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戦闘区域と非戦闘区域

[杏樹にバレましたね]


「まあ時間の問題だったしな。他もすぐだろ」


 大悟はロボット型を迎撃するため、同一高度を飛んでいた。地上で山吹アイが疾走と跳躍を繰り返し、その少し上を佐々木が飛んでいる。


 出来ることなら無関係でいたかった大悟だが、自宅に野澤と名乗る男が訪ねて来た時、その目を見ただけで事態を察し、迷う事無く「俺も出る」と佐々木に言った。


 そもそも無視出来る性分ならF地区襲撃事件でも出張ったりしていない。あれで自らバラした様なものだ。


 というのも、あの時は山吹アイの機体が目立っていたのだが黒いDAの目撃情報も意外に多く、AI群から鉄塊と呼称される切っ掛けとなった、銃剣術を模した戦い方もかなり正確に知られていた。佐々木が大悟の生存を確信して再会に漕ぎつけられたのは、このためである。


[10年ですか。短い隠遁生活でした]


「隠していた訳じゃない。触れて欲しくなかっただけだ」


[それ本気で言ってます?]


「何が言いたい」


[能動的ボッチの人にどうやって触れろと]


「いやいやいや、人付き合いはしてきたぞ」


[最低限の、と付けましょうね。ハルカからのデータ投影します]


 呆れた様な口調で話を切り換えたマリアが、小窓の画面を2つ増やした。


 送られてきたのは戦闘状況をハルカが纏めたもので、片方は10機歩、もう一方は地上駐屯地の部隊。復号コードを持たない大悟には有り難い。


 3中隊は1中隊の応援が間に合わないと判断。1中隊には浮島の防衛に向かうよう要請し、上空の飛行型に対して臨時編入の端を投入。これを撃墜して無線の連携が可能となったものの、端もロボット型の急襲を受けて片腕の機能に障害発生、現在帰投中。


 ここで野村がロボット型と交戦開始。


 地上駐屯地からは野戦特科と機甲科と観測科が出動していた。全て重力制御を有した車両型だが、間接射撃の野戦特科は弾着予定地の後方80kmの地上に6門が布陣、重力戦車は対強襲型に2両、対ロボット型として上空に4両を布陣。観測は中間の高度で前に出て、下がりながら逐次情報を送信している。


 佐々木からの指示を受けた野村は、地上軍と連携してAI群の数を減らす事に専念。ロボット型2体を相手に奮闘し2体共撃破、戦線突破した4体を追尾。3中隊の他の2機は強襲型が広がらないよう左右から挟撃する。


 3中隊が4体の豹型を弾着予定地に誘導し、野戦特科が砲撃。弾着5秒前から重力戦車が砲撃を開始、強襲型の「耳」が榴弾の音を聞けないよう滑空弾の連射で邪魔をした。それのより強襲型の大破1、小破2を確認。


 上空では重力戦車4両が野村の射撃と連携してロボット型を1体墜とし、反撃により2両が失われた。

 また、陣地変換中の野戦特科の所に未確認だった獅子型が現れ、この襲撃により3門が犠牲となった。


 地上軍だけの戦果を見ると、損失が戦車2、火砲3の計5に対し、AI群の破壊はロボット1体に豹型2の計3体だが、地上軍は対人対軍の兵装である。車両型AIが相手ならともかく、戦闘の想定すら無い強襲型とロボット型相手にこの戦果は大健闘と言っていい。


 残るは指揮個体を含む強襲型4、ロボット型は3。

 こちらの戦力は佐々木と山吹アイ、そして大悟。それぞれが乗るDA3機のみである。


――宮代君。――


――はい! ふふっ。――


――山吹少尉、君ではない。元少尉の宮代君。聞こえているかね? ――


 D回線の共有チャンネルに佐々木からの音声通信が入った。これは今回限りの一時的なチャンネルだ。


「聞こえている。感明かんめい5」


――同じく感明5。君を民間協力者として扱う。どう呼べばいいかね?――


「大悟でいい」


――承知した。――


――中佐さん。私の事は宮代と。――


――山吹少尉はこのまま前進、豹型を仕留めたまえ。1体たりとも通してはならん。――


――ぶう。わかりましたぁあ!――


――私は判明した指揮個体を始末する。大悟君、野村大尉から機体の速度が落ちていると報告が入った。カートリッジはまだ残っているかね?――


「使ってなかったからな。10年前のまま……いや、先日使って消耗1、残数5だ」


――補給に手配しよう。準備機動をしてくるといい。――


「準備?」


 つい、疑問になった。

 電探は前方のAI群以外に反応はないのだ。


――念のためだ。もちろん手は打ってあるがね。以上だ。――


「んだよ。相変わらずだな。軍事にゼロと言う可能性はない、だったか。そう言えばいいだろが」


 佐々木の言葉は、追撃がある事を想定したものと思われた。


 有り得る。だが戦力が足りない。専門外の地上部隊ではAI群に対応しきれないと分かっている。これ以上損耗させる訳にはいかない。


[あの人が手を打ったと言ったのです。だったら信じましょう]


 大悟の思考をマリアが遮った。今、向き合うべきは目の前なのだ。


「……だな」


[前方にロボット型AI、3。動力制限解放。これより10分間は全力機動が出来ます]


 大悟は答えず両ステイックを前に倒してベダルを強く踏み込む。


[相対距離20km。準備を]


「了解」


 右のハンドガードを指でなぞり、タップする。


 手に現れたのは、着剣した小銃を模しただけの、純粋な鉄の塊である。銃剣術で使われるのが木銃もくじゅうなら。


[また鉄銃てつじゅうですか]


「あいつら発砲炎だけで避けるからな」


[速度あっての戦法ですからね]


「感謝してるさ」


 視界に点が現れ、3つに広がり銃撃の火線が掠める中、細かい機動を繰り返していた大悟が逆さとなって宙に踏ん張り、鉄銃を真っ直ぐに突き出した。


 どん、と衝撃。


 豪速で擦れ違ったロボット型が、重力に引かれて高度を落として行く。そのロボットは頭部を消失していた。


 大悟の機体が反転しながら上下を正常に戻す。手にする鉄銃の中ほどに、ロボット型の頭部が刺さっていた。ふわりと光を放って消える。

 すぐに前傾姿勢となり、宙を蹴るようにして残りの2体を追う。


 2体のロボット型は左右に別れて反転していた。


 左の1体が遠方からライフルで連射。右のもう1体がライフルを撃ちながら近付いてくる。数発が肩と足を掠めた。


[痛いので重力シールドを2枚展開します]


「20%の低下か」


[嫌なら避けるか戦い方を変えて下さい]


 チュン! とシールドを掠めた音がコックピットに響く。


[以前なら避けてました。やはり年]


「ブランクと言おうな」


 ステイックを前に横にと倒し、ペダルを踏み、前後にずらし、戻す。

 機体が身を捻り、右にスライド、一気に加速。螺旋を描いてロボット型に急接近する。


 ガキンッとライフルと鉄銃がぶつかり、空洞の多いライフルがひしゃげてロボット型の胸元に押し込まれる。

 DAがじわじわと高度を上げ、ロボット型を上から押さえていく。


 キュン!


 弾丸が右数m横を通過した。


 ふいにDAが体を沈める。まるで重力制御を間違えたかの様に、真下へ、素早く。

 膝がたわんでいる。

 負荷を失ったロボット型の腕がグイと突き出された。


 そこからが、一瞬であった。


 DAは右の踏み足で前に踏み込み、右手を突き出し左手を引く。

 がしゃん、と鉄銃の銃床が頭部カメラに叩き込まれた。

 右足を引いて逆動作。

 今度は銃身にあたる部分が叩きつけられる。

 左足から摺り足の動作で距離を詰めると同時に、銃剣を模した先端を、ロボットの胸元に突き込んで、引く。

 左手を鉄銃から離してリボルバーのハンドガンを呼び出すと、開けた穴に押し込んでドンドンドン、と3発。


 ロボット型が両腕でDAにしがみつこうとするが、DAはするりと抜けて右手でロボットの頭部を掴む。鉄銃は既に消えていた。


 ドムッと鈍い炸裂音。


 ロボットの後頭部から何かが突き出て、消えた。


 機能を停止したロボット型が落下する。


 その向こうでは。


 3発の弾丸で頭部を吹き飛ばされたロボット型が、やはり落下していた。





 一方、F地区では。


 山吹愛は不満を抱えていた。


 到着した日に知らない作戦に巻き込まれ、初回の定期定時連絡で詳細や展望を聞いても答えて貰えず、不安と不満を抱えたまま2回目を迎え、潜入期間を教えられていないと苦言を申し立てたら少なくとも10年と返された。

 決してバレるなと命じるなら長過ぎだ、容姿の変わらないアンドロイドにそれは不可能だと言ったら数百年前は17歳で加齢が止まる人間が居たから大丈夫とデータが送られてきた。いやこれはネタだろう、そもそも自分の設定年齢は23だと食い下がったのだが一方的に通信を切られた。

 それが2日前の事である。


 そして今日。世間は週末。


 山吹愛は不満を解消すべく、気分の上がりそうなワンピースに着替えてリビングのクッションに座り、今日はどうしようかと考えていた。


 人間は週末に何処かへ出掛けて日常から遠ざかる風習がある。だがここF地区にそんな場所はない。区役所の周囲にはスーパーもホームセンターも商店街もあるが、あれは日常だ。


 人の行動を学ぶのに、何か非日常は無いものか。そんな事を考えた昼下がり。チャイムが鳴りインターフォンで応じたら、4人の男がモニターに映った。野澤と上橋、それと、目から上が画面から見切れたやけにガッチリした男と、細い黒縁眼鏡のあまりにも優しそうで油断したくない感じの男。


『在宅です』


『よし。やろう』


『了解』


 画面の向こうで野澤と上橋がそんな会話をし、解錠と電気遮断とリビングへの侵入が流れる様に行われた。こんな非日常は求めていない。


「あの? また避難ですか?」


 だったら口頭で伝えてくれれば。そう続けようとしたのだが、上橋は古いタイプの手錠を出すと、かざすようにして山吹愛に見せた。


「山吹愛さん。貴女には不正入国と公文書偽造の疑いがあります。手を出して下さい」


 パチッと幻聴が聞こえた。


 不正入国? 良く調べたわね。だからここに居るの。

 公文書偽造? その通りね。だからここに居るの。


 どうしよう。一切否定出来ない。


 逃亡が演算領域をよぎったが、今は感情プログラムによって身体機能を制限されている。果たして逃げられるだろうか。そう思考して男達を観察する。


 大柄な男は膝を軽く曲げて両手を心持ち前に出している。その視線は下半身を見ている様でなんか嫌だ。

 黒縁眼鏡の男はいつの間にか窓側に立っていて、あろうことか窓を開けてシャッター式の雨戸を降ろし始めた。

 野澤がセキュリティコントロールに何かしたと思ったら部屋の灯りが点いた。

 上橋は、ただ微笑んでいる。まるで山吹愛の動揺を和らげようとするみたいに。それが、怖かった。実は1番油断してはいけない相手ではないのかと思考するくらいに。


 だめ。逃げられない。下手に逆らわず長官の指令を待とう。


 山吹愛は人工心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、両手を出した。上橋が手錠を嵌めた瞬間、パチッと火花が散る。


「痛っ!」


 思わず悲鳴を上げた。

 それに構わず、野澤が山吹愛の手をビニール袋で覆う。


「伊藤少尉」


 上橋が窓際の男を見た。


「うん? 僕はほら、担当が違うから。上橋君がやってくれればいいよ。命令と受け取って貰って構わない」


 山吹愛の目が見開かれた。

 上橋は伊藤少尉と言った。ならば彼らは軍人だ。まさかバレたのか。大して接点など無かったのに。


「准尉…………准尉っ、淺井准尉!」


「うおっ、……っぶねえ。タックルかましそうになったじゃないっすか。たのんますよ、曹長。いや、上橋さん」


 山吹愛は戦慄した。女性体として製造され女性の感情をインストールしているのだ。当然、女性の自覚がある。

 何故タックルなのかわからないが常識的にも性的にもそれは勘弁して欲しい。この男は驚くと飛び付く習性でもあるのだろうか。


 すがる様な思いで上橋を見つめたら首を左右に振られた。ダメか。ダメなのか。どうしてタックルされなければならないのか。


 上橋が口を開く。


「状況が変わったので手短に聞きます。山吹愛さん、貴女はAIですね?」


 やはりバレていた。

 どこで。なぜ。

 考える余裕は無かった。


「認めます。なのでお願い。タックルだけは……」


 何故タックル?


 淺井以外の3人が首を傾げた。


 淺井は体を軽く揺すっている。


 ああ、コレか。


 3人は同時に気が付き、伊藤が淺井にスリッパを投げつけた。


 だが、これがいけなかった。


 スリッパが頭に当たった瞬間、淺井が消えた。


 そう勘違いさせる程に低空で素早く踏み込んだ淺井は、山吹愛の両足を刈っていた。


「ひぁっ?」


 小さな悲鳴を漏らした直後、山吹愛は尻を床に打ち付け、そのまま後ろに倒れた。

頭が上手いことクッションに収まったのは淺井の気遣いだったりするのだが、そもそもタックルなど誰も指示していないのだからやるなという話だ。


 どすん、と床が揺れ、立ったままの男達がハッとして目を逸らした。

 山吹愛のスカートが派手に捲れ上がり、へそから下が丸見えとなっていたのだ。


 倒されながらも男達の異変に気付いた山吹愛は、クッションから身を起こして自分の惨状を目にした。


 同じく身を起こした淺井が「あ」とだけ言って、今度は他の男達と同じく目を逸らす。


 山吹愛は。


 顔が熱くなった。


 どうして自分だけがこんな目に。


 ストレスの限界だった。


 つうっ、と頬に流れた物を指で拭い、それが涙だと気付いた。


 ふえっ、と声が漏れる。


 そして。


「う゛え゛えええ~~ん、のじゃわさぁああんん……」


「ぇえ!? 俺!?」


 山吹愛は、幼子の様に。


 ビニール袋で覆われた手を、野澤へと伸ばしていた。


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