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避難の陰で

 時刻は22時を回った。

 避難指示から30分が経過し、今もF地区区役所を目指す人々がいる。

 共通するのは徒歩。

 襲撃が発生して10分後、広報スピーカーから車両は使わないよう繰り返し放送された。

 敵は広範囲の移動を可能とするもの全て――具体的には多段変速機搭載自転車から上の移動手段を、淡々と潰しているそうだ。持ち主としてはたまった物ではないのだが、有人無人問わずあらゆる手段でと聞けば、誰だって命は惜しいから従うしかない。


 ただし、広報によれば襲撃は区役所から南西の防壁付近。


 防壁を円で表した場合、区役所は西の端に位置する。ここまで歪になったのは素材回収のために後から作られたのもあるが、人口増を想定していなかったのが原因だ。

 そのため区役所から10kmも離れた地域に住む者達は、避難するとしても区役所などは当てにせず、車で防壁外へ向かう選択をした。


 しかし。


 そもそも防壁は貴重な素材を横流しされないよう設置した物で、門は東西の2ヵ所しか無いし増やす予定も無い。不満があるのなら重力制御車を買いなさい、もしくは出ていけ。というのが国の方針である。だから門は、車がすれ違える程度の幅しかない。

 そんな門に今、丸ごと塞いでなお余裕のある幅の、獅子を思わせる銀色の機械が陣取っていた。

 頭の高さは、建物と比較するなら3階の窓くらいだろうか。目とおぼしき場所は、横一文字に赤く発光するスリット状。たてがみの部分が、呼吸をするように一定のリズムで閉じたり開いたりしている。

 この場所に車やバイクで来た者は、ことごとく物理的に叩き潰され左右に積み上げられていた。そのため情報が他に伝わる事はなく、今も慌てて引き返す車がいるのだが、他と同じ運命を辿るのだろう。


「な、なんだよ! 襲撃は役場の方じゃなかったのかよ!」


「ねえ、ねえってば! 車を止めてよ! 降りないとヤバイよ!」


 夢中でバックする金髪の男に、助手席の女が叫んでいた。


「ふざけんなよ! いくらしたと思ってんだ! 中古でも年収が吹っ飛ぶんだぞ!」


 広い交差点にバックで進入し、ステアリングを切って向きを返る。シフトレバーをドライブに入れて逃げるべき方向を、左の方を見た瞬間、突き上げる振動とともに、頭を横からブン殴られた様な衝撃があり、


「痛えな! 殴るこたあ――」


 怒りの目を向けると、助手席の場所には天井の端があった。

 斜めに落ちた、と言い換えた方がいいだろうか。もし車を輪切りにしたなら、空間は直角三角形になっているはずだ。


「あ……え?」


 一瞬で満ちる血の匂い。


「う、そ、だろ? お、おい。まゆ! おい!」


 呼び掛けた相手は鉄板の下だ。既に形を成していない。おそらく何も知らないまま逝ったであろう。


「うあああああ!!」


 ドアを開けようとしたが、歪んで動きが悪くなっていた。肩で押し、肘で殴り付け、ぎぎぎ、と開けていく。


 めきめきっ、と音をたてて車が揺れた。


 はたと前を見ると、ひび割れたフロントシールドの向こうに、獅子型の機械が居る。いつの間に。


 すいっと戻される前足。


 それを見て、助手席は踏み潰されたのだと理解した。赤く光る線が、自分を見ているような気がした。


 すっ、と前足が持ち上げられ、運命を悟る。


「あああああ! や、やめ、うあああああ!」


 ズシン!


 重い音。それと、振動。


 だが。


 終わりの時は、来なかった。


『そこの貴方。すぐに車を捨てて逃げなさい』


 上から女性の声が降ってきた。優しげではあるが、どことなく機械的にも聞こえる。


 その最中も今も、ギイイ、と金属の擦れる音が響いていた。


『助手席も時間もありません。勇気を出しなさい』


 それを聞いてチラリと助手席があった場所を見たあと、シートを倒してハンドルの下から足を抜き、ドアをがむしゃらに蹴って開けると、転がる様に車外に出た。ふと振り返ったのは本能的な動きだ。そして彼は目にする。


 獅子型機械と車の間に、真っ黒な人型の機械が割り込んでいた。

 人型は小銃を型取った様な鉄塊を横にして両手で持ち、獅子型の前足を受けて押し込んでいるようだ。

 頭部の高さは同じくらい。であるなら重量の差で不利なはずなのに、じりじりと押し込んでいく。


 金髪の男は立ち上がり、顔を歪めて助手席のあった場所を見た。後悔の表情で。


『おい。助けが間に合えばなどと考えるなよ。テメエの責任だ。生きて背負え』


 今度は力強い男の声が降ってきた。


「……はぃ」


 金髪の男は力無く頷いて、フラフラと走り去った。


 その後も獅子型と人型の押し合いは続いていた。

 傍目には互角に近いせめぎあいに見えるだろう。だが人型の方は左足をじわじわと斜め後ろに退いている。


 獅子型の鬣がパタンと閉じた。


 刹那、人型が僅かに機体を沈めて、弧を描くように右足を左後ろへと退いた。


 力の均衡を消失し、今まさに全力を出さんとしていた獅子型がつんのめる。そこに人型の前蹴りが叩き込まれ、獅子型の頭部が上にカチ上げられた。


 人型は蹴り足を下ろす勢いのまま踏み込み、鉄塊の太い方――後端を、ドアを強く叩く様な格好で獅子型の頭部に叩き付ける。


 首筋から外装の破片を飛び散らせて傾く獅子型。だが終わりではない。足先にブレードを生み出して、右前足を下から掬い上げた。それを人型が、鉄塊の後端で足首を正確に迎撃する。


 獅子型の抵抗はそこまでだった。


 バランスを崩した獅子型の頭部目掛けて、人型は左半身から鉄塊の先端で突きを入れ、右の踏み足と共に後端を横凪ぎに叩き込む。獅子型がよろけて後退。


 人型は先端方向に鉄塊を引きながら擦り足で寄り、引いた鉄塊の後端を真っ直ぐに打ちつけ、獅子型が弾けたところへ、左の踏み足と同時に右手を引き、左半身になりながら鉄塊の先端に全重量を乗せて、獅子型の首を刈った。


 繰り返し衝撃や負荷を加えられていた首が、外装を散らしながら落下する。


 鉄塊がふわりと光を放ち、消えた。


 頭部のあった所に右手を突っ込んで、何か射出武器でも使ったのだろうか、ドムッ、と重い炸裂音が響く。


 そして、獅子型は重力に従って崩れ落ちた。


『解析完了』


『いらん。こいつが群れの頭だよ。それより外部スピーカーを切れ。……近所迷惑だ』


『通常兵器を使わず騒音のオーケストラを奏でた貴方がそれを仰いますか。チートクラスDAの戦い方じゃありません。もっとスマートに瞬殺して下さい』


『いいから切――ブツッ――』


 静寂が訪れた。


 人型の機械、DimensionArmsディメンションアームズから時おりキュイッと駆動音が聞こえる。


 月光を浴びて光るボディは、要所こそ角ばった装甲で覆っているが上腕から前腕、脚部、胸部から腰部など、所々覗いているあらゆる部位が滑らかな曲線を描いていた。獅子型を見下ろす頭部は、両サイドに太いアンテナ状の突起が配置されている。

 全体的に均整の取れた、美しい機体だ。


 黒いDAは、獅子型の頭部を拾い上げると重力など無いかのようにふわりと浮き上がり、つむじ風を残して区役所方面に飛び去った。





 黒いDAが現れる30分ばかり前。

 山吹愛を区役所に誘導した上橋と野澤の間で、彼女の処遇について譲り合いが起きていた。2人はカウンターで手続きをする振りをしながら相談している。


「ヤですよ。なついてんだから上橋さんが残って下さい」


「報告は上位者が行うものなんだ。僕は行く義務がある」


調任ちょうにんは立場を封印する決まりです。戦闘に巻き込まれてもマルチに対応出来る俺が現場に向かうべきでしょう」


「一理あるけど建前だよね? 本音は?」


「俺あいつ嫌いです」


 野澤は視線の移動で背後を示した。


 人がごったがえすロビーの壁際、3人掛けの椅子に、山吹愛が放心した様子で座っている。


 上橋と野澤の2人は道中で彼女の名前を知ったのだ。同僚の問題児と同じ名前を。

 そして、10機歩の下士官以上は、その問題児がAIである事を知っている。


 野澤が嫌いと言ったのは、自身がAIの攻撃を受けて入院した事があるからだ。そのため同僚である山吹アイのことも信じきれていない。


「直球で来たね。有り難く打ち返すけど、高確率で機密事項だ。彼女を監視対象として保護しなければならない。これは緊急時の規則にもある。君も知っているだろう?」


「人は忘れる生き物です」


「何度でも教えるさ」


「…………俺は本音を言いました。上橋さんの本音は?」


「職務だよ」


「無いですね」


「酷いな。だけど半分は本当だよ。僕は職務として捉えている」


「もう半分は優しさ、ですか? 汚ねえ。……わかりましたよ。時間も無いし残ります」


「頼むよ。感付かれるかもしれないから、情報は引き出さなくてもいい」


「了解」


 カウンターを離れた2人は、片方が同僚を探しに行くという嘘では無いが真実でもない説明をするため、山吹愛のところへと歩いていった。


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