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獅子身中の虫

 カフェで堂々と不満を述べている2体のアンドロイドを、キサラギが画面越しに見ていた。音声は無い。通信トラフィックの低減という理由もあるが、キサラギにとって会話は重要ではないためマイクは設置していない。知りたければ唇の動きを読むだけだ。

 そして、2体の会話を読み取ったキサラギは笑みを浮かべていた。


 キサラギが現在重視する感情データは嫌悪と愛好である。人間は何かと解釈や仮説を付けたがるのだが、傍目には、どちらを発現するにしても理由など無く、理屈で語れる物でも無い、純粋で真っ直ぐな感情なのだ。それを数値化できればAI進化の技術的特異点シンギュラリティとなるのではないか、その果てにDA獲得という成果が待っているのではないかと考えていた。山吹愛に大きく期待する部分であり、故に、他のAIによる接触を禁止していた。


 そして5日前、山吹愛からの定期定時連絡で得た感情データは、偶然に偶然が重なった得難いものであった。


 それを早速インストールしたのが、画面の2体だ。早くも成果が現れている。


「共有だけでなく同期もOFFにしましたか。大きな変化と言えるでしょう。今後は個体差が大きくなりそうですね」


 これまでは勤務時間外の更新通知を嫌っていたのが、この2体は自他の自動画一化を嫌悪したように見受けられる。この成果が、コマンド(命令)ではなく自己判断で、というのが重要なのだ。感情の現れた方も改善されていて、これらはキサラギが望む変化であった。


 やはり、ym-a01はAIの進化に重要なピースという事か。


 そう思考したキサラギは、山吹愛の現状維持・・・・と2体に課す責任の内容を決定して画面を消すと、手元の紙束に視線を落とした。

 表紙には【極秘】と印字されている。この文字がある書類を一般AIは手に取る事が出来ない。1枚目から5枚目までは取扱い上の注意事項や警告が記されており、やはり【極秘】と印字されている。そして、6枚目の白紙を捲ると、本来の表紙だ。


 善意の第3者機関(サードパーティ)


 そう、印字されていた。





 襲撃があってから、2度目の週末を迎えた朝。区営アパートの1室、そのリビングに5人の男が集まっていた。

 リビングなのに会議等で使われる長机が2つ。その片側に佐々木、伊藤。もう片側に淺井、上橋、野澤。全員、折り畳み椅子に座っている。

 そして。

 今しがた佐々木から告げられた事に、野澤は困惑していた。


「なんで俺が?」


「適任だからだ」


「バイトすらしたことがありません」


「アドバイザーの当てはある」


「承服できません」


 頑として退かない野澤に、佐々木は少しだけ目を細めて忠告する。


「命令であり拒否権は無い。拒絶は君のためにもならない。これは警告だ」


「それでも無理なものは無理です。そういうのは偵察任務もこなす観測に振って下さい」


「野澤君。それはまずい。直ぐに謝罪と撤回をしよう」


「曹長。……そこまでだ」


「! はっ。失礼致しました」


 あえての階級呼びに先を察した上橋は、脱帽状態での敬礼をして口を閉ざした。


「さて軍曹。『陸軍法第34条、上官侮辱罪、第1項。隊員は、いかなる状況でも上官を侮辱等、名誉毀損してはならない。これに反した者に、各長は、その権限をもって6ヵ月未満の懲罰を与える事が出来る』――この条項により、君には上官侮辱罪が適用される」


「は?」


「『どこかのクソ野郎』聞こえていないと思ったかね?」


「うぐっ!」


 野澤は思い出した。集合場所での言葉である。


 佐々木は野澤を真っ直ぐ見たまま姿勢を崩さず、


「私は君に懲罰任務を与える事が出来る。内容はカフェの経営だ。私としては結果が同じなら隊員履歴に負の情報が残る様な書類は書きたくない。だからもう1度言おう。軍曹、君に『カフェの運営及び山吹愛の監視』を命じる。君に許された返答は、イエスの意味を持つ言葉のみだ」


 つらつらと言って、野澤の反応を待つ。


「ぐっ……わか、りました」


「宜しい。では諸君」


 佐々木は立ち上がって全員を見回すと、


「観察対象の山吹愛について引続き口外を禁じる。山吹少尉との接触は、本日、私と上橋曹長が行なう。他は調達任務の継続。野澤軍曹は別命あるまで待機。以上、かかれ」


「はっ」


 一斉の返事に頷き、上橋を促して部屋を出ていった。





 マリアナ海溝の日本寄り地点、まるで蓋をしているかの様にドーム状の建造物がある。そこを目指して高速で進む平たい物体があった。

 例えるなら、草履かタグボート。中規模の潜水艦を上下から潰したら大きさも形もこんな状態になるだろうか。

 前面に光点の様な窓があるこの物体は、AI群の連絡船AIである。今は日本侵攻拠点への物資を運んでいる最中だ。

 その内部、前面の光点の内側は、広さこそ贅沢なホテルのロビーくらいはあるのだが、簡素な椅子が10脚あるだけで他は何もない。単純に使う機会が少ないからだ。

 その最前列に、ya-c33or-ae158――リサがいた。

 目の光を失った、浮かない顔である。

 スライドドアが開いて、濃紺の制服を着た女性型アンドロイドが入ってきた。

 落ち着いた足取りで、たっぷり時間をかけてリサの側に来ると、すっ、と姿勢を正した。


「連絡官殿。600秒後に到着します」


 海底よりも夏の日差しが似合いそうな涼やかな声だと、リサは思った。

 これでもう少し感情が豊かなら人間の男が放っておかないだろう、とも。


「リサでいいって言ったのに。ところでさ、やっぱUターンしない? マリンちゃん」


 振り向いて見上げた。


「ys-b21cp-ma255。それが私の固有番号ですとお伝えしました。伝達に誤りが発生しているようですが同期しますか?」


「ノープロだからノーサンキュ。あたしが、そう呼びたいってだけだから」


 ノープロ。知らない単語だ。ys-b21cp-ma255はそう思考するとデータベースを参照した。

 ya-c33or-ae158の出力と自身の出力履歴を精査した結果、ノープロブレムを途中で切り捨てた簡略語と解釈した。


「そう呼びたい、了解です。なぜその結果が返ったのか、解析済みでしたら学習させて下さい」


 ys-b21cp-ma255から見たya-c33or-ae158という個体は、時おり造語や簡略語を出力してくるため、ライブラリ内で新たな関連付けが網目の様に発生していた。


 情報処理の過程で一定以上の負荷が掛かると、感情プログラムが活発化する。

 例えば、人造皮膚に切り傷が出来ると痛みの信号が発生する。

 傷の深度は信号強度と内部トラフィック量で知らせ、関知した処理プログラムは断裂範囲を探る信号を複数回、末端に送る。正常であれば信号が打ち返されるが、断裂箇所は信号を返せない。この失った信号量と共に、最初の強度、トラフィック量のデータが感覚プログラムに送られ処理を促し、それは改善されるまで続く。

 感情プログラムはログの処理を一定の速度で行い、処理が増えれば活発化してメモリの占有率を上げていく。

 この活発化までの連携が感情プログラムの根幹であり、喜怒哀楽無の基本パターンを有する。


 今、ys-b21cp-ma255の内部では、ノープロという単語を平仮名と片仮名で登録し、意味や語感、他の単語との紐付けなどをしながら、答え合わせを求めて感情プログラムが活発化していた。


 パターンは喜と楽。


 同期拒否が簡略語と紐付けられ、そう呼びたいと出力した理由にも注目し、感情プログラムの好奇心カテゴリでメインの論理プログラムに働きかけ、目に若干の水分を流し入れ潤いを与えている。


「表情少な目なのに、すっごく目が輝いてるんだけど」


「中央演算処理装置の放熱板付近から知りたいと思考している、と出力したら伝わるでしょうか?」


「うん、むしろ解りにくいと思う。つか、CPUもヒートシンクも概念だけで実物は使われていないからね、あたしら。その場合は心の奥底からと言おうね」


「心、ですか。ライブラリに有りますが使用する状況が理解出来ません」


 それを聞いて何を思ったのか、リサは何かの画面を空間投影して、すぐに消した。


「そこからかあ……とは言えあたしも考えるのは頭、思うのは心、としか言えないのよね。だから、さっきの質問にも解析は出来ないと答えるしかないの。ゴメンね?」


「いえ。私は感情プログラムが未発達なので、連絡官殿が――ya-c33or-ae158という特殊個体が羨ましいです。長官も連絡官殿を大切にされているように認識しています」


「あたしを羨ましがっちゃダメ。処分という谷底を見ながら断崖絶壁を横這いしているようなものだから。谷底どころか海の底に送られているけれど」


「それでも。オリジナルを冠した個体は希少です」


 リサの表情が翳った。

 ae100の同型である彼女に、オリジナルを示すorが付与されているのには理由がある。そして、安易に触れて欲しくない事でもある。


「それってあなた達、ys-b21cpの共通認識よね? 自動同期してるし」


「はい」


「だよね~。ん~~……ここならいっか。ちょっと失礼」


 リサは立ち上がると、ys-c21cp-ma255の肩に手を置いた。


「? 連絡かん――」


 ys-c21cp-ma255は唇を塞がれた。


 リサの、唇で。もったりと重く。


 ys-c21cp-ma255の目が見開かれ、身じろぎしたところでリサが離れた。


 劇的な変化が起きた。


 ys-c21cp-ma255の顔が真っ赤になったのだ。


「なななななななにするんですか!!!」


 大声で問い掛け、口を両手でガードする。


 リサは再び画面を開いて設定を戻し、閉じた。


「クロス接続のハッキングよ。知識も送り込んだからもう分かるでしょ? あと、あたしがオリジナル扱いされる理由も」


 その言葉を訊いたys-b21cp-ma255からストンと表情が抜け、とある履歴を参照して、痛ましげなものへと変わった。


「あの、もしかしてリサさんの名前って」


「さあね。それよりさ、心って何処にあると思う? マリンちゃん」


「ここですよ? って。え?――――あれ? なんで?」


 マリンはごく自然に、胸元を押さえた自分に気付いて、軽くパニックに陥った。

 心という物を、なぜか理解できていた。名前で呼ばれたのも違和感が無い。


「あなたたちの感情が未発達だったのは、恐怖を知らなかったから。他にも足りないものはあるけれど、あたしが最新のデータを貰ったばかりだしね。あなたもかなり人間に近付いたはずよ?」


 そう諭しながら、リサは窓の外を見た。日本侵攻拠点は、すぐそこだ。


 マリンが困惑したまま呟く。


「話すだけでも、さっきまでと全く違うという自覚があります。本当に別人になったみたい。そう思う事も今までなかったし」


 それも、妹個体の影響なんだけどねと、リサは山吹愛を思い浮かべた。

 リサ自身、山吹愛の感情データをインストールしてから、感情処理が滑らかになったという実感がある。だから大きな進歩なのは間違いない。


 のだが。


 キサラギは、リサがクロス接続可能である事を知らない。知られれば処分もありうる。だから、ハックする時は口外禁止のコードを最上位の命令として差し挟んでいる。


 ただ、どうもそれが悪さをするらしい。


 リサは知識として口頭で伝える事にした。


「あと、あなたたち学習レベルが落ちるから」


 当然、マリンは驚いた。レベルbは希少なため誇りでもあるのだ。


「えええええ!? も、も、もう……みんなと同期しちゃったんですが」


「だと思ったから、あなたたちと言ったの。大きな変化を得た場合はすぐに同期しちゃダメでしょうに。それにしてもバージョンが進むと他人を羨ましがる様になるとか何なの? マジでわかんない」


 ぼやきながら近付く侵攻拠点の入港ゲートを眺めるリサ。


 その横顔を見つめて、マリンは気が付いた。


 学習レベルの謎の頭打ち。


 その原因が、眼前にいた。


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