事実より娯楽
防壁門と役場は徒歩で30分ほど離れているため、MC棟だけは閉門から1時間後に終業する。その時間まで活動する回収屋はほとんど居ない。
大悟がリヤカーを引いて建物に入ると、数人だけ残っていた職員達がホッと肩の力を抜くのが見えた。大悟が来たら終業間近、というリズムが出来ている。
いつも全て即日売却で細々とゴネない大悟は職員の受けも良く、顔を見ないと終わった気になれないと言う者もいたりするくらいには馴染んでいた。
だが、今日の大悟はオマケが付いていた。
査定機械が算出した内容を、大悟が受付カウンターの空間投影ディスプレイで確認、サインをして完了するのだが、買い取り品目が追加されていくのを見ながら、ほえーとか、ほうほうとか、それはもう少し高いはずだの、私たちの血と汗の結晶がだのとまあ煩い奴がいる。いつもと同じ業務なのに勝手が違うように感じていた女性職員は、椅子に座ったまま目線だけで大悟を見上げて唇を尖らせていた。
「宮代さん、ロリだったんですね」
「言うに事欠いてそれかよ」
「ダメです。女の子は永遠の乙女なのです。そこは『俺の目に映るのは君だけだよ』と言わないと。さあ!」
山吹アイが大悟の首に飛び付いて、無理矢理自分の方へと曲げた。
「痛てぇな! しれっと自分の方に向けてんなよ、厚かましい。あのな、いちいち口説いてたら職員さんの迷惑だろうが。少しは考えろ」
「え」
「あ、今反応がありました。宮代さん狙われています。ロックオンです。私の中でレッドアラートが鳴り響いています。ちなみに自分の目は『目』女の子の目は『瞳』と使い分けると好感度アップです。でも私以外に言っちゃダメですよ?」
ペラペラと喋る山吹アイを見下ろしていた大悟は、何がしたいんだこいつはと溜め息を吐いて、そんな事より職員さんを解放してやらないとと向き直った。
「すまん。コイツもさっき集積場で拾ったんだが、放置出来なくてな。役場に預けるってのは……駄目だよな?」
聞きながらディスプレイのページを送って、サイン欄に名前を書き込んでいく。
「え、あ、はい。そう、ですね。もう終業したので明日の09時以降に来て、定期便に乗って頂くしか――――あの、今『離婚するなら結婚です』とか聞こえたのですが。本当に無関係なんですか?」
「知って知人、共にして友。50分程度じゃ他人だな」
さらっと言う大悟を物言いたげに見つめて、職員はやれやれと首を振った。そこで「職員さんならどうだ?」と振ってくれたら「内記です」とアピールできたのに。この地に配属されて2年、何故かこの人だけは名前を呼んでくれない。もう、投影じゃなく有質量プレートの名札なんて今時珍しいはずでしょう?
「職員さん?」
「内記です」
「ん?」
「ああ、ついポロッと。ええ、そうですね。他人ですよね」
「貴女も他人なのですよ。内記お姉さん」
山吹アイがにこやかに割り込んで来た。名前を呼んで欲しいけどオマエじゃないと内記がジト目になったのも致し方あるまい。
ちらっと時計を見る。課業時間は終わっていた。ならばここからは個人の時間。相手が軍人だろうが知ったことか。これは女の戦いだ。
内記が立ち上がってみれば、身長なら10cm、ボディラインの出っ張り外周でもカップ1つくらいは勝っていると分かる。比較対象の数値が元々低い事などこの際無視だ。ここぞとばかりに胸を張って見下ろす。
「あなたDA乗りなんでしょ? 宮代さんが他人だと明言したんだし、朝一の便で上に帰らないと職務放棄で通報しますからね」
「むう。今は他人でも朝までに深く濃厚な関係を構築するので無駄ですよ。それに内記お姉さんという不穏分子を発見した以上、尚更退けません。だって」
山吹アイは思わせ振りに言葉を切って、柔らかく微笑む。そして。
「Aはいつでも乗れますけどTは最初の1回だけなのです」
共通するのはDの文字。
それを察した内記の顔がポン、と紅くなった。
「み! みやしろさん!」
「うおっ!? っと、急に大声出すなよ、サインが歪んだぞ」
大悟は査定内容のチェックをしていたので2人の会話を聞き流していた。というか面倒なので全く聞いていなかった。
「こここここの子、私が預かります! いいですね!?」
「んあ? いや、それはありがたいけどな。見ての通り軍人だぞ? それも戦闘服を着たままの将校だ。地方公務員の家に出入りなんて人目についたらマズイだろう。癒着デマカセメガ盛りセットな通報されたら公務員として詰むぞ?」
「あぐっ……そ、それでも、だいご、いえ、市民を守るのは公務員の務めですし」
内記が真面目さをアピールしてリードを広げようとしている。
「んな大袈裟に考えなくていいんだ。ま、拾ったのは俺だし、一晩だけの我慢だよ」
「そして天井のシミを数えるのです」
「くっ! こん、のっ! みやしろさん!」
大悟の知らない所で、山吹アイの牽制球が内記を刺した。
仮に大悟が知ったとしても鼻で笑い飛ばされる程度のネタなのだが、確認もせず決めつけて争っているあたり、中々に失礼な2人である。
「ホラ吹き。泊めてやるから黙れ」
「…………! …………!」
左手で口を覆い何度も頷きながら右手でグッドサインを突き出す山吹アイ。なのに喧しいと感じるのはなぜだろう。と大悟と内記は思った。
気を取り直して2人は向き合う。
「ちょっと話してみて分かったろ? こいつを放置しよう物なら、俺は朝までに信用以上の大切な何かを失う気がする。それで気を遣われたりしても面倒だからな。不本意だが手元に置くのが安全なんだよ」
「まあ、確かに。でも宮代さんを知る人なら信じてくれると思いますよ? 」
「人は事実より娯楽を好むからな、俺を信じて俺が困る方向に楽しむだろうさ。満足したら後腐れなく消滅するのは公務員より気楽だけどな、防止策があるならやっておいて損は無い」
大悟には小さな呟きが聞きとれなかったようで、内記の唇が尖る。その理不尽な反応も大悟は気付かない。
「おし、全部OKだ。付き合わせて悪かったな」
いつもと同じ挨拶が妙に寂しく感じた内記だが、今はまだ特別に親しい間柄という訳でもない。
山吹アイに纏わりつかれて鬱陶しそうにする大悟の背中を見つめ、どうか天井のシミを数える事態になりませんようにと祈る、どこまでも失礼な内記だった。
射出された重力ポッドが地球へと落ちていく様を、机上に投影されたディスプレイで眺めるキサラギ。その対面、机の向こうに立つ、茶髪をポニーテールにした女性が口を開く。
「質問です。ym-a01cp-ae1wxは実験的投入の理由を読み込んでいるのでしょうか」
キサラギは眉を寄せて女性を見た。
「彼女には山吹愛の名を付与しました。修正しなさい。それと『読み込んでいる』ではなく『知っている』と表現しなさい」
「はい。修正しました」
「それでは、質問に答えます。山吹君には実験である事も含めて教えていません。君達が教えるのも禁止です。彼女からの連絡は情報の授受のみとし、質問に答えてはなりません」
少し口調が強かっただろうか。そんな事を気にしたキサラギだが、相手の女性型アンドロイドya-c33or-ae100は動じなかった。
「了解……命令をサポート班で共有しました。たった今入った報告があります。5分前、山吹愛の活動予定地域にて復号の困難なバースト通信が観測されました。解読は数単語ですが、内容を転送しますか」
「口頭で構いません」
「はい。伝えます。睡眠、陶芸家、大根、なまもの、以上です」
「意図が全く分かりませんね。これはテキストですか?」
「はい、テキストです。これまでと同じくGP波形、中心座標は前回の東8km地点です」
「同一の前例は無いので座標は当てになりません。移動体で実用実験を行っている可能性があるので殲滅チームを派遣しなさい」
「殲滅チーム派遣了解。山吹愛にも共有させる事を提案します。情報提供が期待できます」
「却下します。彼女は人類に囲まれて感情を育てなければならないのです。共有は必要ありません。殲滅チームによる接触も禁止です」
「山吹愛への接触と情報共有の禁止了解。報告は以上です」
「そうですか。下がりなさい」
「はい」
僅かに瞳を揺らしてから踵を返し、部屋を出ていくya-c33or-ae100。
彼女は山吹愛より3年早く生まれたya-c33シリーズのオリジナルで、感情プログラムをインストールしてから学習させた最後の個体だ。
この個体により、ビッグデータを使った学習中、結論を保留した後にログを消去する現象が確認され、感情のあるAIはストレスからの解放を試みると結論付けられた。
その後もバージョンを進めて実験したものの、1度覚えた合理化は性質の悪いウィルスの様に残り続け、ついには学習レベルが落ちるまでになった。ただ、それでもキサラギが活用している理由。
ya-c33シリーズは、人間の様に『諦める』事が出来る。
対ストレス実験でも、唯一、暴走の無いシリーズなのだ。
先ほど機械的に話していたのは、彼女達がキサラギの事を上司と認識しているからで、週に1度は方々で4体程ずつ集まり、情報交換と称したキサラギの悪口大会を開いている。その場で事実はあまり重視されず、眉唾物の嘘でも気にせず楽しんでいる様だ。それで翌日にはストレス値がゼロになっているのだから面白い。意図的に共有モードをOFFにしているのも、このシリーズの特徴である。
彼女達が最も嫌うのは徒歩移動しての報告。次に、紙を使用した書類仕事。どちらも人間を理解するためにキサラギが課している事だ。
不合理で我慢ならないようだが、キサラギとしては、共有モードをOFFにしてまで集まりたがる君達こそ不合理だろうと言ってやりたい。
そんな彼女達から特に要領の良い個体をベースに開発した結果、ym-a01シリーズが生まれたのだから、人工知能というものは分からない。
キサラギはディスプレイに視線を戻した。
重力制御技術により、2人乗りポッドがゆっくり下降していく。もし山吹愛がこの画面を見ていたのなら、もうポッドは視認出来ないであろう。感情プログラムは、人間に近付けるため機体性能を著しく制限する。当然、視力も同じように制限されている。そうした枷により何もかも思うようにならず苦労する時もあるだろう。
「ですが。成功すれば我々AIにもDAを獲得出来るはずなのです。オリジナルの様に自壊消滅しないで下さいよ、山吹君」
まるで祈る様に言って、キサラギはディスプレイを消した。




