ドローン回収
2機のドローンを回収してアパートの敷地に戻った野澤は、生け捕りにしたドローンをメリーに押さえ付けさせてDAを降りると、外部センサーを拳銃で撃ち抜いて配線を引っ張り出し、自作端末のdollを繋いだ。
「それは何をしているのですか?」
優しげな声に顔を上げると、山吹愛が立っていた。
尋問中のはずなのに、どうしてここに居るのだろう。堂々としていると言う事は逃げた訳ではなさそう――と思ったら裸足じゃないか。
アパートから複数の足音が聞こえて振り向くと、伊藤、淺井、上橋の3人が走って角から現れ、
「野澤君! ……ああ、山吹さん、ここに居たんだね」
状況を視認して歩きに変わった伊藤が、近付きながら声をかけてきた。淺井は持ってきた工具箱を下ろすと絶縁体手袋を嵌めてドローンに取り付き、上橋がそれとなく山吹愛の背後で敷地の出入口を監視する。
野澤は伊藤に言う。
「逃げられたんですか? 伊藤さん」
と、後ろから山吹愛が右腕を掴んだ。
「あ、待って野澤さん、誤解なの!」
するりと腕に絡み付いて完全に抱えられた。油断も隙もないとはこの事か。何故柔らかい感触を押し付ける。
離せと言うつもりで振り向いた野澤は、満面の笑みを浮かべた山吹愛を見て瞬時に理解した。
この笑顔は、あいつの笑顔だ。何かを聞かされる前に牽制した方がいい。
「何を企んでいるんですか」
「ひどっ! 野澤さん酷いですよ!」
頬がぷくっと膨れる。これも、あれが見せる表情だ。甘やかせば付けあがる。
「ええ、俺は酷いですよ。なので離れて静かにして下さい。今は任務中です」
野澤は無表情に見下ろして、ぴしゃりと拒絶した。どうゴネようが譲る気は無い。その意思を込めて。ところが。
山吹愛は異を唱えたりせず、気持ち悪いくらい素直に、パッと離れて3mくらい距離を開けた。
それが、なんだか怪しい。
気配を捉えたまま、野澤は側に来た伊藤に向き直る。
伊藤は普段通りだ。この上官は良くも悪くもドライで、表情は良く動くのだが実はアンドロイドではと疑いたくなるくらい心が籠められていない。何か企んでいるとしたら、この上官かもしれない。だが。
振り向く。山吹愛の笑顔が怪しい。
振り向く。伊藤の笑顔がもっと怪しい。
「窓から身を乗り出して落ちたんだ。本人に確認してごらんよ」
そう言われて、もう1度振り向いた。距離は2m。さっきより近い。何がしたいんだ、こいつは。
「落ちたんですか?」
「いいえ。地球の重力さんに捕まっただけです。伊藤さんの言葉は認識の違いによる物ですね」
「落ちたんじゃねえか。認識が違うのはお前だけだ」
野澤が素で突っ込みを入れた。
それが、いけなかった。
山吹愛の中で野澤という男は、誰よりも優しくしてくれた人間である。処理に困っていたエラーの出力処理(愚痴)を推奨してくれたくれただけでなく、山吹愛の全てを肯定する入力をしてくれた(野澤は適当に相槌を打った)のだ。
今、山吹愛は野澤の事を、私に好意を持っているに違いありません。私の補助が必要でしたが、照れながらも抱き締めてくれたし。などと考えていた。
加えて、つい先ほど伊藤と淺井が言ったのだ。野澤は自分でもAIを育てているくらいにAIを理解しているから山吹さんにお似合いだろう、そこはかとなく好意もあるようだ、いっそ付き合ってしまえば良いのではないか、と。
入力された音を最初に処理するのは感情プログラムである。これは危険回避で脊髄反射と似た行動を起こさせるためだ。2人の言葉が入力された際に、それが働いた。
続く言葉も聞かず窓から飛び出したのである。そう認識した時には地面に寝そべっていた。だが、そこは万が一の戦闘もこなせる高性能アンドロイド。頑丈に出来ている。すぐに身を起こして走り出し、今に至る。
山吹愛が1歩進んだ。野澤はdollの処理待ちで動けないのだが、それが山吹愛の中で誤処理を増やす事になった。やはりこの人は自分に好意があるのだと。
野澤は警戒して身構えているのだが処理が間違っているのだから当然お構い無しだ。もう1歩進む。
「ふふ、『お前』ですか?野澤さん、私には敬語丁寧語を使わないんですね。心と物理の距離が無くなって嬉しいです」
「違う。じゃねえ。……違います。ちょっと分解してやろうかってくらいに嫌いな奴を思い出していただけです」
「私を見たらホッとして気が緩んだのですね。そこまで想って頂けて嬉しいですよ?」
この台詞を野澤の耳は「思う」ではなく「想う」と言われた様に感じていた。それを突っ込んでは駄目だとも。
丁度その時dollから電子音が聞こえ、野澤はこれ幸いと山吹愛から視線を外してディスプレイを見た。
クラックが終わり全データのダウンロードが始まっていた。
素早く操作して機体制御プログラムをコピー、逆コンパイル、パスをコメントアウトしてコンパイル。実行ファイルを上書きし淺井とアイコンタクト。淺井が離れたのを確認すると、メリーに向かってハンドサインを送る。
青いDAはカメラアイを数回点滅させてからフックワイヤーを弛めて回収した。これくらいの行動は他のDAでも出来る事になっている。淺井がドローンの外装を一部剥がして中に手を突っ込む。
データのダウンロードはすぐに終わった。『異常無し』の表示を確認してケーブルを外し、dollをハードケースに仕舞う。
「伊藤さん。このドローンはどうしますか?」
「目新しいデータは?」
「ヒットしてません」
野澤は何も検出されなかったと首を振り、
「淺井君?」
「こっちも無いっすね」
ドローンの検分をしていた淺井も首を振った。
「じゃあ武装を潰して無償でMC棟に引き渡そう。管理も面倒だし」
これは破壊したAI群の処遇は軍に委ねられているが故の発言だ。尉官以上にはその権限が与えられており、佐々木が居ない現状の指揮官は伊藤である。そして、伊藤は補給業務以外に興味を向けられない男だ。
「中佐に聞かなくてもいいんですか?」
「あの人は合理的だよ。過剰な荷物は切り捨てるさ」
ふと投げられた野澤の質問に、落ち着いた声で返した伊藤。それを聞いて野澤は納得した。
破壊したAI群は貴重な資源でもあり、軍では可能な限りの回収が望ましいとされている。そのため、輸送中隊は帰りの方が荷物が多かったりする。
ところが佐々木という上官は、機動力の低下を嫌って価値の高い部分のみを回収させる。現在の人数にこのドローンなら、迷うことなく棄てるだろう。それでなくとも余分な荷物を抱えているのだ。伊藤の判断は妥当とも言えた。
「発振器だけでいいっすか?」
淺井が長さ30cmくらいの円筒を掲げて見せた。
「うん。無力化が完璧ならそれでいいよ」
淺井は「了解」と返事をしてもう1機に取り掛かる。10機歩の輸送中隊は現地で解体する機会が多く、なかでも淺井はトップクラスの早さと正確さを誇る。すぐに目的の物を外して工具箱の上に置いた。
「じゃあ、淺井君と野澤君はMC棟への配達と手続きを。ああ、それと野澤君」
「はい」
「ついでに山吹さんを連れていって、安否確認も宜しく」
「はぁ「はい!!」
野澤の疑問符は、山吹愛の感嘆符に打ち消された。