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着いた早々に避難

 0850時。10機歩大隊長室前廊下。

 没個性を意識した服装に、リュックやバッグ、キャリーケースを携えた者達がいた。


 平均より若干高めの身長で細めの眼鏡をかけた伊藤少尉、学生時代はアメフト部のガッチリ大きめ淺井准尉、細身の長身に爽やかイケメンの上橋曹長、細身に平均身長で眼鏡を外した初見は警戒される野澤軍曹。


 兵站中隊総員300名の中には、武装中隊を支えるため前線を共にする事の多い精鋭が20名ほどいる。現在は大隊の3分の1弱が待機か休暇で駐屯地所在であり、精鋭も8名が帰っていた。


 その8名を正副とした場合の正にあたる4名が、ここに集合している者達だ。互いに中隊を越えて知り合い以上の準友人となるくらいには、厳しい前線を共にしてきた優秀な面々であり、だからこそ各中隊長が出し渋った人材である。


「君は休暇に入ったばかりだったね。かわいそうに」


 上橋曹長に話し掛けられて、野澤軍曹は顔を上げた。知らぬ間に俯いていたらしい。


「どこかのクソ野郎のせいで、2日半で終わりました。最悪です」


「まあ命令じゃ仕方ないからね、暇な時間をお金に換えると考えよう。調達任務は何度目?」


「日帰りが3度。日を跨ぐのは初ですね」


 それを聞いて、上橋曹長は野澤軍曹の肩をポンと叩いて、上位者2名に目を向ける。


「掌握。――伊藤少尉、淺井准尉。御話し中失礼します」


「ん? なんだい?」


 伊藤少尉が人の良さそうな笑顔を向けた。


「あと7分で時間です。本部中隊員がまだ来ていません」


「うん、僕も気になっていた。これは確認した方がいいかもしれないね」


「あ、俺聞いて来ます」


 即座に反応したのは淺井准尉だった。上位2番目ながら新兵の様に踵を返したのを、上橋曹長が腕を掴んで辛うじて止める。


「淺井准尉、そういうのは我々に命じて下さい。それに今回は不要です。最後の1人、たぶん中佐ですよ」


 その時、ガチャリと大きな音をたててドアノブが回された。


 全員、瞬時に整列。不動の姿勢となる。


 ドアが開いて、ピンストライプのスーツ姿が現れた。


「御苦労、諸君。入りたまえ。ブリーフィングだ」


 重々しく廊下に響き渡ったのは、佐々木中佐の渋い声だった。





 F地区にはMC棟を併設した区役所の他に、東部出張事務所がある。増えた住民に対応するため新設されたのだが、AからF大半の住民が訳ありで流れ着いた者達だ。利用する者は少ない。朝夕の浮島からの定期便に対応するくらいで、あとは開店休業状態だ。


 そして今日は定期便にトラブルが発生したようで運休となってしまい、職員達はいつになく暇をもて余していた。


 そこに、女性が転入届を出しに来た。サマーニットに緩めのデニム。ふんわりした雰囲気のこの女性は、山吹愛だった。


 なぜか嬉々として対応する女性職員に圧倒されながら、ディスプレイの記入欄に書き込んで手を離す。これで筆跡と指紋照合も行われる仕組みだ。

 ディスプレイを反転させて職員が確認。


「あら、ふりがなが未記入ですね。こちらで記入しますね。やまぶきあい、で良かったですか?」


「あああ、申し訳ありません。はい、それで結構です」


 山吹愛は心拍数の上昇を感じながら頭を下げた。書類の見落しなど自分にしては珍しい。感情プログラムの作用だろうか。

 1度ミスが発覚した事で他は大丈夫なのかと気になりだした。これも今までにない感覚だった。


 感情に翻弄されている――大丈夫なのでしょうか、これは。


 ついにはプログラムその物を疑い始め、


「山吹さん?」


「はひっ」


 職員に呼ばれて変な声まで出る始末。人とはこうも感情に振り回されるものなのか。


「うふふ、緊張しますよね。わかります」


 そんな風に優しく言われ、なるほど、これが緊張というエラーなのですねと少し安心する。


「すみません、不慣れなもので」


「いえいえ、お人形さんの様に綺麗な方なので私も緊張してましたから、普通の人で安心しました。それでですね――」


 人形=アンドロイド。そう連想して1人緊張が走る。

 キサラギ長官は見破られないと言ってくれたが、彼もアンドロイドだ。基本学習プログラムが同じならそこに客観性は無いのでは。ただの自画自賛でしかなかったのではないか。しかし職員はエラーを起こした自分の事を普通の人とも言った。それが普通なら人類は全体で膨大なエラーを許容しつつ社会を維持している事になる。人間の普通が理解出来ない。その人間に普通と言われた自分は果たして正常なのだろうか。

 そこまで考えて、山吹愛は無限ループが発生していると判断した。

 感情プログラムはあらゆる機能を人間並みに制限しているため、情報処理にも影響を及ぼしている。拠点に行けば外部ユニットがあるはずだ。ログをエクスポートして整理した方がいい。ひとまず保留にして落ち着こう。


 知識に従って深呼吸をした。


 ああ、こんな事で気持ちが楽になるのね。感情って不思議。


 山吹愛は気を取り直して職員の言葉に耳を傾ける。


「――転入先の住所ですけど、区画整理で来週には取り壊されるため、立ち入り禁止になっています。事情が事情なので救済措置として区営のアパートを紹介できますが、どうされますか? 防壁近くになっちゃいますけど、築1年未満ですし住む分には快適ですよ」


「はい?」


 頭が真っ白になるという現象を学習した。





 その夜、山吹愛は予定外の拠点変更で更にストレスを感じていた。

 幸いにも外部ユニットは運送会社預りとなっていて、明日の昼過ぎには配達してもらえるとの事だった。すぐにログ整理を出来ないのは痛いが、代替手段はある。


 バッグからコースター程のフィルムを2枚取り出して、1枚を買ったばかりのローテーブルに、もう1枚を壁の電源エリアに貼り、テーブルをタップしてディスプレイを立ち上げた。

 壁にもたれて片膝を立て、視線だけで画面を操作する。新たにディスプレイが立ち上がり、大昔にヒットしたという恋愛映画の再生が始まった。

 日常では、こうした娯楽でストレス解消をするよう指示されているが、まさかこんなに早く頼る事になるとは。


 山吹愛は、ぼんやりと画面を見つめているうちに、なんとなく膝を抱えて顎を乗せ、


「今日は……疲れたなぁ」


 ぽつりと呟いた。


 自分が疲労を感じるなど、考えた事がなかった。心も疲れるなんて知識になかった。


「こんなに大変だったとは」


 ぼんやりと映画を眺める。

 主人公らしき男性が死んだ。と思ったら幽霊になった。

 友人の裏切りを知って愛する彼女を守るため、偽占い師の女性を巻き込んで奮闘する主人公。


 いつしか。山吹愛は女の子座りになって身を乗り出し、画面に釘付けとなっていた。


 物語は進み、占い師がドアの隙間から硬貨を滑り込ませた。


 ここまで食い入るように見てきたから分かる。あれを動かして、幽霊となった自分がそこに居る事を証明するのだろう。


ドンドンドン


 硬貨が、ドアを滑って昇る。


ピンポンピンポン

ドンドンドン


「お隣さーーん、聞こえますかーー避難して下さーーい」


 避難?


 山吹愛は素早くフィルムのセットを剥がして立ち上がり、周囲の音を拾いながら玄関に向かう。

 扉のモニターに映るのは若い男だった。おそらく25前後。服装は普通。つまり一般人だ。短めでボサボサの頭、印象の柔らかい眼鏡をかけているが、奥に見える目は鋭く、大きな声を出力する口からは牙が覗いている。いや、人間なら八重歯か。

 山吹愛は対応を決めた。


「静かにして下さい! 警察を呼びますよ!?」


 大声でピシャリと宣言したが、男は怯まなかった。


「それどころじゃありません! 今すぐ避難して下さい! 近くに強襲型AIがいます!」


「は?」


 人間が殲滅チームの機体を強襲型と総称するのはデータとして知っている。例のバースト通信への対処だろうか。それならば、自分にも情報の共有があるはずだ。


 怪しすぎる。怪しすぎるのだが、確かに遠くで大型機体が活動しているような音がする。届く波形の強度から500mだろう。山吹愛は考えた。


 この距離なら影響は無いのではないか。何より今はいい所なのだ。


「大丈夫ですから! 放っておいて下さい!」


 ドアに向かって叫んだ所へ、見るからに爽やかな男性がやってきた。旧式の懐中電灯を持っている。


「野澤君、許可が出た」


「了解」


 野澤と呼ばれた男が何かを浮かび上がらせ、右手で操作しながら左手に持ったフィルム端末をモニターの死角に当てたようだ。位置はおそらくキー認証エリア。


(まさか! リリースロック!?)


 自身の内部ライブラリによれば、リリースロックとは電子ロックの認証システムに侵入して解錠する技術となっている。どんな複雑なシステムでもアクセスから1分もあれば解錠されるが、技術そのものが高難度であり使える者はごく僅かのはずだ。それが、ドアの向こうに居る。ただ者ではない。


 即座にリビングに戻り、壁のセキュリティコントロール画面を立ち上げた。

 侵入には侵入を。

 そのつもりで画面に触れた。


「……ここで足を引っ張られるとは。感情プログラムを削除したい気分ね」


 何も分からず困惑する山吹愛の目の前で、全てのロックが解錠され、直後に停電した。これでは再度ロックもパスの変更も出来ない。手際のいい事だ。


「失礼します!」


 真っ暗の中、玄関から声がしてパタパタと足音が迫ってくる。今の山吹愛はナイトビジョンも起動ず、身動きが取れなかった。


ズズン!


 アパートが振動した。

 音源が近付いている。


 リビングが懐中電灯に照らされ、すぐに男が入ってきた。


「ここにおられましたか。自分は上橋と言います。今朝からですが2つ隣の住人です。今すぐ避難を」


 落ち着いた、爽やかな声。

 反射光で見るマスクはなかなかのイケメンだ。


 信用してもいいかもしれない。


 山吹愛は、なんの根拠もなく判断した。

 小さく頷くとパーソナルスペースを無視して上橋に近付き、無言で腰のベルトを掴んだ。上橋がビクッと拒絶の様な反応をしたのが認識できたが、今は緊急事態。シカトした。


 そのまま誘導され、靴を穿いて玄関から出る。野澤が待っていた。


「何なつかれてんですか」


「不安なんだろう。仕方ないよ。さあ、行こう」


「俺が入ってたら悲鳴と投擲のセットですよ。鏡を見て言って下さい」


 先導する野澤のボヤキを耳にした山吹愛は、その意味するところに気付きながらも、上橋のベルトを掴んだままだった。

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