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殲滅チームの受難

 区役所の窓から見える街灯が霞んでいた。外はまた霧雨が降ってきたようだ。この地特有の現象で晴れでも日に何度か降る。鬱陶しい。

 同僚を探すためと言って足早に去った上橋が、出入口でレインコートの子供とぶつかった。案外抜けているのだろうか。

 そんな事を思いながら上橋の背中を見送った山吹愛は、野澤という良く見れば童顔気味の、だが目付きが鋭くリリースロックどころか制御システムに干渉して給電停止までやってのけた、得体の知れない男と過ごす事になった。


 山吹愛自身は気付いていないのだが、ストレス解消中の実に良いところで邪魔が入ったため、ストレス値は更に上昇していて感情プログラムに若干の乱れが起きていた。その状態で野澤を見て思ったことは――


 まるで嫌がらせの様に微妙な距離を開けて隣に座り、周りが大変な状態なのに呑気にボトル缶のコーヒーを啜りながら、何処からか持ってきた紙媒体を眺めている。まあそれはいいとしよう。避難者は余計な挙動をしないに限る。

 野澤は山吹愛の分もコーヒーを入手してくれていた。これも有り難いと感謝すべきだろう。もちろんわかっている。


 だが、ブラックだ。


 感情プログラムはそれを苦くて飲めないものと断じている。野澤は気にせず飲んでいる様だが味覚は大丈夫なのか。1ナノメートル譲って好みの問題だとしても、せめて事前に確認するくらいの気配りが出来ないのかこの男は。


――酷い言い掛かりである。


 山吹愛は、今日1日で色々有りすぎて、八つ当たりを起こしていたのだ。両手でコーヒー缶を持ったまま頬が少し膨らんでいる。


 野澤がふと視線を上げ、バッチリと目が合った。


 野澤は思った。そう言えばこいつはAI疑惑があるんだったなと。


 これまで野澤が接敵したAIは、今暴れている獣型の他に2足ロボット型、航空機型や車両型もあった。そして、自身に銃弾を撃ち込んだ人型もあった。

 それぞれに細かく種類が存在し、人型の上位種は飲食も出来る。問題児の山吹アイなどは部隊1の大食漢である淺井とタメを張るくらいに飲み食いする。いつの間にかそこを基準にしていたなと反省し、飲食の可否を確認する事にしたのだが、疑惑の目を向けていると悟られる訳にはいかない。そこで野澤が選択したのは、


「(飲食しても)大丈夫ですか?」


 どんな場面でも通じる魔法の言葉である。気持ちは込めた。あとは、疑念に向かないよう気を付けなければ。そう意識したら自然と山吹愛を注視していた。


 山吹愛の目が丸くなる。この男は真剣に自分を心配してくれているのか。

 出力こそ控えてはいたものの、自分は随分と酷い事を考えてしまっていた。なのに、この男は。


 ログを辿れば本当に酷い日だった。

 着いた早々に何もかも完備されているはずの拠点を失い、救済措置に有り難くすがったら10kmほど歩かされた。

 確かに綺麗なアパートで「住む分には快適」の言葉に嘘はなかったが、最寄りのスーパーは2kmの彼方、ホームセンターは逆方向の似たような距離だった。果たして生活する分にはどうなのか。

 新たな拠点の環境を整えた頃には日も落ちていて、映画鑑賞をしていたら知らない作戦に巻き込まれ避難を余儀なくされた。


 そう。山吹愛は疲れを学習したばかりなのだ。そこにいたわりと勘違いさせる言葉を投げ掛けられ、この上なく甘美に響いてしまった。


 感情プログラムが、ここぞとばかりに愚痴というエラー解消方法の準備をする。


「(疲れ過ぎて)心が折れそうです……」


 こちらは、未発達が故に言葉が足りなかった。


 野澤はAI疑惑の判断を強め、相手の反応を窺うために言葉を選ぶ。


「(飲めないのなら)無理しなくていいですよ」


「(愚痴を言っても)い、いいんですか?」


 山吹愛の表情に期待の色が浮かんだ。


「ええ。俺が処理するので」


 軍では飲み食いでも処理と表現する事があり、余り物は100%適用される。ここで、その習慣が出てしまった。


 山吹愛にとって処理とは情報処理である。野澤はエラーの処理を手伝ってくれる気だと、そう判断した。


 結果。


 言葉の速射砲を存分に浴びる事になった野澤は、疑惑も含めてAI嫌いを悪化させた。





 野澤がAIへの評価を拗らせきった頃、防壁を破って侵入した豹型の4体は付近の目標を破壊しつくし、次の段階へ移行していた。


 4体の共有チャンネルに、上位の獅子型機から通信が入る。


――本部より更新あり。DA部隊への出動要請信号確認。最短到着時間は3600秒前後。よって我々の撤収は2000秒後とする。抵抗は積極的排除。任意に分散し最大の成果を得よ――


「了解。04は東進する」


――03は南進する――


――02は北進する――


――01は西門付近の殲滅完了後に1400秒まで待機――


――00は変更無し。東門にて目撃者殲滅と通信統制。以上。通信終了――


「04通信終了」


――03通信終了――


――02通信終了――


――01通信終了ジジッ――


 04と自称した個体は、宣言通り東へと移動した。


 遠方や移動中の車両は肩から射出した2機のドローンを向かわせてレーザーで破壊。霧雨が強くなったらゼロ距離で運転手に浴びせる。

 近接目標はモデルとなった肉食獣の様に高速で駆け、しなやかに跳び、一瞬の交錯で粉砕していく。


 抵抗は積極的排除。


 人命を評価しないという意味である。


 ただ機械的に、義務的に、定められた目標を破壊していく。

 破片の拡散で何かが巻き込まれる可能性など評価しない。

 高速移動で何かが巻き込まれても評価しない。

 上位種ga-e00シリーズの統制と指令に従って、下位種のga-f08シリーズが広範囲に渡って連携する、5体をひとつのpackとした蹂躙特化型兵器、その特有の戦術を指してAI側には殲滅チームの愛称があり、人間側は強襲型と呼称して警戒する。紛争当初からほぼ変わらない姿なのは戦果が安定しているからだ。

 だが、そんな殲滅チームにも天敵が存在する。

 人間が扱う搭乗兵器、DAである。

 進行ルート上の破壊を得意とするga系統にとって、柔軟な対応が可能な人型は相性が悪く、人間による早い決断と流動的かつ時に曖昧な戦術はDAの性能を存分に発揮する。

 それとの接敵を回避するために通信を監視しており、撤収時間を早めに設定していた。


 04の担当方向は特に車両が多かった。00からのデータによれば、区役所から放射状に密度が下がっている。

 ならば04は区役所周辺を片付け、他は残りの2体がフォローすればいい。そう変更された。


 侵入開始から1300秒が経過し、そろそろ01が移動を開始する。そのタイミングで、04は移動の中断を余儀無くされた。


「04はDAと会敵」


 OD色のDAが現れたのだ。


――00了解。浮島のDA部隊は発進フェーズ中。04会敵のDAはイレギュラーにつき不明。03は04を補助せよ――


――03了解。補助に向かう――


――01は門を放棄。02と合流せよ――


………………。


――01の識別信号消失。02は04と――


――02会敵ザザッ!!


 04の胸部から甚大な衝撃が侵入し、一瞬で胴体から尾部まで抜けた。電源や動力伝達路などを破壊し尽くされ、崩れ落ちる。 


 力を行使したのはOD色のDAだ。突き出した左手にリボルバーが握られている。


『敵を前に内緒話かね?』


 DAから佐々木中佐の渋い声が響いた。

 外部スピーカーを使用したのは、ここはもう安全だと民間人を安心させるためだ。


 豹型AIはそれを理解する事なく、機能を停止した。





 02は処理限界を迎えそうだった。

 複数のDAが出現した場合は、敵を攪乱しつつ脱出を図るようプログラムされている。

 報告はした。

 即座に回避行動も取った。

 ga系統でも俊敏性に長けたf08シリーズなら攪乱など容易いはずだった。

 駆けながら四肢を突っ張って、右へ直角に曲がる。


『逃がさないですよ?』


 白い影がふっ、と左に現れ、左の肩部から前肢にかけて衝撃が走り、装甲だけがパックリと割れた。


 ずっとこうなのだ。

 辛うじて直撃を避けているが、この純白のDAは何をしても追随してくる。そして日本刀を模した高周波ブレードで02を切り刻み、外部スピーカーで語りかけるのだ。


――作戦変更。02は任意に撤退。03は00と合流。撤退を補助せよ――


 指令は理解した。

 撤退出来ないのだ。

 左へ曲がりかけたところに白刃が走り、左側頭部の装甲を削られて断念、右斜め前へと流れざるを得ない。そのまま進めば01が待機していた西門だ。会敵してから誘導され続けている。逃れるために最善を尽くし、あらゆる行動を取った。

 急な方向転換は最初から通じなかった。

 フェイントをかけての跳躍は


『そっちじゃないですよ』


 と真横に現れて蹴り飛ばされ、四肢を使った攻撃は


『爪とぎしていないのですね。私が切ってあげます』


 とブレードだけを落とされ、強靭な顎を使った攻撃は


『ヨダレが付くので甘噛みはメッです』


 と口を切り落とされ、ドローンでの攻撃は射線に捉えられないだけでなく


『レーザーは目に入ったら失明するのですよ。危険なオモチャはこうです』


 と、離れていたにも関わらず突如ドローンの前に現れ、切り捨てられた。


 逃亡のみとなってから600秒が過ぎている。撤退完了したのか、少し前から00の指示も途絶えた。

 実はこの時、既に00も仕留められているのだが、それを知らない02は、自身は孤立無援だと判断した。感情プログラムが入っていようものなら、ふざけるなと怒鳴っている事だろう。


 門が見えてきた。


 その側で、01が自らの首を横に置いて香箱座りになっていた。当たり前だが、そんな姿勢をとるはずがない。


 純白のDAが02を飛び越して目の前に降り立った。霧雨は降り続けているが、雲が切れたのか月光が射し込む。


 02のデータベースにこんな機体は無い。敵陸軍に良く似た機体があるのは知っている。だがあれはOD色のはずだ。


『ちょっと時間かかっちゃいました。うふふっ、あなたも結納品になって頂きます。いただきます』


 日本刀型高周波ブレードを月光にかざしつつ言った2回目のいただきますは、言葉通りの意味だったのだろう。


 02の識別信号は、ここで途絶えた。





 豹型を仕留めた山吹アイは、外部スピーカーを切ったコックピット内で御満悦だった。

 シートの両サイドに突き出した肘掛け状のコントロールスティックに腕を預け、先端にある半球を手で包み込むように掴んでいる。

 投影ディスプレイに映し出されたサムネイルを目のジェスチャーで操作して補助プログラムを起動すると、倒したばかりの強襲型AIを、先に倒しておいた個体の隣まで引っ張っていく。


「ふふふっ。強襲型が2体。これを売却したら豪庭ごうてい豪邸ごうていを浮島に建てられるくらいの金額になるのです。大悟さんへの結納品として充分でしょう」


[アイ。結納品は割り切れない数であることが常識なの。1体は諦めるしかないわ]


「そうなのですか?」


[ええ。なんならライブラリを見る?]


「覚えたので不要です。結納とかけて諦めろと解く、その心は」


[どちらも割り切れないでしょう。は、どうでも良くて、残りの3体が既に刈られているのよ。おそらくDAに]


「ここに来るなら10機歩なのです。でも出動準備に最短で40分を要するのでフリーフォール降下でも間に合わないと思います」


[フリーフォール降下なんて初めて聞きましたが。単純に落下した事実を受け入れなさい]


「重力スライダーが病み付きになりそうです」


[重力ネットですよ、アイ。空中に飛び出してからも地表近くまでリリースしないとは思いませんでした。貴女は少しおかしい]


「だって人間だもの」


[そういう所に騙されました。というかAIでしょう、貴女]


「細かい事を気にしていたら人間大きくなれないのです」


[ああ、貴女が小さいのはAIだからですか]


「話が太陽系外まで逸れています。結納品を増やせないのが問題なのです。この町は多少の脱法は許容するので倒された機体も無理なく持って来られると思います」


[多少の、とか無理なく、とか仰いましたか?]


「ちょっと強奪するだけなのです」


[ちょっと、と仰いましたか?]


 ダラダラと喋っている間に、アイの意図する作業が終わった。


「可愛く出来ました。10点満点の100点です」


[貴女の自己評価はスルーします。それで? 何ゆえ香箱座りに?]


「可愛いからですよ?」


[本気ですか?]


「手を出したら次はお前だぞというメッセージも込めてありますけどね」


[ああ。……まあ、これは怖いでしょうね。私でも躊躇します]


「ふふっ、誉められちゃった」


[それで貴女が満足するならそういう事で]


「最近のイーアちゃんは冷たいのです」


[もういいでしょう? そろそろ私もお休みしたいのですが]


「むう。でも夜更かしはお肌に良くないですよね。わかりました。【リリース】」


 イーアと呼ばれたDAが「私に肌は」と言い残しながら光の粒子に変わった。

 山吹アイは2階建ての天井くらいの空中に取り残されたのだが、そこから緩やかに下降し、ふわりと地面に舞い降りる。


「さて、と。私も帰りましょう。ふふっ、区役所ではちょっと焦りました」


 山吹アイは嬉しそうに笑い、レインコートのフードを被った。



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