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004 ザ・ファースト 四話

 駐車場に停めておいたSUVに乗り込むと、バルバラの指定した場所へと車を走らせた。

彼女にはヴラジスラフ、もといツィリルが向かいそうな場所の目星があるらしい。


 言われた通りに運転をして、到着した場所は何の変哲もないビル群のど真ん中。駐車場すらないそこで車を停めるには少しためらわれる。

ドミニクの記憶ではここは駐車禁止のはずだった。警察に見つかればこのSUVはすぐさま切符を切られてしまうだろう。

 そんなことは現代社会に馴染んでいるバルバラでさえも分かることだ。たとえ数百年生きていようが、今はこの社会に慣れ親しんでいる。

バルバラがSUVに手を触れると、ボヒュンという音を立てて車が消えた。バルバラの魔術でしまったのだ。


「こっちだ」


 バルバラは目の前にあった地下道への入り口に入っていく。

平日の昼間だったこともあり、地下道の人通りは全く無い。二人の靴音が反響する中、地下の道を歩いていけば壁にひときわ目立つ扉を見つける。

それはクラブのドアさながら派手なデザインだった。


「ここは公共の地下道だろ。何でこんな……」

「左手の指輪を外せば分かるよ」

「……あぁ、なるほど」


 それだけ言われればドミニクには理解が出来た。

 ドミニクの左手中指にはめられているシルバーリングは、魔術の才能が皆無な彼に向けたバルバラのプレゼントの一つ。

 魔術の才能が全く無い彼は、こういったアイテムがなければ魔術耐性はゼロ。そして魔術の痕跡を追うことすら出来ないし、こうして魔術で作られたドアにすら気付け無い。

 稀に魔女の血がごく少量でも混ざっている人間は、こういったドアや魔女の痕跡を見ることが出来る。しかし実際に触れて入ったりするには、また別の技能が必要となるのだ。

だからこういう場所――魔術で作られた場所には魔女しか出入りできないのだ。


「魔女ってーのは真っ昼間から、クラブを営業してんのか?」

「……確かにそうだね」


 安っぽいクラブのドアは、ネオンがチカチカと瞬いていて営業中だと知らせている。

だが魔女のクラブであろうとクラブの営業は夜。だからこうして昼間から光り輝いていることはおかしいのだ。

 バルバラは目線で「警戒しろ」とドミニクに指示を出す。ドアノブに触れて開ければ、中は酷く静かだった。いや、全く音が聞こえないわけではない。

パチパチと火花が散る音、壊れたスピーカーから流れるノイズの酷い音楽。人の声は全くしない。


 薄暗いクラブの中はめちゃくちゃだった。ネオンの照明が割れて飛び散り、安酒が散らばり、床はガラスでいっぱいだ。

パキリとガラスを踏んだ音がなるたび、ブーツで来るべきだったかと少しバルバラは後悔した。よりにもよってセパレートパンプス。開けた部分にガラスが当たれば魔女だって痛い。

 ガラスもそうだが傷を負った客やバーテンダー、スタッフがそこらじゅうに転がっている。

 入り口には逃げようとした魔女が転がっていた。その魔女が「う……」と小さく呻くものだから、バルバラとドミニクは顔を見合わせる。


「開けた場所に生きてるものを集めろ」

「はいよ」


 ドミニクが生存者を選定している間、バルバラはバーカウンターのある開けた場所を整理していた。死亡者を隅に纏めて、床に散らばる破片を除去する。


 このクラブの営業が朝方までやっていたと仮定しても、ヴラジスラフがこの場を去ったのは相当前になってしまう。

普通のクラブであったならば、警察や地元住人達に気付いてもらえていただろう。そして昼前にバルバラの家にやってきた連盟の年寄り共が知らせてくれているはずだ。

 だがこうして魔女限定で隠してあるクラブのせいで、バルバラが直接訪れるまで気付かれなかった。


「これで全部らしい」

「あぁ……」


 ドミニクが最後の生存者を運んでくる。かろうじて息があったのはたった五名だ。

随分と繁盛しているクラブのようで、客もスタッフも多く見受けられるというのに、生き残ったのがこれだけだというのは苦しいものだ。

床に並べて寝かされた五人の息はもうすぐで絶えそうで、ここであった惨状がどんなものかを容易に想像させられる。

 見たところみな若い連中だ。古くから生きている頭の凝り固まった年寄りではなく、ハーフや最近生まれたばかりの若造ばかりだった。

 バルバラは五人にそれぞれ魔力を注いでいく。完全回復させなくとも、魔女の生命力であれば十分だろう。


「う……」

「あれ……?」


 頭や腹部などを抑えながら、それぞれが目を覚ます。

バルバラはその様子に安心しつつ、その辺りに転がっていたまだ使えそうな椅子を引っ張ってきてそこに腰掛けた。ドミニクも慣れた動作で横に立つ。


「……誰だアンタ」

「ほう。私を知らんか。相当なガキみたいだ」

「このご時世アンタを知ってんのは年寄りぐらいじゃないか?」

「黙れ、ドミニク」

「おぉこわ」


 死の淵から戻ってきた青年たちは、バルバラとドミニクを見て頭をかしげていた。本当に知らないらしい。

いや、むしろバルバラからすれば知られていないほうが平和なのだ。彼女に出くわすということは、何かしら大きな事件が発生したということなのだから。


「ここで何が起きた」

「……あー、クソ。そうだ、昨日来たロシア人みてぇなヤツがめちゃくちゃにしやがったんだ。ツィリルの知り合いだって言うから安心してたら、あいつ……」

(この店はツィリルのツテか……)

「突然みんなの魔力を吸い出して、抵抗したんだけどすげー強くてさ!」

「だろうな」


 魔女歴数年のガキどもがたむろしているクラブなんぞ、二百年以上生きた極悪犯罪者に勝てるはずがない。実際この惨状だ。生きている魔女がいただけ幸運。

だがその事実をこの子供らは分かっていない。


「その男はどこに行くとか言っていたか?」

「んなの知るかよ! 俺らは生きるか死ぬかだったんだぞ!」

「そうか」


 今は「俺ら」が「生きるか死ぬか」ではないのだが。

「世界」が「終わるか続くか」の問題と言っても過言ではない。

 事実魔力を大量に吸い取ったヴラジスラフは、相当な力を手に入れているはずだ。それにツィリルの死体がこの店に転がっていないあたり、まだ従属しているのだろう。

よくあんな化け物についていけると、同族ながら感心するバルバラ。


「ドミニク、協会と連盟に連絡を」

「おう」

「はぁ!? 俺らは何も違法なことしてねえよ!?」

「これは法などという問題ではない。あの男を殺さないと、未来が消える」

「は、はぁ?」


 若者達はさっぱり分からないと言った様子だ。バルバラの説明が不足している事もあるのだが、名のある一族ならばヴラジスラフを知っているはずだ。だから話が通じないことはバルバラにとっても驚きなのだ。


「あの男はヴラジスラフ・レーシンと言って、二百年投獄されていた犯罪者だ。手違いで野放しになってしまってな。とっとと見つけて殺したいのだ。だからもし君らが嘘をついていたりするのならば――」

「待ってくれよ、そのヴラジスラフ? とかいうやつ、って、ヴ、ア、がっ、ぎっ」

「おい?」

「あ、ぁぐ、う、ォアオオオオ!?」


 青年はうめき出し、立ち上がると首を抑えながらフラフラし始める。顔は真っ白く変わっていき、生気が失われていくように見えた。

 両目からは血液が垂れ始め、鼻や口からも血が溢れ出した。

青年の瞳が白目を向いた瞬間、うめき声は止まった。代わりに青年はバタリと後ろに倒れると、二度と動かなくなった。


「ジェイ!? ちょっと!」

「どういうことだよ!」

「名の呪いか。厄介だな」

「はぁ!? 呪い!?」

「お前たちにも掛けられているはずだ。解くからこちらへ来い」


 バルバラがそう言うと、残った四人の若者達は疑心暗鬼の目を向ける。そりゃそうだ。知らない魔女に殺されかけて、そして次は知らない魔女に助けてくれるというが……どちらにせよ、知らない人間を信用できる出来事ではない。

 目の前では友人が死んだばかり。端に積み上がっている友人らの死体。人間の若者と同じようにのうのうと生活していた彼らにとって衝撃的な出来事だった。それがたった一晩で行われたのだ。

 今彼らにとってバルバラも、信用できない怪しい存在だ。

それは平和の象徴である「バルバラを知らない」ということが仇となっている。


「……はぁ。バルバラ・ヨーナス・チェルマーク。この名を聞いたことは?」

「なんだっけ?」

「お袋が言ってた気がする」

「魔女のばーさんだっけ?」

「……」


 親世代は知っている魔女がいるようだが、平和になった昨今を生きる若者世代ではバルバラに関心すらないのだろう。


「魔女の始祖だ。それが私だ」

「シソ?」

「…………」


 話にならんと呆れているバルバラに対して、横に立つドミニクは腹を抱えて笑っている。無知の前ではバルバラですら力を成さないという、面白い事柄だからだ。

 百年近くバルバラとともに生きてきて、彼女の威厳や計り知れない強さを目の当たりにしてきた。

だがこうして現代っ子に打ち負けているのを見るのはめったに無い。ドミニクにとってはバラエティ番組を見ているかのように面白い。


「私を信用しないのならばいい。あとから来る連盟の奴らに解いてもらえ。それまで先程のロシア人の名前は口にするな。死ぬぞ」

「……わ、わかった」

「話を戻すが、二人がどこに行ったか聞いてはいないな?」

「あぁ、えっと、力を増やすとか言ってた。他の集会所を襲うとかなんとか」

「なるほど……」


 集会所、とは言ったものの実際は別のクラブやバーというところだろう。魔女の集まっている場所を襲って、魔力を奪って力を得る。

 恐らくそこまで力をつけるとなると、協会もしくは連盟――もしかすると一族へ報復するつもりなのかもしれない。


「まずいな。ドミニク。レーシン一族に連絡は?」

「一応してみるが、あそこの家にそういうの意味あるか?」

「……そうだな」


 歴史が深い一族は、連盟などに力を貸してもらおうとなどせず自分たちの責任だからとすべて自分たちで終わらせようとしたがる。

バルバラにもわからないでもないが、こうして人間を含む他者を巻き込んでいる以上一族で片付けて貰うのは困るのだ。

 バルバラも動いていることもあって、全ては出来ればバルバラに任せてほしい。

 しかしながら由緒正しき一族達は頭も固い。それは古くから生きる魔女によくあるプライドというやつで、年数が経過するたびにその石頭はどんどん硬くなっていくのだ。


「……はぁ。いいかお前ら、連盟と協会が来るまでここを出るな。生きていることが分かれば、ヴラジスラフがまた殺しに来るかもしれん。死にたければ出ても構わんが……」

「わ、分かったって……」

「アンタ達はどうすんのさ、アンタらだって危ないでしょ?」


 バルバラとドミニクは、まさかの青年たちからの心配の声に顔を見合わせる。本当に何も知らないのだなぁといっそ感心するほどだ。

バルバラは青年の前にしゃがむと、彼を指差して言う。


「お前らの大好きなスマートフォンとやらで調べればいい。〈バルバラ・ヨーナス・チェルマーク〉。きっと有益な情報が手に入るはずだぞ」

「えーっと、バ・ル・バ・ラ……」

「行くぞ、ドミニク」


 調べている若者をよそに、バルバラはドミニクを引き連れてクラブを後にしようとする。

出入り口の扉に手をかけようとした時に、後方から興奮気味の「マジでぇ?!」という叫び声が飛んできたが、気にしなかった。


 再び大通りに戻る二人。バルバラがSUVを元に戻し、そこに乗り込んだ。

助手席に乗ったバルバラは、ポケットからスマートフォンを取り出して連絡を取り始める。連絡先は魔女連盟だ。

 連盟にはこの辺りの魔女が経営するクラブやバーを調べてもらうつもりだった。国内一帯というのは余りにも無謀すぎるし、流石のヴラジスラフもそこまで足を伸ばせないだろう。

こればかりは魔女狩りに頼むことは難しい。先程のクラブのように魔術アイテムなしでは見つけられない箇所も存在するし、何よりも魔女らが生きていた場合それを回復させるには魔力が必要だ。となれば魔女連盟に頼むしか無い。

 プルル、とコールが数度。それを終えると女性の声が出る。


『バルバラ様で御座いますね』

「あぁ。連盟に頼みたいことがある。人数がいる。ヴラジスラフの件に関わるから人は惜しむなよ」

『承知致しました』


 依頼の詳細を数分に渡り説明していくバルバラ。電話口の女性の後ろではバタバタと動き回る音がして、電話の最中から既に指示通りに動き出そうとしているのだろう。

そうでもしなければ遅いのだ。既に計り知れない程の被害が生まれているはず。

これが国内だけで済めばまだいいほうだろう。力を付けたヴラジスラフが国外へと行った場合、バルバラがやるべき仕事は更に増えるのだ。


「で。俺らはどうすんだ」

「レーシンのところに行く」

「国内の分家か?」

「いや。ロシアの本家だ」


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