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22. いつもとは違うはじまり


 意識が緩やかに浮上する。お嬢様、と呼ぶテレサの声が遠くから聞こえた。大丈夫ですか、お嬢様。お嬢様……。



「お嬢様、起きてくださいませ」


「…………テレサ?」


「ああ、良かった。随分と魘されていたようですが、怖い夢でも見ていたのですか?」



 夢……夢だと? その瞬間リヴェラの意識は完全に覚醒し、がばりと勢いよくベッドから起き上がった。

 記憶を探って、回帰の記憶がきちんと残っていたことにまず安堵する。良かった。夢じゃなかった。それからいつも通りの動きでカレンダーを確認し、そこでぴたりと動きを止める。……いつもと、違う年。

 明らかに挙動不審なお嬢様の様子にテレサが首を傾げた。



「お嬢様、どうされましたか?」


「テレサ……もしかして私はいま十二歳なのかしら?」


「まあ、突然どうされたのです? お嬢様が十二歳の誕生日を迎えられてから、もう三ヶ月以上は経っておりますよ」



 なんということだ。リヴェラは衝撃のあまりふらりとベッドに逆戻りした。……どうやら本当に今の自分は十二歳らしい。

 なぜだ。なぜここまで戻った? もしかして失敗したのだろうか。ハリエットは――そして、ギルバートはどうした?

 瞬間的にそこまで考えて、そこでようやくはたと気がつく。自分が十二歳ということは、一つ年上であるギルバートは十三歳だ。リヴェラはもう一度カレンダーに目を向ける。

 今月予定されていたあのパーティーはもう終わったのか、それともこれからか。というか、今日は何日だ?



「お嬢様、先ほどからどうされたのですか? 今夜は王太子殿下のお披露目パーティーですが、もしも体調が悪ければご無理をせずに……」



 ちょうど考えていたことを指摘されてリヴェラの思考が一旦止まる。王太子殿下のお披露目パーティー。よりにもよって、今日か。



「ううん、大丈夫よ。体調は万全だし、予定通り出席するわ。せっかく王宮に行ける機会だもの。王太子殿下がどんな方なのかも見てみたいしね」



 予想外の年齢まで巻き戻ってしまったので、考えたいことはいろいろあった。正直パーティーどころではない。

 しかし、本日の主役であるがゆえに欠席を許されないギルバートのほうが気の毒である。きっと気持ちの整理がつかないまま今頃パーティーの準備に追われているところだろう。せっかくなので、そんな気の毒な彼を遠目から観察するのも一興だ。性格が悪い? そんなの今さらである。


 急に底意地悪くニヤニヤし始めたお嬢様に若干引いていたテレサだったが、そのお嬢様がベッドから降りようとする姿を見てハッと我に返った。



「あっ、お嬢様お気をつけください!」


「え? あ、っと、きゃあ!?」



 テレサの警告も虚しく、あろうことかリヴェラはベッドから落ちて無様に床に転がったのだった。咄嗟に受身を取れたのは軍人経験のおかげとはいえ、ベッドから落ちる時点でいろいろと感覚が鈍っている。



「お嬢様、大丈夫ですか!? お怪我は!?」


「大丈夫。ごめんね、テレサ。ちょっと思っていたよりも足が短かったみたいで」


「はい?」



 思った以上に十二歳の体はまだ小さかった。十五歳の感覚でいるとうっかりベッドから転げ落ちるくらいには。感覚を掴むまではベッドだけではなく椅子にも気をつけようと思う。


 それにしても、王太子殿下のお披露目パーティーか。床から立ち上がったリヴェラはギルバートとの最後のやり取りを思い出して、なんだか急にいたたまれなくなった。正直どんな顔で会いに行けばいいのか分からない。分からないが、行かないという選択肢はない。

 会いたいのか会いたくないのかと訊かれれば、答えは一択。そんなの、会いたいに決まっている。



「テレサ、お披露目パーティーに行く時の私のドレスはもう決まっているの?」


「もちろんです、お嬢様! このテレサにお任せください。ああ、とびっきり素敵なお嬢様を見た王太子殿下がその場で求婚とかしてきたらどうしましょう」


「どうもこうもないわよ。でも期待しているわ。よろしくね」



 なにやら妄想が大爆発してるテレサだが、彼女のメイドとしての腕前は一流である。リヴェラの女子力のなさを十二分に補える彼女に任せておけば、棒立ちしていても見た目だけは淑女になれること請け合いであった。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




 そんなわけで、お披露目パーティーである。テレサによりばっちり仕立てあげられたリヴェラは家族と共に王宮へと赴いた。なにやらお披露目されるギルバートの都合により、彼の登場はやや遅れるらしいというのは父からの情報だ。まあ王太子にもいろいろ都合というものがあるのだろう、などと白々しく思いながら、リヴェラは早くもフレデリカを発見してそそくさと彼女のもとへと歩み寄る。



「フレデリカ様」


「あなたは……ルアンリ侯爵家のリヴェラ様ですか?」



 さほど交流のないリヴェラに声をかけられたフレデリカだが、目を丸くしつつも名前を正確に言い当ててくれる。さすがは建国以来続く由緒正しき伯爵家のご令嬢だ。リヴェラはにこりと微笑んだ。



「顔と名前を覚えていてくださって嬉しいです。父同士は仲がいいらしいのですが、私たちがこうしてお話しするのは初めてかもしれませんね」


「ええ、本当に。私の弟もリヴェラ様の妹君にはお世話になっているようで。私たちも姉という立場の者同士、仲良くやっていけたらと思っておりましたのよ」



 フレデリカからの嬉しい申し出にリヴェラは「ぜひとも」と飛びついた。友人の少ないリヴェラだが、フレデリカは前回も前々回も友人になってくれた貴重な存在である。

 ちなみにフレデリカの弟であるコンラッドとリリスの付き合いは、どうやらリヴェラが思っていた以上に長いものだったらしい。前回の回帰の際に初めて二人の間に親交があったと知ったわけだが、少なくとも十一歳である現時点ではすでに交流があるようだ。姉ながら全然知らなかった。



「それにしても、王太子殿下ってどんな方なのかしら。リヴェラ様はなにか聞いていまして?」


「私もあまり詳しくは……ただ父が言うには、どちらかといえば王妃様に似ていると」


「まあ。王妃様に似ているのなら、さぞかし綺麗なお顔立ちをしているのでしょうね」



 そんなことを話していたら、ついに国王夫妻が息子を引き連れて現れた。初めて見る王太子殿下の姿に、ご令嬢たちがハッと目を見開いたあと、うっとりと目を潤ませ始める。かくいうリヴェラもあまりの懐かしさに内心動揺を隠せなかった。

 遠い昔、リヴェラが彼に一目惚れしたのは、まさにこのお披露目パーティーの時であったのだ。



「今宵は我が息子ギルバートを紹介するための披露目に、皆よく来てくれた。国王として、そして父親として嬉しく思う。では早速紹介しよう」



 国王陛下に促され、十三歳の王太子殿下が一歩前へと進み出る。金髪翠眼。王妃とよく似た綺麗な顔立ち。

 その場にいる全員の注目を一身に集めながら、すでに王族としての風格を漂わせているギルバートが静かに息を吸い込んだ。



「――サイラス・ゴドウィン・クーデルカが長子、ギルバート・レオカディオ・クーデルカが今ここに宣言する。王太子として、これからも国と民のために尽力することを、この場にいる全員の前で誓おう。これを聞いた皆が証人だ。これからもよろしく頼む」



 その言葉に、わっと会場中が沸き立った。周りの歓声に混じってリヴェラも心からの拍手を送る。立派な宣言だ。よりにもよってなんでこの日に巻き戻ってしまったのかという動揺が微塵も見られないあたり大変素晴らしい。

 そんな風に妙に感慨深い気持ちで遠くからギルバートを見つめていると、不意に、ぱちりと目が合った気がした。え、と思う間もなくリヴェラの周りにいたご令嬢たちが「いま王太子殿下がこっちを見たわ!」「違うわよ、私と目が合ったのよ!」とか騒ぎ出す。誰を見ていたかは一旦置いておくとして、彼がこちらを見たのは確からしい。隣にいたフレデリカが小さな声で囁いてきた。



「いま殿下が見ておられたの、明らかにリヴェラ様でしたね」


「……まさか。さすがにこの距離では殿下が誰を見ていたかなんてわかりませんよ」



 フレデリカの鋭い指摘にリヴェラはたじろぐ。彼女がギルバートに興味がないことは知っていたが、その客観的な観察眼には脱帽である。下手な誤魔化しは通用しなさそうなので、リヴェラは曖昧な言い方で答えを濁すしかなかった。


 そうこうしているうちに、国王の合図で会場内には音楽が流れ始める。ここから先は踊るもよし、食べるもよし、互いに交流を深めるもよし、各々好きに過ごせるらしい。

 リヴェラとフレデリカは隅のテーブルに移動して、用意されていたデザートに舌鼓を打った。他の出席者の多くはダンスを楽しんでいるようだが、一番人気のギルバートは押し寄せるご令嬢の群れに埋もれてその姿がほぼ見えない。



「あ、見てくださいリヴェラ様。あそこに、ほら」


「え? ……あら、本当に仲がいいんですね」



 フレデリカに促されてダンスフロアに目を向けると、そこではリリスがコンラッドと一緒に楽しそうな顔で踊っていた。見ているだけで微笑ましい気持ちになる光景だ。

 もしかして、いずれ自分たちが義理の姉妹になる日も来るのではなかろうか。そんな疑惑が姉二人の胸の内によぎる。まあ、そういう将来なら大歓迎だけども。



「リヴェラ様はどなたかと踊るのですか?」


「踊るとしたら父とでしょうか……。でも今はお腹いっぱいで踊る気にはなれませんね」



 デザートを三皿平らげたリヴェラは苦笑する。同じくらい食べたフレデリカもそれを聞いて笑ったが、「私は運動がてら弟と踊ってきますね」とダンスフロアへ向かっていった。見ればいつの間にやらリリスは父と踊っており、コンラッドは微妙に嫌そうな顔で母親と踊っている。どうやらフレデリカはそんな弟を救いに行ったらしかった。

 残ったリヴェラはどうしようかと考えあぐね、とりあえずバルコニーへと移動することにした。休憩には少し早いせいか、先ほどちょっと覗いた感じではまだガラ空き状態だったのだ。いま行けば少しは一人でゆっくりできるだろう。


 そんなわけでバルコニーへと移動したリヴェラは、誰もいないその場所でしばらく星空を眺めていた。会場内から響いてくる喧騒は心地よく、一人でいても孤独には感じない。

 そうしてどのくらい経っただろう、背後から人の気配を感じた。初めは誰かが休憩に来たのかと思ったが、あまりにも躊躇いなく近づいてくるその馴染んだ気配のせいで、すぐに誰なのかを察することができた。



「ダンスは楽しめた?」



 振り返らずに声をかける。すると想像していたよりも少し幼い声が不機嫌そうな口調で「まだ誰とも踊っていない」と答えてきた。あんなに選り取りみどりだったのにもったいない、と思わなくもないリヴェラだが、誰とも踊っていないという彼の言葉にはちょっとだけホッとする。



「……なんでこの時代まで巻き戻ったのかしらね」



 ずっと星空を見上げていたリヴェラの隣にギルバートがやってきた。十三歳の彼は、リヴェラの記憶にあるよりもまだずっと身長が低くて、声変わりも終わっていない。でも不思議と別人のようには思わなかった。どれだけ姿が変わっても、彼は彼だった。



「わからん。目が覚めた時は驚きすぎてパニックを起こしかけたぞ」



 やはり動揺したのはリヴェラだけではなかったらしい。ということは、恐らくハリエットも似たような状況下にあるのではないだろうか。彼女に関しては今ごろ第一研究室にこもって原因究明に励んでいそうなので、明日あたり手紙を書いてみようと思う。



「そういえば、例の懐中時計はどうなったの? ちゃんと元に戻っていた?」


「ああ、確認した。宝物庫にはちゃんと『本物』が保管されていたよ。辻褄合わせのために出現した『偽物』も消えているようだ」



 リヴェラは「そう」と頷いた。つまりこれは、成功したと見ていいのだろうか。分からないことが多すぎて判断に迷うので、まだ結論は下せないけれど。

 二人並んで、星空を見上げた。会場からはギルバートを探すような声が聞こえてきていたが、ギルバートは完全無視を貫いている。



「……お前は誰とも踊らないのか?」


「んー、お父様とは踊ろうかなと思っているけど、正直他に踊る相手がいないのよね」



 するとギルバートが不本意そうな顔をした。



「いるだろ、目の前に」


「……え」



 目を見開いて、リヴェラはギルバートを見つめる。彼のその言葉の意味が分からないほど、リヴェラは鈍くなかった。

 手を差し伸べられる。これまで何度も差し伸べられてきた手。何度もリヴェラを助けてくれた手。



「初めてのダンスの相手が私でいいの?」


「お前以外の誰を選べって言うんだ。念のため言っておくが、今更リリスの名前を出したりするなよ」



 まさに言おうとしていたことだったのに、先手を取られて封じられる。そうなると、答えるべきことはひとつだけだった。



「……ありがとう。私を選んでくれて本当に嬉しい」



 差し出されていた手を取った。そうして二人、バルコニーからダンスフロアへと移動する。ギルバートと一緒にいることで、周囲の目は否が応でもリヴェラへと向けられた。けれどそんな不躾な視線など意にも介さず、二人は音楽に合わせて踊り始める。



「考えてみればダンスなんて久しぶりすぎるわ。足を踏んでも怒らないでね」


「別に踏んでも構わない。お前と一緒ならそれだけで楽しいからな」



 何を話しているのかまでは分からなくても、二人の楽しげな様子は見ているだけの周囲にも伝わる。いつの間にか、二人のダンスは会場中の注目を集めていた。


 時間が巻き戻りすぎているとか、どうしてこうなったとか、本当にこれで解決したのかとか、よしハリエットに丸投げしようとか、話したいことも考えたいことも山ほどあった。


 でも今は、とりあえず二人で一緒に踊りましょう。

 夜は長い。そして自分たちの人生(これから)も、恐らくは長いものになるであろう。


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