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21. 最後の回帰


 リヴェラから例の懐中時計の修理が終わったという知らせを受け取ったギルバートは、もろもろの予定をどうにか調整して急遽ルアンリ邸へと駆けつけていた。



「すごいな……ここまで見違えるものなのか」



 本来の姿を取り戻したその懐中時計を見て素直に感嘆する。うっすらと発光しているのではないかと思えるほどの輝きを取り戻したそれは、今ギルバートが所持している偽物の懐中時計と見た目だけは瓜二つだった。しかし、ひと目で違いがわかるほどにその二つはまったくの別物に見えるのが不思議である。

 感覚的な感想になってしまうが、本物の懐中時計からは命が宿っているのではないかと思うほどの力強さを感じた。もっと言えば、人間と人形くらいの大きな違いがそこにはあった。そんなギルバートの感想に、どこか覇気のない様子のリヴェラも「ここまで完璧に修復してくれた所長には感謝しかないわね」と同意する。



「じゃあ、そろそろ最後の調整に入りましょうか。心の準備はいい?」


「それはいいが、なんだか妙に疲れているな。大丈夫か?」


「大丈夫。私の心配をするより、これから起きるかもしれない事態に備えたほうがいいわよ」



 ここ数日あまり眠れていないだけで、体調は特に問題ない。だから時間の歪みを正常に戻す際に起きるであろう、なにかしらの余波を受けても耐えきれるはずだ。耐えきれなかったら、それはそれで別に構わない。

 けれどギルバートは納得しなかったようで、眉間に皺を寄せてリヴェラの顔を覗き込んだ。思いがけないその距離感に、リヴェラの心臓がとくりと跳ねる。



「無理はするなと言っただろう。時計を動かす前に少し休め。そのくらいの余裕はあるはずだ」


「平気よ、本当に大丈夫。それより離れて。近すぎるわよ」



 耐えきれずにギルバートを押しのければ、彼はきょとんとした顔をして、それからもう一度リヴェラの顔を覗き込んできた。



「……なんか顔が赤くないか?」


「馬鹿なこと言わないで。気のせいよ」


「あ、こら隠すな。ちゃんとこっちを見ろ」



 顔を隠していた彼女の手を強引に引くと、真っ赤に染まったリヴェラの顔が現れた。しかも微妙に涙目だ。初めて見るその表情に、ギルバートの内でなにかが込み上げてきた。

 ……もしかして、自惚れてもいいのだろうか。自分が彼女を愛しく思う気持ちと同じものを、彼女も自分に向けてくれているのだろうか。そういう特別な意味で意識してくれているのだろうか。だとしたら。



「リラ」


「……っ」



 もう耐えきれないと言わんばかりに、リヴェラはぎゅっと目を瞑った。自分でも何が何だか分からなくて、胸の中はぐちゃぐちゃで、ギルバートに掴まれている手が嫌に熱くて、どうしようもなかった。



「も、やだ」


「……なにが?」


「あなたなんか大嫌い。嫌いよ。本当に嫌い。そばにいるだけで苦しくなる」



 全部本当のことだった。こんなに苦しいのだ。嫌いになってなにが悪い。こんなに気持ちをかき乱されて、好きになれるはずなどない。

 支離滅裂なリヴェラの言葉を、ギルバートは黙って聞いていた。それから無言で、彼女の額に自分の額を押し当てる。その感触に驚いたリヴェラが反射的に目を開けると、そこにはギルバートの翠眼が間近に迫っており、その近さに思わず悲鳴が漏れそうになった。



「本当に俺のことが嫌いなのか」


「…………」


「それに嫌いって言いながら、どうしてお前のほうがそんなに泣きそうな顔をしているんだ。もしも本気でお前に嫌われているのなら、むしろ泣きたいのは俺のほうだぞ」



 微妙に情けないことを言っている自覚はあるが、今さらリヴェラ相手にかっこつけたところで意味がない。彼女はギルバートの欠点や弱点を、誰よりもよく知っているのだ。

 なにかの衝動を抑えるかのように、ギルバートは一度ぎゅっときつく目を瞑った。それから重ねていた額をそっと離す。少しだけ遠くなった彼との距離にリヴェラはホッとして、それなのに少しだけ残念に思う自分の心に信じられないような気持ちになった。動揺するリヴェラに構わずギルバートが続ける。



「……もう一度好きになってくれだなんて、俺には言う資格がない。俺がお前にしたことを考えれば、嫌われるのが当たり前で、好かれるなんてありえない。今の関係が奇跡に近いということも、わかってるつもりだ。でも」



 リリスが好きで、リヴェラのことはどうでも良くて、たくさん傷つけて泣かせた過去。何度人生をやり直そうとも、その事実はなくならないし、変わらない。嫌われて、愛想を尽かされて当然だ。それだけのことを自分はした。そんなこと、ギルバート自身が一番よく知っている。

 でも、それでも、もしもリヴェラが赦してくれるのなら。もう一度だけでも、機会をくれるのならば。



「俺はお前のことが好きだ。好きなんだ」


「……そんな、今さら」


「ああ、今さらだ。それもわかっている。だから答える必要なんてない。聞かなかったことにしてくれていい」



 ギルバートは懐中時計を手に取った。止まったままの針。でも竜頭を回して時間を合わせて、最後にロックをすればそれで終わる。一呼吸おいてから、ギルバートはゆっくりと時間を合わせ始めた。それを見たリヴェラが慌てる。



「待って、まだ」


「待たない。早く終わらせよう。そのために俺を呼んだんだろう?」



 竜頭を回すギルバートの動きに合わせて文字盤の針がぐるぐる回り、今の時刻を指し示したところでぴたりと止まる。そのままの勢いでロックを押そうとしたギルバートだったが、それを思い留まってしまったのは、ひとえにリヴェラが腕に取り縋ってきたからだった。



「待って、ギルバート。お願いだから待って」



 そこまで懇願されてはさすがのギルバートも決意が揺らぐ。結局それ以上は強行できず、懐中時計はリヴェラに取り上げられてしまった。



「ひどいわ。自分だけ言いたいことを言って、言い逃げするつもりだったんでしょ」



 恨みがましい目で見られるも、まったくその通りなので返す言葉も見つからない。ギルバートが黙っていると、リヴェラは呆れたように溜め息をついた。

 あんな風に想いを伝えておきながら、答える必要なんてないとか言って、逃げるように最後の回帰を決行しようだなんて。まったく、冗談じゃない。



「私はね、ギルバート。あなたのことが大嫌いよ」


「……そうか」


「でも、それ以上にあなたのことが大好きよ」


「そうか……って、え?」



 危うく聞き逃しかけたほどさらりと告げられたリヴェラの気持ち。もしや聞き間違いかとギルバートが慌てて顔を上げた、次の瞬間。


 ――錬成反応。術式発動。


 リヴェラがなんの躊躇いもなく竜頭を押していた。それと同時に眩い光を放ちながら、懐中時計は再び時を刻み始める。突然の事態にギルバートが悲鳴をあげた。



「おい、リヴェラ!?」


「今までの仕返しよ。これであなたが気にしていることを全部帳消しにしてあげる。文句なら次に会った時に聞くわ。まあ、再会できる保証なんてどこにもないけれど」



 ()()()()()()()()。まるでギルバートの苦悩をすべて見透かしていたかのように。


 世界が揺れた。もう何度も経験している回帰の合図だ。でもまだリリスは生きている。だからつまり、これはリリスの死とはなんら関係のないもので、リヴェラたちによって人為的に引き起こされたものだった。恐らくは、これが最後の回帰となるのだろう。

 ふとハリエットのことを思った。覚悟はしていると言っていたけど、果たしてこれがリヴェラによって引き起こされたものなのか、はたまたその前にリリスが死ぬことによって引き起こされたものなのか判断できずに悩んでいそうだ。もしまた次の世界で会えたとしたら、彼女の尽力にちゃんと感謝したい。そして。



「ギル……?」



 懐中時計から放たれる強い光でもう視界が真っ白だった。目の前にいるはずのギルバートの姿すら見えなくて、リヴェラはちょっと不安になる。それで当てずっぽうに手を伸ばしてみたら、思いのほか近くにいたらしいギルバートの体に指先がぶつかった。そのことにホッと息を吐き出していると、急に手首を掴まれて引き寄せられて、ぎゅっと強く抱きしめられる。



「ありがとう……ありがとう、リラ」



 ギルバートの声も、リヴェラをかき抱く腕も、震えていた。

 赦してくれてありがとう。もう一度好きになってくれてありがとう。一生懸命そう伝えてくるギルバートの背中にリヴェラもそっと両腕を回した。



「次の目覚めがちょっと怖いわね。また同じ日に戻るのかしら。それとも」


「いつでもいい。でも記憶が消えなければいいな」



 どうなるかは誰にも分からない。それこそ次の世界で目覚めるまでは。……というか、本当に目覚めることができるのだろうか。

 また会えたらいいと、リヴェラは初めて願った。こんな土壇場にならないと気持ちを伝えられなかった自分たち。素直になるにはあまりにも複雑な関係すぎて、こんなにも遠回りをしてしまったけれど。


 お互いの表情すらよく見えないまま、世界はいつものように崩壊を迎えた。意識が暗転する。きっとこれが、最後だ。


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