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本人が居ないところでバレる

 MC棟にドローンを引き渡したのは17時に近かった。そのため、安否確認もMC棟の端末でと頼み、承認されたのだが。


「つかぬことをお伺いしますが。避難が遅れた点について事件性は無い、という事で間違いないですか?」


 職員の内記が、疑惑の色を隠しもせずに聞いてきた。


「無いの中の無い、です。俺らがついてたんすよ?」


 淺井が答えた。身分証は野澤と共に提示済みだ。しかし、内記は不満そうにしている。


「むむぅ。んーーーだけどなーーー。あ、少々お待ち頂きますね」


 ちらっと山吹愛を見て、細いフレームのメガネを掛ける。網膜投影グラスだ。視線が数回動いてピタリと止まり、見開かれる。


「ええええええ! なんで宮代さんと結婚してんのよ!」


 突然の叫び。


 普段なら仕事上がりの回収屋でごったがえしている時間。少々の大声は雑音としてスルーされるのだが、今日は週末で避難勧告が出ていた。活動する回収屋は居ない。そのため静かな棟内によく響き、他の職員達が反応していた。


「宮代? 誰だ?」


「くそ真面目な朴念仁の事だよ。別名、終日の大悟」


「ああ、いつも最後に来てる奴か。やっと結婚したのかよ、あいつ。あ、でも相手は内記ちゃんじゃないのか。許せんな」


「ですよね。内記ちゃんが可哀想じゃないですか。終日の、なんて格好いいのは駄目です。今日からチャイムの大悟と呼びましょう」


「ピンポンダッシュじゃねぇんだから。でもいいなそれ。よし、それでいこう」


 こんな会話が聞こえ、大悟と面識があり事情も知る野澤は、内心で同情していた。

 おそらく内記という職員は、傍目に分かるくらいに想いを寄せていたのだろう。他の職員も温かく見守っていたようだ。

 安否確認で内記が引っ掛かったのは、内記自身が山吹アイと面識があったからではないか。野澤が佐々木を呼びに行って目撃した山吹アイは、大悟にべったりだったのだ。一緒にここに来ていた可能性はある。

 内記はどちらかの偽名を疑ってデータを比較したのだろう。そして、山吹アイの婚姻を知った。突然の失恋に叫んでしまった内記をどうして責められようか。

 内記の見た目は可愛い。周囲の反応を見る限り想いに気付かなかった大悟が悪い。個人情報を暴露されようと『可愛い』は世の正義だ。

 そんな事をつらつらと考えていたら、右手を握られた。犯人はわかっている。

 隣を見ると、山吹愛が見上げていた。


「……なんですか」


「駄目ですよ?」


 それだけ言って頬笑み、内記へと視線を戻した。

 なんなんだこいつは。野澤は前の2人を見た。涙を溢す内記をあたふたと宥めつつ淺井が野澤を見た。あいつ絡みです、慰めてあげて下さいとアイコンタクト。淺井が頷いて内記に声を掛ける。


「職員さん、落ち着いて。俺すか? 俺なんかしたっすか?」

 

「えぐっ、違いますっ、私の、えぐっ、私が、踏み出してれば、ひっく」


「あ、察しました。――――職員さん、落ち着いて聞いて欲しいです」


 淺井がカウンターに手を着いて、身を乗り出して言った。真剣な声である。内記は網膜投影グラスを外して、涙を拭いながら応じる。


「ひくっ、……はい、聞きます、ひっく」


「踏み出して玉砕してたら今頃は2重に苦しんでたと思います。踏み出さなくて正解だったじゃないすか」


 正論ではある。だが酷い。


 案の定、内記はきょとんとしている。


「……あれ? 私? 正解? なんで?」


「こういうときは考えちゃ駄目っす。今は後ろ向きでもいいっす。あるがままに粛々と業務をこなしましょう。気付いたら前を向けているはずです」


 すっ、とディスプレイを指す。


 安否確認のチェックシートが記入し終えた状態だ。


 内記がぼんやりしたままサインをして確認ボタンのクリック。


「……は、い。ご協力、ありがとう、ございました……」


 手続き終了を確認した淺井は大きく頷いてカウンターから離れ、野澤と山吹愛が後に続く。内記はぼんやりしたままだ。


 無言のままMC棟を出て少し歩いたところで、淺井が口を開く。


「あそこで急かされるとは思わなかったなあ。野澤君は鬼だよ」


「はい? 俺は淺井さんが慰めるのだと思って同意したのですが」


「え。マジすか」


 淺井が目を丸くして立ち止まった。野澤達も止まる。どうやら意思の疎通に失敗していたらしい。


「そんなんだからモテないんですよ」


「あ、そういうの諦めたから。訓練と運で生き残ってるだけだし、俺は見合いしか無理だよ」


 笑って歩き出す淺井の背を、今度は野澤が目を剥いて見ていた。院卒で軍隊に入った変り者の上官は、自身の生を達観しているようで、野澤の目には、やけに頼もしく見えていた。





 数日後。


 山吹愛にとって日常生活は単調なはずだった。

 潜入と言っても一般人として過ごす中で様々な人間と接触するだけであり、その過程で得られた経験を整理してライブラリに蓄積し、同様の日別ファイルとして共有ディレクトリに保存するだけである。

 滞在費用は月に2回、専用口座に振り込まれ、出費の報告は不要とされている。これは宇宙ステーションに居たときと条件を同じにするためだ。

 必要だが簡単に手に入らない物資は、定期定時連絡の際に手配を頼む事が出来る。簡単に入手出来るものは着任して1週間もあれば揃えられた。


 なのに。


 軍の監視下に置くと宣言され、定期定時連絡は軍の指示通りにこなし、水曜の早朝から連行されたカフェで。


「おお。姉ちゃん、もう何も教えなくてもいいな」


 トールと名乗った初老の男からウェイトレスの心得やら所作やら教え込まれ、このあと休憩を挟み、テーブル席の伊藤と淺井、カウンター席の上橋、この3人を相手に実技チェックがあるのだが。


「ありがとうございま、す?」


 どうして自分はここに居るのかと首を傾げてしまう。


 山吹愛は考える。


 監視のためだとは理解していますが、なぜ逃亡機会の多い外で働かせるのでしょうか? 制服がパステルピンクの若干メイド服寄りのデザインながらスカートの丈は膝上10cmという羞恥責めなど人道に反する拷問でしょう。感情プログラムが合成血液を過剰に循環させていて顔が熱いのですが?


 つい、カウンターの中を見る。野澤がテキパキと何かの準備をしていた。ふと目が合う。


「何ですか?」


「この制服は野澤さんが選んだのですよね?」


「いや、俺が飼ってるプログラム――と言うと分かりにくいか。AIのdollがポチったヤツです」


「AI? ちょっと、その子と話をさせて下さい。絶対私への嫌がらせです」


「まさか。dollに感情なんてないですよ?」


「この際、感情の有無は関係ないのです。話をさせて頂けないのなら、どうしてAIなどというポンコツに注文を任せたのか問い詰める事になりますよ!?」


 テーブル席の伊藤と淺井、カウンター席の上橋が一斉に山吹愛を見た。佐々木は別件の用があってこの場には居ない。


「おまゆう」


 ぼそっ、と呟いたのは淺井だ。


 山吹愛が、淺井をキッと睨む。


「私とそこらのク、プログラムを一緒にしないで下さい! 最新の感情プログラムをインストールした特別機だと言いましたよね!?」


「いまクズと言いかけました?」


 上橋が突っ込む。


「違います。クオリティの低い、です。あ、野澤さんのdollは含みませんよ?」


 絶対嘘だな。全員が思った。


「そうですか、それは勘違いをしました。謝罪します」


「いえ、誤解が解けてなによりです」


 上橋が頭を下げ、山吹愛も頷いた事で、約1名だけ険悪な雰囲気になりかけたのは回避した。はずだった。


 野澤が冷ややかな視線で口を開く。


「感情はバグだと思いますけどね」


「え? ――野澤さん?」


 振り向いた山吹愛が目にしたのは、眼鏡を中指で押し上げたまま睨み付ける野澤だった。


「これは俺の主観ですが、決定は常にyesかnoのデジタルです。そして、ある1つの問題に対して、複数の異なる条件でそれぞれ損得を判断し、一斉にyesかnoで回答したものが感情だと捉えています。多数決のみで冷静に最終判断を下すのがAI、感情に邪魔されてどちらにも転がるのが人間。感情は、バグ。俺はそう考えています。つまり」


 すっ、と山吹愛を指差して。


「わざわざバグを突っ込んでAIの利点を消し去ったお前にdollをクズ呼ばわりする資格は無いんだよ。黙ってフワフワコスで客寄せしとけ」


 冷淡な声で告げた。


 山吹愛の頬がひきつり、震えた声で言葉を紡ぐ。


「これが、ツンデレ。尊い……」


「アホか! 俺がいつデレたんだよ! どんだけポジティブなんだテメエ!!」


 野澤が調理台を叩き、声を荒げた。


 意味不明な任務に先日明かされた山吹愛への生贄、ただでさえストレスとなっていた所にdollを、ひいては野澤のプログラムの腕を卑下した発言。罵声を浴びせれば謎のツンデレ認定。野澤は我慢の限界に達していた。


 そこへ。


カランカラン


「みなさん久しぶりです! 帰る気無いけど、ただいまなのです!」


 元気いっぱいの山吹アイが入ってきた。

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