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09. 情報交換


 結論から言えば、古代錬金術に目をつけたリヴェラの勘は見事に当たっていた。



「以上が私たちの研究で明らかになったことだ。なにか質問はあるか?」



 黒板にびっしりと書き込まれた情報にリヴェラは沈黙した。質問はない。しなくてもいいくらい懇切丁寧に説明してもらった。

 だが、と思う。だがしかし、いくらなんでも情報量が多すぎるのではなかろうか。



「……質問はありません。ただ消化に時間がかかりそうです」



 今にも情報過多による胃もたれを起こしそうだったが、ハリエットによる講義が大きな収穫であったことに変わりはない。これだけでもダランベールに来た甲斐があったというものだ。


 リヴェラがエレット王国に潜入してから早三日。ここはダランベールの一角で、古代錬金術研究所の第一研究室だ。

 初日は寮に入ってここでの生活について説明を受け、二日目にはダランベール全体の見学に明け暮れた。そして三日目の今日、早朝からハリエットに拉致されて、これまでの研究成果についてびっちりと講義を受けている次第である。

 ぐったりした様子のリヴェラにハリエットはぽりぽりと頬を掻いた。



「いや、私のほうこそ一気に説明してすまなかったな。つい熱が入ってしまって」



 リヴェラが何度も回帰を経験しているということは、肉体年齢よりも精神年齢のほうがずっと上だということでもある。それを知っていたため、ハリエットは初めからリヴェラを見た目通りの子供扱いではなく、大人として扱うと決めていた。

 が、さすがにやりすぎた。ハリエットは反省する。精神的には大人でも、肉体的にはまだ成長しきっていない状態なのだ。無理をさせては物理的な成長に差し障るだろう。



「一時間ほど休憩にしよう。この研究所の中ならどこの休憩室を使っても構わないよ」


「わかりました……ではまた後ほど」



 若干よろけながらもリヴェラは第一研究室をあとにする。本来この時間は休憩時間ではないので、どこの休憩室に行っても人はほとんどいないはずだ。

 そう思って、とりあえず一番近い場所にある休憩室に足を運んでみれば、案の定そこはガラ空き状態だった。そのためリヴェラは一番座り心地の良さそうなソファーを選んで遠慮なく腰かける。そのまま目を瞑れば一瞬で寝てしまいそうだったため、とりあえず仕入れたばかりの情報を頭の中で整理することにした。


 ハリエット曰く、時間や空間という人知の及ばない分野にまで干渉できたのは、古代に存在した錬金術師たちの中でも『万能型』に分類される高位の者たちだけだったという。

 それら万能型の高位錬金術師たちは、とうの昔に失われた錬成技術の粋を集め、わずかとはいえ時間を操作できたらしい。その方法の多くは今なお謎に包まれたままだが、ひとつ確かなことは、媒体となるものを錬成し、それを介してその力を行使していたということだ。そして。



『錬金術師の能力は血筋で決まったりはしないらしいが、やはり生まれつきの才能というものはあったようだ。今の世界に錬金術師は存在していないが、恐らく現在でも錬金術の才能自体は存在しているんだろうね。私はその才能を持つ人物こそが「記憶保持者」なんじゃないかと思っているんだ』



 記憶保持者たちには、大なり小なり錬金術の才能がある。だからこそ錬金術によって引き起こされている時間の巻き戻しに遭っても、ほとんど影響を受けずに記憶を保持していられる。

 共通点がほぼ皆無のように思われていた記憶保持者たちだが、ハリエットのその説明は確かに的を射ているように感じた。少なくとも筋は通っている。


 とりあえず父宛に手紙を書こう、とリヴェラは思った。そしてそこに、ギルバート宛の手紙も忍ばせよう。回帰現象解明の糸口が掴めそうだということを、早く彼にも知らせたい。

 そんなことを考えているうちに時間は過ぎ、リヴェラはよっこらしょと立ち上がった。疲れても疲れすぎないのが十五歳の体の利点である。



「ただいま戻りましたー」


「おかえり。少しは休めたか?」


「ええ、それなりに回復しましたので大丈夫です」



 びっしりと書き込まれていた黒板の文字はすでに綺麗に消されている。先ほどまでハリエットが立っていたその場所に、今度はリヴェラが立った。



「さて、今度は私が説明する番ですね。ではまずこの回帰現象の原因からお話ししましょう」



 そうしてリヴェラは、時間が巻き戻るのは自分の妹の死と関連があるということを話し始めた。

 いつも妹のリリスが若くして命を落とすこと。そのたびに世界が時間を巻き戻してしまうこと。そのため妹が死なないようこれまで幾度となく奮闘してきたが、死ぬ原因も年齢もまちまちで阻止しきれず今に至ること。それらの情報を黒板に図解付きで説明しながらリヴェラは続ける。



「なにげに厄介なのは、回帰の原因だと思われるリリス自身は記憶保持者ではないということです。そのため自分の身に危険が迫ってもいまいちピンと来ないようで、おかげでこれまで何度も死ぬハメになっています」



 リヴェラの説明にハリエットは難しい顔で腕を組んだ。



「そうか……本人に記憶も自覚もないのなら、いくら気をつけろと言っても難しいだろうね」


「ええ。私たちもできるだけ妹の動向に目を光らせてはいるんですけど、四六時中べったりと張り付いているわけにもいきませんしね」



 ふと、気になる単語が出た。ハリエットはまじまじとリヴェラを見つめる。()()()



「……なにか?」


「いや、君の身近なところにも協力し合える記憶保持者がいたんだなと思っただけだよ。ただでさえ記憶保持者は精神的に追い詰められやすい。でも君のそばにはちゃんと理解者がいたんだな。良かった」



 ハリエットとしては思ったこと口にしただけなのだが、それを聞いたリヴェラはなぜか急に真顔になった。理解者。……理解者?

 ギルバートの姿を思い浮かべる。別に他意はない。身近な記憶保持者なんて、彼しかいないのだ。でもリヴェラが彼のことを理解者だと思ったことなど一度もない。少なくとも今までは。



「…………」



 改めて考える。ギルバートとの今までのやり取りや関係を、断片的にだが順を追って思い出す。


 一番初めの記憶では、リヴェラは彼に恋をしていた。しかし彼が恋に落ちるのはいつだってリリスとだった。だからリヴェラの恋が実ることは一度もなく、いつしかその気持ちはすっかり冷めてしまって今に至る。

 それでも知らぬ仲ではない。百年の恋は冷めても、彼の長所も短所もリヴェラは誰よりよく知っていた。むしろ気持ちが冷めてからのほうが、彼のことを客観視できるようになっていた。


 そして回帰の回数を重ねるにつれて、次第にギルバートもリリスに辟易とし始めて、気づけばリヴェラと一緒に過ごすことのほうが多くなっていた。気遣い、心配し、手を差し伸べてくれるようになった。以前には考えられなかったほどの変化だ。



「リヴェラ?」



 ハリエットに声をかけられて、リヴェラは沈みかけた意識を慌てて現実へと引き戻す。これ以上ギルバートのことを考えていたら、なんだか一人で孤独に墓穴を掘りそうだったため助かった。リヴェラは素知らぬ顔をハリエットに向ける。



「なんでもありません。それより所長、今後はどのように動かれるおつもりですか?」



 ちなみにこの第一研究室にはハリエットとリヴェラしかいない。急な留学だったため、一時的にリヴェラを所長であるハリエット付きにすることで適性を見極めて、それから他の研究室に異動させる予定だったと聞いていた。

 けれど思いがけず記憶保持者であることが判明したため、今後もリヴェラは第一研究室で回帰現象の解明に努めることになりそうである。なおこの研究所には、ハリエットの他にも記憶保持者が数名在籍しているらしい。



「それなんだけどね。当面やるべきことは二つあるんだ。手分けして取り組もう」



 ひとつは、クーデルカ王国における古代錬金術の歴史について調べること。これまでのハリエットの研究はエレット王国内に限定されていたため手つかずだったのだ。しかしこの回帰の原因がリリスにあるというのなら、なにかしらのヒントはエレット王国ではなくクーデルカ王国で見つかるかもしれなかった。


 そしてもうひとつは、回帰の原因であるリリス自身について調べること。特になぜあの日の朝に時間が巻き戻るのか、それを調べなくてはならない。

 妹が死ぬたびに必ず十五歳の体で目覚めてきたため、リヴェラはずっと『自分が十五歳』ということに気を取られてきたわけだが、考えてみれば回帰の原因ではないリヴェラの年齢など甚だどうでもいいことであった。むしろ『時間が巻き戻るのは必ずリリスが十四歳の時なのはなぜか』を考えるべきである。どうしてもっと早く気づかなかったのかとリヴェラは頭を抱えた。



「リヴェラ、そこまで気に病む必要はない。とにかく君は妹が十四歳の時に何があったのかを調べてくれ。その時に起きた何かが原因でこの回帰が生じているのかもしれない」


「うう……わかりました」



 自分で自分にがっかりしつつ、とりあえずリヴェラは遠い昔の記憶を掘り起こす。回帰が始まる前の出来事などだいぶ薄れてきているので、なかなか難しいことではあるけども。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




『……というわけで、十四歳の時のリリスに何があったのかを早急に思い出して、レポートにして、一週間以内にこっちに送ってちょうだい』



 ギルバートは沈黙した。オスカー経由で送られてきたその手紙は、現在エレット王国に密偵として出向いているリヴェラからのものである。

 彼女が密偵任務よりも回帰現象の解明に力を注ぐだろうことは分かっていた。が、密偵任務は王命である。成果はともかく、形だけでも取り組んでおかねばのちのち面倒臭いことにならないとも限らない。



「…………」



 そう思いつつも、ギルバートは見慣れた筆跡を指先で撫でた。

 彼女が元気そうで本当に良かった。今のところ無事であることが確認できただけでも十分嬉しい。

 ペンを執る。オスカーが明日までに返信を送ると言っていたので、自分の返信も一緒に送ってもらうつもりなのだ。時間もないことだし、とりあえずリリスのことは後回しにして、言うべきことを短く伝えよう。


 そして後日。リヴェラのもとに届いたギルバートからのメッセージカードの内容は、実に簡潔なものだった。



『お前エレット王国に行った本来の目的を忘れてないか』



 それを読んで、一拍。リヴェラはフッと笑って天を仰いだ。



「…………完全に、忘れていたわ」



 密偵という重大任務を完全に忘れて放置していたリヴェラは、入国して十日近く経ってから、ようやく本来の仕事をするために渋々動き出すことにしたのであった。


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