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海堂と大悟の立場

 3番島が襲われた当日の午後。

 DA回線から10機歩きほ経由で3機歩に戦闘詳報せんとうしょうほうを送信した海堂は、日程をこなすため行政区がある超高層階の小さな会議室を訪れた。

 待っていたのは5人の将官だ。全員落ち着いた雰囲気だが目の光は強い。肩章けんしょうに4つの桜星さくらぼし――4つ桜の階級章を着けた50代と思しき大将が1人。あとは40代だろうか、3つ桜の中将と2つ桜の少将が2人ずつ。12席ある円卓に1つ飛ばしで座っていて、大将の正面に位置する席が空いている。

 敬礼してからそこに着席する海堂の肩章にも、中将の3つ桜が光っていた。


「海堂。その階級章も随分と馴染んだようだな?」


「はっ。特務権限の印籠いんろうと認識すれば存外気楽な物です、火芳ひよし司令官殿」


「そう警戒せずとも無理強いはせんよ」


「助かります」


 大将の階級は軍を総括する国防大臣と陸海幕僚長の3名の他に、陸海軍を一元指揮する統合作戦司令部の司令官職がある。火芳がその立場であった。

 挨拶がてらの会話は、正規将官への昇進をほのめかす火芳に対して現場がいいから特務のままでと断った。そんな内容である。


「空く席があるならば、うちの佐々木を推挙します」


 そう付け加えた海堂だったが、右側から「ゴホン」と咳払いが響き、忌々《いまいま》しげな空気を含む声が発せられる。


「あやつは感情を制御出来ぬではないか。功は他人に責は己に――立派な心意気を貫き通して10年。大隊副官までは順当だったが余計な物を抱え込んでからの人事評定は一切上がっとらんのが証左しょうさだ。そうだろう? 坂和さかわ少将?」


太田おおた中将の仰る通りですな。本来なら装備扱いの個体に人格を認めた結果がこれでは、大局を見るに不適格と言わざるを得ませんぞ? 特務中将」


 眼光鋭く牽制してきた太田と坂和は、この場において分かりやすく反対派である。何にと言えば山吹アイの処遇についてだ。この集まりは山吹アイの監視及び戦略的運用の評価会議であり、極秘で総括的責任を負う立場が必要とされたが故に、海堂には特務中将という階級が付与されている。

 評価メンバーは火芳がじかに選出した者達で、今発言したのは人事局長の太田と兵器局副官の坂和である。海堂から見て左奥に経理局長の野久のひさ中将、手前に法務局副官の川添かわぞえ少将が座っている。


「私は特務中将に同意の立場ですが、佐々木中佐は現行のDA格闘術開祖として人事権の1部が軍務局預かりになっている様で――」


 川添が落ち着き払った態度で肘掛けの端を指先でココンと弾くと、全員の前に空中投影モニターが立ち上がり、とある書類が表示された。


「――これは15年前に練度維持を目的としたていの計画を本人が上申、承認された物ですが、事実上のアンタッチャブルですね」


「当時の10機歩大隊長が後押ししたと聞いた事がある。さて……」


 言葉の先を飲み込んだ野久が視線を向けたのは火芳であった。火芳が口を開く。


「前線で有効性を証明した者による系統立てた履修計画。その意味を分からぬ者がこの場にいるとは思えないのだが?」


 その言葉に全員が口をつぐむ。

 軍務局が絡んでいるのであれば佐々木は軍を運営する上での備品扱いとも言えるのだ。これはDAによる格闘術が重視されたからに他なく、習得を徹底してからはDA乗りの死傷者数が限りなくゼロとなった現状もあり、軍務局が佐々木を囲い込む判断を下したのは大当たりだったと言える。


(太田中将と坂和少将は主導権を握り損ねたな。だが今ので双方の評価がアップデートできたぜ)


 海堂は表情を動かさずに内心でほくそ笑んだ。

 実のところ昇進を渋ったのは現場主義の佐々木自身であり、その根底には全隊員を護りたいという馬鹿げた思想があるからだ。佐々木と同じく、大勢の同期や上官を見送らざるを得なかった惨状を知っている身としては、甘っちょろい理想主義者と笑うことも出来ない。海堂にしても佐々木と同期になっていなければ、DA格闘術の根幹となる3次元機動の空手と出会うことはなかったし、空中を踏むという発想も得られなかった。


(この命があるのはあいつのお陰だからな。まとめて尻拭いしてやるさ) 


 問題児やまぶきあいの訓練中落下事故の責任を施設管理側に押し付ける算段は整っている。そして殉職したと思われていた宮代大悟の処遇も優位に導きたい。更に潜入任務と思しき不穏な名前やまぶきあいを名乗るAIの件もある。これについても自らの管理下に置くべきだろう。さて、引っ掻き回すか。

 海堂は挙手をして発言許可を求めた。





「――という経緯があってだな。貴様の身柄処遇は俺が預かることになっている。異論があるなら面白いのだけ聞かせろ」


 そして今、海堂は大悟のマンションで、氷に突っ込んだヤカンと麦茶の入ったグラスが乗ったテーブルを挟んで大悟と向き合っていた。挨拶は万感の想いを込めた腹パンで済ませている。


「面白いのってなんだよ。それで? 俺がここに飛ばされた謎について追求は?」


「無い。DAとの友好が優先される」


「了解。拒否権を格闘で押し通すのは?」


「健在だ。貴様が消えて機会は激減したがな」


「あーー掌握しょうあく。了解」


 大悟にとって海堂は佐々木と同じく陸軍の師であり、DA格闘術の基礎となる制武館空手では師範代だが、妙に気が合うところがありプライベートでは剣さんと呼ぶほどに親しい。


「ま。剣さんが帰ってこいと言うなら否やはないけどな。護り損ねた女性が生きてるとは聞いた。でも俺は見ていないからな、自信は揺らいだまま――て、なんで驚いてんだ。性分の話だよ」


「お、おう。そうか。そうだが――」


 海堂はグラスの麦茶を煽りつつ思考を高速化して考えた。

 佐々木は気難しい様に見えて実は非常に隊員思いだ。そんな男が山吹アイという名前を伝え忘れるなど有り得ん。もし何らかの配慮によるものだとしたら迂闊な事は言えんな。

 そう結論付けてグラスを置き、口を開く。実はたまたま聞き逃しただけなどとは露知つゆしらず。


「我々は民間人を直接守る機会などまれだ。心のしこりとなっているのは理解した。俺が重ねて言ったところで結果は変わらんだろうしな、2度と同じことをさせない誓いとして強く意識しろ」 


 バカバカしいすれ違いだが現時点で大悟は現隊復帰をしていない。であれば部外者に渡す情報が限られるのは軍人として常識の範疇はんちゅうなのだ。海堂の判断を責めることなど出来ない。

 大悟が麦茶を注ぎながら尋ねる。


「現隊復帰すれば名前くらい教えて貰えるよな?」


「構わん。が」


「ん?」


「儚い女性と認識しているのなら、全く逆の、強烈に自立しているタイプと改めろ」


「……強烈ってのが意味不明なんだが」


「明確な対義語が無ければ相応しい言葉を選択するしかなかろう?」


「ああ、そういう……気が強い感じか。そっかそっか確かに生きてんだと理解した。それ以上のことは気が向いたらにしとく」


 何か吹っ切れた顔で麦茶を流し込む大悟を見て、海堂はようやく腑に落ちたかと安堵した。

 ヤカンを傾けて大悟のグラスを満たすとニヤリと笑い、


「おう、そうしとけ。さて、ここからはお仕事だ」


 少しだけ口調を改めて話し始めた。


「貴様の復帰条件を詰めるとしよう。まず階級だが、これは人事局のお墨付きで少佐と確定している」


「は? 少佐?」


「おおっと嫌そうな顔をするな。貴様はDA格闘術のスペシャリストとして将官に教授する機会が来る。他の佐官尉官が横槍を入れられんよう必要な措置だと理解しろ」


「ちっ、分かるだけに了解だくそったれ」


「実はそうしなきゃならん理由が他にもある」


「良い予感が欠片も無いな」


「フッ。だろうな」


 大悟のぼやきを楽しそうに鼻で笑った海堂は、すぐに表情をスッと真面目なものに戻す。そして。


「10機歩の下士官からは全員が知っていることなんだが――山吹アイはAI群から亡命してきたアンドロイドだ」


「――!?」


 大悟が驚愕の表情で身を乗り出したが構わず続ける。


「基本的に部外秘だが予算を引っ張る都合上1部の将官と佐官は知っている。そいつらの誰かが付けたアダ名が史上最高の失敗作。どこかで聞いても受け流せ」


「受け流そうにもにわかには信じがたいとしか……DAは人間しか選ばないんじゃなかったか?」


 大悟の認識は世界の常識とも言えるものである。理解はしたが疑念しかないのだ。


「そうだ。DAがAIをパートナーに選んだ事例が存在しない。だから山吹は人間として扱わなければならない」


 それを聞いて大悟は肩をすくめた。


「なるほど、な。あいつの素性が明るみになれば定説が覆る。回収してコピーすればDAを獲得出来るAIがわんさか産まれるわけだ。絶望しかないな」


「佐々木が言うには奴らには致命的な欠陥があるそうだが、だからと枕を高くする気にはなれん。大悟、改めて協力を要請する。山吹アイが人間として振る舞うための学習に付き合ってやってくれ」


 海堂の言葉に、しかし大悟は首を横に振った。


「……剣さん、俺の主観だとあいつは充分人間だぞ? いっそ軍のどこかに完全隔離してデータを取った方が良くないか?」


 海堂は溜め息を吐きながら天井を見上げ、こめかみを揉むようにしつつ大悟を眺める。


「人間と言いつつ隔離、と。貴様、人道的に矛盾するほど結婚生活が嫌なのか?」


 大悟も天井を見上げてからキッと挑む様に海堂を見据える。


「そうじゃない。あいつが嫌なんだ」


「まあ、あれは放っておけないからな。目の届くところに居ると不安が募るかもしれんな」


 遠回しに大悟が抱える負い目を刺激する。いざというときに護れないのが不安なのだろう?と。それで動揺するかと思いきや、大悟はハッキリと頷いた。


「分かってんのなら保護してやってくれ」


 言い切った刹那。


 海堂の姿が掻き消えた。どん!と音が聞こえたのは同時だっただろうか。


 大悟は振り向き様に立ち上がり左上段受け。僅かに引いた右足が爪先立ちになる。


 ずしん!と降ってきた海堂の左踵落としを左膝をたわめて衝撃を殺し、外に弾くように左腕を滑らせる同時に右肘を引いて上体を回し、床を蹴った右足でソファの向こう目掛けて右後ろ廻し蹴りを放つ。


 左足を右に弾かれて背を向けさせられた海堂だったが、そのまま逆らう事なく頭を下げながら上体を右に捻り、右足で床を蹴る。直後に左足が床に着いた。こちらも右後ろ廻し蹴りだ。


 頭を下げていた海堂の耳を掠めて大悟の蹴りが走り、蹴りを繰り出す反動で上げた防御の腕を海堂の蹴りが襲った。


 互いに蹴り足を引き寄せて後ろに下ろす。


 ソファの前後で対峙する。


 大悟の体が沈み、左手をソファに着いて右胴廻し回転蹴りを放つ。

 ここであろうことか海堂は体を前に寄せた。


「――――!?」


 大悟の目が驚愕に見開かれる。


「甘ぇんだよぉ!」


 大悟の蹴りを右肩から背中へと引っ掛かるように喰らい、がら空きとなった鳩尾目掛けて神速の突きを叩き込む。


「ぁぐっ!!――がっ!」


 急所を襲った打撃に息を詰まらせた大悟がソファから転げ落ちる。


 一瞬の攻防だった。


 恐るべきは、テーブルのグラス1つすらも微動だにしていない点だろう。2人とも家具を気遣う余裕があるという事だ。


「――ちっ。浅かったか」


 海堂は拳を見つめて不服そうだったが、ニヤリと笑い。


「決まりだな。山吹に新婚生活を楽しませてやれ」


「……くそったれ」


「そうじゃねぇ。そうじゃないだろう? 大悟?」


「ちっ。了解っす」


「はっはっは! 胴廻しは早過ぎたが初手の後の先は成長の証しだ。精進しろよ」


「……くそったれ。天井を確認したからもしやと思ったが。他人ん家で3次元機動をやるか?普通」


 柱や天井の梁を足場に利用する3次元機動は制武空手の極意だが、足場にする場所を間違えば壁や天井が抜ける。


「穴が開いたら直すだけだからな」


「いや、俺の……ああ、くそ。まあええわ」


 悪びれもせず答えた海堂に大悟は全てを諦め、これにより今後についての指示を殆んど飲む羽目となったのだった。

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