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第1話、伝説となった英雄


 俺は戦った。


 邪教教団モルファーによって呼び出された大悪魔が、俺の生まれ育ったヴァンデ王国を襲い、破壊を繰り返した。多くの騎士や兵たちが悪魔に挑み、その命を奪われたのだ。


 俺は、王族として、一人の戦士として、大悪魔どもに挑んだ。俺には派手な技もなく、取り立てて秀でた部分は、すぐに浮かばない。

 だが負けるわけにはいかなかった。何故ならば、ヴァンデ王国は俺の生まれた国であり、家族や民がいたから。


 俺が人より勝ったのは、初志貫徹の意志のみ。ようやく大悪魔を一体仕留め、しかしそれにより強力な呪いに冒された。

 それは俺に力を与えた。だが引き換えに、ありとあらゆる生き物を斬りたくなる禍々しき呪いだった。……俺は、友と、仲間たちと共に戦う術を奪われたのだ。


 大切な者たちを傷つけないために、俺の孤独な戦いは始まった。各地を放浪し、呪いと闘いながら、大悪魔を一体、また一体と呪いと引き換えに倒した。

 呪いは俺を蝕んだ。常時、苦痛に苛まれ、諦めろと囁く声が聞こえた。


 だが、俺は大悪魔討伐を続けた。王国の平和と、民の幸せを祈って。呪われた俺の体は、それと引き換えだ。

 胸の奥底に溶岩のように溜まった憎悪と怒りを抱え、悪魔を殺して、殺して、コロシマワッタ。


 死の痛み。体は砕け、骨は折れ、内臓が破裂しようとも、俺はのたうち、しかし戦った。……もはや死ぬこともできない。不死の呪いを掛けられていたからだ。永遠に生き地獄を味わえと、俺に大悪魔が授けた呪いは、しかし他の大悪魔を葬る原動力となった。


 殺してやる……殺してやるぞ――悪魔ドモ……!


「我はアレス! ヴァンデ王国の王子なりっ!!」


 やがて、最後の大悪魔を討伐した時、俺は闇に沈んでいくように感じた。不死の呪いで死ねないはずなのに、もしかしたら、このまま消えてなくなれるのではないか。

 この苦痛からも解放される。……そう思えるほど、何もかもが闇に呑まれていくような感覚だった。


 ……最後の大悪魔も倒した。もう、王国も大丈夫だ……。このまま消えたとしても……おれ、は……満足、だ――



  ・  ・  ・



 アレス・ヴァンデ王子の活躍によって、王国は危機を脱し、平和を得た。

 王子の犠牲にも似た奮闘は、人々に語り継がれ、彼を英雄へと押し上げた。誰もが王族の理想と自己犠牲、献身を褒め称え、子供たちには強い憧れを抱かせた。


 明るく、希望に満ちた世界。若き王子が望み、民が平和に暮らせる国へとなっていくはずだった。

 だが、大悪魔を世に解き放った巨悪は、世界の滅亡を諦めてはいなかった。また、ヴァンデ王国の隣国であるガンティエ帝国もまた、己が野心のため周辺諸国へ侵略の手を伸ばし、国々を内側から腐らせるべく動いた。


 結果、平和だったヴァンデ王国は、善良な国王が病に蝕まれ、王族の力が弱まったのをいいことに貴族らの腐敗が進んだ。民は、力ある者から搾取され、貧困に喘ぐことになる。

 治安は乱れ、悪党が跋扈する中、邪神復活を企む邪教教団モルファーもまた、活動を活発化させていた。


「逃げろ、逃げろ! 邪神様の供物にしてやるからなぁ!」


 紫と漆黒のローブを纏う男――邪教教団の暗黒魔術師は、叫んだ。

 逃げ惑う村人たち。家々には火が放たれ、大人も子供も駆り立てる。漆黒ローブの戦士たちが凶器を手に、子供を守ろうとする大人へと斬りかかる。

 この世の地獄がそこにあった。


「我らの邪神様の復活を妨げたアレス・ヴァンデの国など、燃やし尽くしてしまえ! キシャシャー!!」


 邪教教団の暗黒魔術師は奇声を上げる。


「何が平和だ! 何が英雄王子だ! そんな死人の守ろうとしたものなど、全部叩き壊してしまえぇ!」


 家が、人が、燃える。野は燃え、森も燃え、やがて国が焼き尽くされるだろう。


「――おお、人間とは何と愚かしい生き物であろうか!」


 暗黒魔術師は芝居がかる。


「欲に目がくらみ、醜く肥え太った豚どもと、それに支配される脳味噌のないウジ虫ども。悪知恵の働く者たちは、そうしたウジ虫から、善意を装いさらに財産をむしり取る。それに気づかぬウジ虫は愚かしく貧困に喘ぐ。上も馬鹿なら下も馬鹿。揃いも揃って役に立たないクソ」


 いや――暗黒魔術師は背筋を伸ばした。


「豚やクズの肥やしになるだけ、ウジ虫も役に立っているのかもしれない。自分たちをウジ虫だと思えない愚民どもは救い難い。が、我々は慈悲深い。豚もクズもウジ虫も、すべて公平に扱う。我らの邪神復活のために、仲良く全て糧としてやる!」

「――そんなことはさせません!」


 凜とした女の声が響いた。暗黒魔術師がそちらに目を向け、部下たちに手を振る。


「おやおや、神殿騎士のお出ましか」


 現れたのは、白き甲冑をまとうユニヴェル教会の神殿騎士。銀髪をショートカットにした凜々しく、若い女騎士だ。

 邪教教団のローブを纏う戦士たちが武器を構える。


「こんな田舎にまで現れるとはご苦労なことだが……うん? 一人か?」


 逃げる村人たちを守るべく、邪教教団の者たちの前に立ち塞がったのは、ただ一人。


「仲間はいないのか? たった一人で我らに勝てるとでも思っているのか? だとすれば、舐められたものだ」

「黙りなさい! 邪神を崇拝する外道! 成敗します!」

「ふはは、勇ましいな、女騎士よ。……だが!」


 暗黒魔術師は、次の瞬間、右手を突き出した。女騎士は目を見開く。体が、動かない……!


「くっ、何をした!?」

「闇術『金縛り』。この程度の術に掛かるとは、貴様は大したことがないな」

「卑怯な……」

「戦いに卑怯も何もない」


 あからさまに侮蔑の表情を浮かべる暗黒魔術師。


「ああ、そうだ。貴様たち騎士の得意の口上だな。自分の得意分野を正しいと言い張り、それ以外は、邪道だ卑怯だと貶めて正論ぶる。汚い、さすが騎士は汚い! ……卑怯なのはどちらのほうかなぁ」


 暗黒魔術師は一歩を踏み出し、足元に転がる岩――村に立てられていた英雄王子の石像、それが倒れたものを、踏んだ。


「なっ、貴様!」

「ん? おやおや、これはこれは……」


 暗黒魔術師は、それに気づき、倒れ、壊れた石像を踏んだ。何度も、何度も。


「やめろ! それは――!」

「英雄王子の石像だろう? 我らモルファーにとっては、こうして何度でも踏んで……いや砕いてやる! こんなもの! こんなもの!」


 魔術師は魔法を叩きつける。王国の未来を憂い、守り、そして消えた英雄の像が欠片となって砕かれる。民が愛し、憧れた英雄の像は土足で踏みにじる!


「き、貴様……っ!」

「おや、泣いておるのか、女騎士よ。声が裏返ったぞ。ヒャハハハ!」


暗黒魔術師につられるように、黒ローブたちも嫌らしい笑い声を上げた。女騎士の双眸が鋭くなる。


「五十年前に死んだ英雄を後生大事にしてなんになる? ……だがそうだな。神殿騎士様が悔しがる顔が大変そそられた。……お前たち、この女、やってもいいぞ」


 クヒヒッ、と周りの黒ローブたちが、女騎士へと近づく。金縛りの術で身動きができない女騎士は、何とか動こうとするも、体が言うことを聞かない。


「英雄の像の前で、犯される気分はどんなものか、ぜひ聞きたいなぁ? 今、どんな気持ちぃ? あひゃひゃひゃ」

『――随分と騒がしいことだ』


 ふっと、男の声が降ってきた。若くもあり、しかし重々しさも感じさせる声に、暗黒魔術師も黒ローブたちも、慌てて周囲を見渡した。


「だ、誰だ? ――ふごっ」


 黒ローブの戦士の一人が顔面を潰され、吹っ飛んだ。


『――誰だと思う?』


 すっと、黒い靄が現れる。おおっ、と黒ローブたちは危険を感じてとっさに身を引いた。禍々しい負のオーラだった。

 漆黒の甲冑を纏った騎士が立っていた。呪いのオーラが全身から湧き上がり、さながら地獄からきた亡霊騎士のようでもある。兜に覆われた素顔は見えないが、ギラリと目が光っている。


「アンデッドか!?」


 暗黒魔術師は素早く下がった。


「亡霊騎士、それともリビングデッド!? いや呪いの鎧人形か……!」

『残念だが、どれも違う』

「フン、闇の眷属ならば、我が闇の魔術で操れる! 我に従え! 闇の傀儡!」

 暗黒魔術師は腕を突き出し、闇術を、漆黒の騎士にぶつける。しかし――

『無駄だ』


 漆黒の騎士の腕から黒い靄が勢いよく噴射され、それは瞬く間に暗黒魔術師と、黒ローブたちを包み込んだ。


「何だ!? 目くらましか!?」

「ウワっ!?」


 真っ黒な靄に覆われることしばし、やがて視界が晴れると、黒ローブの戦士たちは、漆黒の騎士の持つ禍々しい剣によって切り裂かれていた。暗黒魔術師は、その場に膝をつく。


「何とした、のだ……これは、呪い、かっ!」


 体中の水分が抜けるが如く、闇のオーラが立ち上る。

 明らかに『呪い』状態。それは人の体に災いを与え、身体や精神能力を悪化させ、病気にしたり、最悪『死』に至らせたりする。


「こんな、強い……呪い、とは――!」

『さて、人の縄張りに土足で踏み入れた愚か者どもよ』


 漆黒の騎士は、無感動な声を向けた。


『……そのローブの紋様、見たことがある。邪教教団モルファーだな?』

「フン、だったら、どうした!?」


 暗黒魔術師が吠えれば、漆黒の騎士は兜の奥で薄く笑った。


『我らが祖国ヴァンデの敵。我が体に呪いを刻みし悪魔を野に放った大罪人――』

「貴様は、もしや……!」

『ヴァンデ王国第一王子、アレス・ディロ・ヴァンデの前である。控えろ、下郎――!』


 その瞬間、床から闇の靄が生えて、魔術師と生き残りの黒ローブたちを再び飲み込んだ。聞こえるのは男たちの悲鳴。


『我を蝕んだ呪いの味は如何かな、大罪人どもよ』


 漆黒の騎士は兜を外した。現れたのは二十代半ば、黒髪の青年。五十年前に消えた英雄王子アレスその人だった。

 呪われし、英雄王子は、今ここに蘇った。

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