードは原型がすべて消滅した。

プールカードだったであろう物が細かく刻まれ、小鳥の尾羽に無数に差し込まれている姿を見た

息子は愕然とした。

そして学校の先生に、

「うちの小鳥がプールカードを無くなるまでかみ砕いてしまったので新しいのをください」

と伝えた。

先生たちは首をひねった。

「小鳥がコードをかみ砕いた?そんなことがあるのだろうか。

この子は誰かから意地悪をされてカードを無くしてしまったのではないか、

いじめられたのを隠してそんな言い訳をしたのではないか」

そう考えた先生が、母親に確認をした。

小鳥の仕業は間違いなく、息子がいじめられているというのは先生の取り越し苦労だった。


小鳥がリビングから眺める風景も以前とは変わってきた。

小さかったはずの娘と息子はどんどん大きくなっていた。

いつの間にか、リビングに家族が全員揃うことも少なくなっていた。


それでも小鳥は毎日リビングを飛び回り、家族の気配を感じていた。

たまに息子や娘を見つけると、肩に乗りさえずった。


しばらくして、リビングの様子が一変した。

娘がリビングのテーブルに居座り、家族で使っていたパソコンを前に頭を抱えるようになった。


娘は大学生になった。

懸命の受験勉強の結果、希望の大学へ合格したのだ。

しかし、その春、日本、いや世界に新型コロナが蔓延した。

娘の大学生活はリビングのパソコンを通して始まった。


急なことで、専用のパソコンの準備も間に合わず、スペックの悪い古いパソコンで

ただ一人、入学の準備をした。


一人の履修登録、

一人のオリエンテーション。


大学ならではの大きな教室で行われる大規模な講義も

たった一人でリビングのパソコンを覗く娘。


新しい友達も、新しいサークルも何もない。


山のように送信されてくる課題をただ一人こなすだけの大学生活。

その傍らに、いつも小鳥がいた。

独りぼっちの娘に寄り添うように。


孤独な大学生は小鳥に話しかけ、小鳥はそれに答える。

お互い仲の良い友達のように。

そんな日々がしばらく続いた。


いつしか、人々の生活は日常にもどり、

この家のリビングからも娘の姿は消えていた。

前よりも、リビングに家族が揃うことがなくなっていた。


小鳥がこの家に来て十数年の月日が経っていた。

娘も息子も、もう大人だ。


小鳥は前のように飛び回ることはなくなっていた。

リビングのお気に入りの場所に陣取り、周囲を眺めていた。


ある日、珍しく家族全員が揃ってリビングにいた。

小鳥も家族の輪の中にいた。


家族は小鳥に話しかけ、昔話をしていた。

少し前にこの家から出て独り立ちをした息子が久しぶりに帰宅していたのだ。


小鳥は以前いつも一緒にいた家族のにおいにつつまれていた。

懐かしく、心地よく、自分のいるべき場所。


そのまま眠りにつく小鳥。

そして二度と目を覚ますことはなかった。


天国へ旅立っていった小鳥を家族が取り囲む。

小鳥を小さな箱に入れ、花を入れ、お気に入りのおもちゃを入れ。

小鳥を大地に戻した。


リビングに小鳥がいなくなった。

小鳥と暮らして19年。

いつも一緒だった小さな小鳥は家族の心に大きな穴をあけていた。


それでも19年の間の小鳥への愛と小鳥がくれた愛は

心の穴を満たすほどの思い出であふれていた。


そんなリビングにときどきは集まりながら、家族はこれからも暮らしていく。

この小鳥とともに過ごした19年、とても幸せでした。

いつまでも忘れないために書きました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小鳥さんを、慈しんでいらっしゃったのですね。 一緒に生活すると、小動物も家族と同じ。 小鳥さんも、幸せな日々であったことでしょう。 良いお話、ありがとうございました!
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