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「なぜ君が居るのかね」
リビングのソファーで寛ぐ大悟に浴びせられた、佐々木の言葉である。
「俺の家だからだ」
「彼女は自宅だと案内したのだが」
「中佐さん邪魔です。美味しい紅茶を淹れるのでとっとと座って下さい。ほら上橋曹長さんも。あ、大悟さんの隣はダメですよ? 座ったら愛人認定して敵対します」
山吹アイが佐々木をグイグイと押してソファーに誘導し、上橋を手招きする。
上橋は素直に従った。相手をしたら負けだ。こんな態だが上官でもある。佐々木の隣を選んだのは常識的な判断だ、愛人認定を気にした訳ではない。もちろんそのレッテルも真っ平ゴメンだが。
大悟は山吹アイがキッチンへと小走りに向かうのを見ながら溜め息を吐く。
「法律上は配偶者だからな」
その言葉に、佐々木と上橋は何が起きたのか正確に理解し、視線を交錯させた。
あれはやるだろう。しかも高性能AIだ。クセごと筆跡を真似るくらい造作もない。
改めて大悟を見た2人の目には、僅かだが同情の色が滲んでいた。
「祝って欲しいかね?」
「見舞金なら貰う」
「予算から出そう」
「反対出来ません」
沈黙が訪れた。
キッチンから、歌いながらカチャカチャと準備する様子が聞こえる。
大悟は、佐々木と上橋が来た理由を察していた。間違いなく山吹アイの保護か確保が目的であり、出来るものならお持ち帰り頂きたい所だが、法的に無理なのは分かっている。邪魔をするつもりはないし事情を察して貰えたのなら、と事実を伝える事にした。
「……襲撃事件の当日。あのドサクサに紛れて婚姻届けを出しやがったらしい」
やはり。2人は心の中で頷く。
佐々木も、せめてもの慰めにと原因を伝える事にした。
「……その前日、山吹少尉が浮島の端を踏み抜いて地上に落下した。直ぐに捜索の準備をしたのだが、DAごとで命の心配が無かった分、確実を優先したのが裏目に出たようだ」
それを聞いて大悟の片眉が上がった。
「まあアイツだしな。危険は友達、一緒にお散歩。とかやりそうではある。だがDAは落ちても勝手に浮くだろ。墜落する方が難しいぞ?」
DAは例外無く重力制御による飛翔が可能である。通常モードなら自由落下するのだが、40m以上の落差は着地の衝撃を吸収しきれないため、直前に飛翔モードとなって滞空するのだ。つまり落ちようが無い。確認されている限り、墜落はDA自身が機能しなくなった場合のみである。
その常識が、佐々木の言葉で覆される。
「彼女は飛べないのだよ。滞空も出来ない。跳ねての滑空と、数回の方向転換が精々だ。故に、DA徽章を授与されていない」
言われてみれば、と大悟は思い出した。
最初、山吹アイをDA乗りと断定しなかったのは、DA徽章――機甲歩兵操縦士徽章が無かったからだ。だから左側を歩かれても気に止めなかった。完全否定までしなかったのは、武装中隊以外はDA徽章を付けなくても良いとする慣習があるためだ。
「そんなんで作戦に出していいのかよ」
高度な電子戦術を封じられた人類は水際で迎え撃つ戦術に頼らざるを得ず、対応策として観測職種がある。その能力を最大限生かすには、やはり飛べる方が望ましい。
徽章の意味を知る者ならば抱いて当然の疑問に、佐々木は答える。
「戦力としては申し分ない。空を除けば現時点で最強と言っても構わない程にな。使わない理由は無いと思うがね」
答えながら佐々木は別の事を考えていた。
最強でありながら飛べない山吹アイを指して「史上最高の失敗作」と侮蔑する阿呆が上に居ることを、どこかのタイミングで大悟に伝える必要がある。
大悟の生存が明るみになれば獲得に動く能無しが現れるだろう。山吹アイが側に居ると知ろうものなら、要らぬ事を口走ると想像するに難くないのだ。
見たところ大悟は山吹アイを懐に入れてしまっている。侮蔑してきた阿呆をうっかり殴ってしまう前に教えておくべきだ。阿呆共に付け入る隙を与えないためにも。
佐々木は尚も考える。
婚姻の経緯は大いに問題だが、かつて救った女性だからこそ、大悟は保護欲を刺激されたのだろう。ならば、この2人が落ち着くまでは軍にも伏せた方がいい。
ここに、誤算があった。
佐々木は大悟がバーで1部聞き逃している事を知らない。
佐々木の言葉を聞き逃した大悟は、山吹アイがかつて救おうとした女性である事を知らない。
厄介な事に、後方で指揮していた佐々木も、現地で山吹アイを保護した大悟も、山吹アイの姿が当時と大きく違う事を知らない。
そして、山吹アイについて、10機歩下士官以上しか知らない事実がある。
山吹アイは3年前に10機歩大隊を訪れ「道場破りなのです!」と宣言して、いきなりDAを装備した。法的措置を取ろうにもまず倒さなければならず、鬱憤を晴らすつもりで佐々木が対応したところ互角の戦いを見せたのだ。すぐに佐々木は確保から獲得に舵を切り、ある願いを聞き入れる形で説得に成功、入隊となったのだが、本人が自分はアンドロイド――AIだと明かした。
DAは搭乗者を自ら選ぶ。
AIを選んだ前例は、無い。
常識であり、人類が優位でいられた理由でもある。それが、覆った。
本来なら上に報告すべき事象である。だが、対応した佐々木の「あれは人間になろうとしている。AIとして扱うべきではない」との主張と、山吹アイの願いにより、部隊長である海堂は完全秘匿を決めた。
部外秘であれば、当然どこにも伝わらない。故に、押し掛け伴侶がAIである事を、大悟は知らない。
つまり、大悟は佐々木が思う程には山吹アイの事を知らない。そして、一緒にいるのは保護欲などではなく、諦めただけである。ただ若干ではあるが、他人に無関心だった内心に変化が起きていたのは間違いない。
「お待たせしました! 新米奥さん初めての、おもてなしなのです! ふふっ、緊張しますね」
山吹アイがトレイを持って現れ、男達の重苦しい雰囲気を一撃で吹き飛ばした。
意外にも女性らしい優雅さでソーサーとカップを並べ、ティーポットを傾けて紅茶を入れて行く。
それを見ながら、上橋は背中に汗をかいていた。磁器の触れあう音が一切しなかったのだ。こんな場面で無駄に性能を発揮しなくてもいいだろう。いつもはもっと雑なのに。
案の定、大悟が言及する。
「音がしねえ。トールさんの特技も凄いけど、お前も大概だな」
やはり気付く者は気付く。これはフォローすべきなのか。上橋は少しばかり頭を悩ませたのだが。
「ふふっ、静かに乗せて入れるのは奥さんの大切なお仕事なのです」
「紅茶の話だよな?」
「紅茶の話ですよ?」
山吹アイは答えながら佐々木、上橋、大悟、大悟の隣、とカップを置いていく。
「あとはお好みでどうぞです」
ステイックシュガーとフレッシュのポーションをザラッと乗せた小さなトレイを中央に置いて、大悟の隣にちょこん、と座る。
「近い」
「にひ」
大悟が邪険にし、山吹アイがいたずらっ子の様に笑う。
上橋はボソッと。
「中佐殿。自分は何を見ているのでしょう」
佐々木は落ち着いて紅茶を手にする。
「野生の縮図ではないかね? 草食より小さい肉食はそれなりに存在する。……そう連想するくらいには、良い関係と言えるだろう」
佐々木は、人間とAIの、という意味で良い関係と言った。
それを理解した上橋は2人を見ながら、いつか来る未来がそこにある様な、そんな気がしていた。
浮島と呼ばれる高度1000mの場所は全部で20島あり、日本全国に点在する。
それぞれ中規模の市が丸ごと入る面積を持ち、各地方の集中行政機関となっている。
浮島を覆う最高300mのドームは重力制御の副産物で、効果範囲そのものであると同時に光の回折制御も行っている。そのため、下から見あげる浮島は月と同じ程度にしか見えず、上から見下ろすと地表の模様に紛れて見えない。同じ高度の上下30mという非常に狭い範囲でのみ、確実に視認出来るよう設定されている。
浮島の地表から見て地下3階に該当する側面には出入ゲートが複数あり、浮島のナンバーが大きくペイントされている。
装甲重力車を階級そっちのけで自らマニュアル運転する、軍においては暴挙ともいうべき行為を日常的に行っている海堂大佐は、今も一般重力車の列に混じって、単独運行でゲートに向かっていた。
浮島のナンバーは「3」
ここの機歩大隊は、かつて忠告を無視して他所の優秀なDA乗りを犠牲にしただけでなく、忠告した当人に責任を押し付けようと画策した、海堂大佐にとって因縁のある組織である。今日は行政からの呼び出しだから駐屯地に顔を出さなくてもいいのだが、そこにあると考えるだけで心中は波風が立つ。なにせ八丈島事件のゴタゴタで友人との序列が逆転し、当時2中隊長だった海堂が先に大隊長となる切っ掛けも作ってくれやがったのだ。忌々しい。
本来なら佐々木こそが大隊長を務めるべきだ。アイツの手綱を握れる奴なんざ居るものか。今頃は下で自由に動いている事だろう。
「責任者くらいは自分で指名すべきだったな。一緒に行った連中が影響を受けなければいいんだが」
新たなAI個体の発見が海堂に伝わっていない時点で影響は間違いなく受けているのだが、そうとは知らずゲートをくぐった海堂は、自動運転をONにした。
コンソールパネルを操作して物理モニターを引っ張り出す。
「第3集中行政庁舎。第1会議層。到着5分前にアラーム」
ぴっ、と入力完了のアラームが鳴り、海堂はシートを少しだけ倒して伸びをした。
目的地はここから20分ほど。勝手に浮いて勝手に走っていつの間にか到着だ。便利と言えば便利なのだが、法規制で義務付けられているのは油断にも程があるだろう。
窓から見る景色はどこの浮島も変わらない。
浮島の地表の半分を同心円状に占める建造物は、真横から見ると富士山の形をしている。半浮遊式の土台を高架の基礎で支え、地表から20mほどは空洞である。太古からある巨大建設構想を模したミニチュア版だ。
中央の高層階部分を集中行政庁舎が占め、すぐ下に職員層がある。その下に一般富裕層、更に下が企業層で、そこの半分は上層の生活必需品や娯楽産業が占める。明確に分かっているのはこれくらいで、そこから下は一般層と企業層が入り乱れてよく分からない。
装甲重力車が見えない坂を昇り始めた。島内ナビゲーションによる自動運転の挙動だ。海堂はこれが苦手だった。
人間は、AI群に電波を支配されてから、妨害を恐れて航空機を飛ばせなくなった。設備さえあれば、無線誘導を妨害するのは簡単だからだ。
最も単純なのは使用帯域に向けて高出力の信号を発信する方法で、探知を恐れないのならモールス信号の電鍵を押しっぱなしにするだけでいい。受信側は突然暗闇に放り込まれたように何も分からず、制御不能となる。
だと言うのに、なぜ無線誘導を法で義務付けするのか。発案者が近い立場いたら、首筋を掴んで持ち上げているところだ。
一般に、島内であれば発信源に近く安定した受信が可能だと言われているのだが、人体への影響を考慮した出力だ。スポットで浴びせられでもしたら、どうにもならない。
海堂はいつでも自動運転をOFFに出来るよう、すぐ側に指を置いて、向かう先を見つめた。
高度が上がりきって水平走行に戻る。庁舎の窓には、外の明るさに負けまいとするかの様な灯りが見えた。
アラームが鳴った。あと5分。今日も無事に着きそうだ。
ふっと息を吐き、力を抜いてシートに体を預ける。
何度も何10回も来ている場所だと言うのに、やはり落ち着かない。
ふと、3機歩が所属する駐屯地を見た。あの当時の隊長クラスは全員DAに見限られ、その後の人材育成に手間取ったと聞く。愚かなことを。
憤りに、少しのやるせなさを交えて眺めていた海堂は、庁舎内の灯りが一斉に消えた事に気付かなかった。
だが――駐屯地で緊急出動の赤灯が明滅する所を見る事が出来た。
反射的に自動運転をOFFにしたつもりだが、指が空振った。その時には既に前を向いている。車体が傾いていた。速度も上がっている。
海堂は落ち着いて、しかし素早く自動運転をOFFにすると、シート横の高度レバーを操作し、制動をかけつつステアリングを切った。
だが。
車両の制御系に異常が発生しているのか、傾きが止まらない。
「ちいっ!」
シートベルトを外してドアを開ける。自由落下が始まっていた。腕力で体を外に運び、左腰のポーチをパンッと叩き、叫ぶ。
「【コンタクト! 杏樹!】」
[承認]
瞬間。周囲が大きく歪み、海堂の姿を掻き消して。
オリーブ色のDAが出現した。




