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02. いつも通りの回帰初日


 ――意識を取り戻す。ゆっくりと瞼を上げたリヴェラの視界に、見慣れた天蓋が映り込んできた。これまでの回帰となんら変わらない平穏な目覚め。

 起き上がって壁に掛けてある今年のカレンダーを見て、今の自分が十五歳であることを確認する。いつも通りの展開に、リヴェラは小さく息を吐き出した。


 リヴェラ・ルアンリ。ルアンリ侯爵家の長女。現在の肉体年齢は十五歳。リリスが死に戻っていることに気がついている、数少ない『記憶保持者』。……特に代わり映えのしない、新しい世界の始まりである。



「おはようございます、お嬢様。今日は早起きでございますね」


「おはよう、テレサ。いいお天気ね」



 何度も繰り返されてきた朝の挨拶と、なにひとつ変わらないテレサの笑顔。顔を洗い、着替えを手伝ってもらい、髪を整えてもらいながら、リヴェラはぼんやりと鏡を眺めた。

 遠い昔には当たり前だったこの日常も、もはやリヴェラの心を動かすものにはなりえない。鏡の向こうからこちらを見つめるわずかに幼い自分を見て、リヴェラは思わず独りごちた。



「今世ではせめて三十歳の壁は越えたいわね……」


「はい? なんですか、お嬢様?」



 不思議そうに訊き返してくるテレサに「なんでもないわ」と首を振る。

 それにしても、これまでいろんな道を模索してきて、未だに三十歳にも届かず夭折(ようせつ)するハメになるとは思わなかった。リヴェラがというより、妹が早死にしすぎるのである。


 そんなことを考えながら食堂へと向かえば、すでに両親はそれぞれ席に着いて談笑していた。妹はまだ来ていないが、どうせまた寝坊なので気にしなくていいだろう。



「おはようございます」


「おはよう、リヴェラ」


「あら、あなたにしては早起きじゃない。頑張ったわね」



 笑顔の両親に笑顔を返してリヴェラも自分の席に着く。もう少しだけ妹を待って、それでも来なかったら先に朝食を始めるというのが変わることのない毎朝の光景だ。



「リヴェラ。例の件については考えておいてくれたかな?」



 例の件。リヴェラは小さく微笑んだ。父の問いはこれまで何度も繰り返し聞いてきた言葉と寸分違わないものであり、それに対するリヴェラの答えも、もう随分前から変わっていない。



「はい、お父様。申し訳ありませんが、お断りさせてください」



 リヴェラは深く頭を下げた。断り慣れているとはいえ、話が話だけに多少は慎重に振る舞う必要がある。


 もはや正確な回数は覚えていないが、幾度となく回帰してきた身の上だ。これから起きる出来事も、そのとき自分がどう行動したらどんな結果になるのかも、リヴェラも概ね把握している。

 回帰直後の最初の朝、父に必ず訊かれるこの『例の件』に対する選択が、今後の人生を左右する最初の大きな分かれ道なのだ。


 迷わず否と答えたリヴェラに、両親は少し意外そうな顔をした。

 父の言う例の件とは、すなわち王太子ギルバートとの婚約についての話であったのだ。



「そうか。だが……本当にいいのか? わたしはてっきりお前がギルバート殿下に好意を抱いているものとばかり」


「尊敬はしておりますが、それ以上はなにも。それに王太子妃など私には荷が重すぎますので」



 回帰人生が始まるまでは、確かにギルバートのことが好きだった。十二歳の時に初めて彼の姿を目にして、まさに理想の王子様というその雰囲気に一瞬で心を奪われてしまったのだ。言うなれば一目惚れ。


 押して押して押して、他の婚約者候補たちを蹴散らしてその座を手に入れかけたのは、回帰が始まる前のこと。いわば初回。一度目の人生。

 でも、結局あの時はリヴェラではなくリヴェラの妹に心を奪われたギルバートの意向により、婚約者にはリリスが選ばれたのだった。


 その後初めての回帰を経験して、今度こそはと奮起して、二度目の人生では無事に婚約者の座を射止めて、王太子妃になることができた。けれど、どれだけ尽くしても夫に愛されることは最後までなくて。

 次第に夫婦喧嘩が増え、関係は冷えきり、冷遇され、しばらくして夫は第二夫人を迎え入れた。夫に愛されたその第二夫人は、やっぱりリヴェラの妹だった。



「じゃあ、本当に断っていいんだね?」


「はい。ご期待に添えず申し訳ありません」



 しかし父は「気にするな」と笑い、母も隣で頷いた。王家側からの打診なので断りにくいはずなのだが、それでも気にした様子ではない。



「今回の婚約の打診は、ギルバート殿下とお前の歳が近いからという理由が一番大きい。殿下と年齢が釣り合う良家のご令嬢は他にも複数人いるからな。お前が気に病むことではないよ」


「そうよ、リヴェラ。あなたにもリリスにも、できれば好きな人と結婚して欲しいと思っているわ。私たちみたいにね」



 確かにリヴェラの両親は、貴族にしては珍しく恋愛結婚だったらしい。ただそれは燃えるような恋ではなく、お互いがお互いのことを必要としていたからだという話も聞いていた。それはそれで理想的な関係だとリヴェラは思う。



「では、今回の件はお断りして――」


「お待ちください、お父様! お姉様がお断りするのなら、代わりに私をギルバート殿下の婚約者に推薦してくださいませ!」



 いつの間にか食堂に来ていた妹のリリスが声を上げた。よく知った展開であるためリヴェラは驚かなかったが、両親は目を点にして妹を見つめている。



「あなたが? ギルバート殿下の婚約者に?」


「はい、お母様。私ずっと殿下のことをお慕いしていたんです。でもお姉様もそうだと思っていたから、諦めようと思っていて……でも、お姉様が辞退するというのであれば、どうか私を推してくださいませ! 必ずや立派な王太子妃になってみせますわ!」



 どうするべきかと両親が互いの顔を見合わせる中、リヴェラは微妙に遠い目をした。前回の回帰の終わりではギルバートに思い切り見捨てられていたリリスだが、そのことをまるきり覚えていないというのは、果たして幸せなことなのだろうか。


 とりあえず冷める前に食べようと、一家は揃って朝食を始めた。リリスの件は食べながらでも話せるだろう。

 両親と妹があれこれと話し合うのを聞きながら、リヴェラは呑気にパンをちぎっては口に運んだ。自分に火の粉が飛ばない限りは、両親がどんな決定を下そうと所詮リヴェラには他人事である。



「……わかった。リリスがそこまで望むのなら、こちらから国王陛下に打診してみよう。ただし、もともとはリヴェラにきていた縁談だ。断られたら諦めなさい」


「ありがとう、お父様! 可能性があるだけでも嬉しいわ!」



 どうやら話がまとまったらしい。喜ぶ妹にリヴェラは「良かったわね、リリス」などと適当に声をかける。

 リヴェラがギルバートとの婚約を辞退すると、ほぼ毎度リリスに白羽の矢が立つのはもはやお馴染みの流れであった。このあと記憶保持者であるギルバートが断らなければ正式に婚約が成立するわけだが、最近の彼は全力で断ってくるのでこのあたりの歴史は毎度安定していない。


 ちなみに前回はリリスと結婚したギルバートだが、それはリヴェラが半ば強引に話を進めたからだった。留学する自分に代わって死にやすい妹に目を光らせていて欲しかったからだが、どうやら最後までギルバートはリリスに無関心だったようだ。これはこれで心苦しいので、今世ではそれぞれの好きにさせようと思っている。



「ねえ、お姉様。ギルバート殿下はなにがお好きで、なにが苦手なのかしら。殿下が好きなものを私も好きになりたいし、苦手なものがあるなら知っておきたいの」



 これまでの経験から今世の流れについて思いを馳せていたため、リヴェラの気はそぞろになっていた。しかし妹の声はきちんと耳に入ってきていたため、特に何も考えずに反射的に答えてしまう。



「確か馬で遠乗りすることがお好きだったわね。愛馬のこともとても大事になさっていて、お世話も極力ご自分でなさっていたはずよ」


「……え?」


「苦手なものは……そうね、匂いの強いものかしら。殿下は頭痛持ちだから、そういうところにも気を配――」



 そこまで言って、リヴェラは我に返った。妹からだけではなく、両親からの視線も感じる。



「…………」



 冷や汗が流れた。ちょっと、他人とは思えないほどの情報量を開示してしまった気がする。

 なぜそこまで詳しいんだと訊かれれば、「無駄に付き合いが長い上に、何度か結婚していたこともあるから」としか答えられないが、そんなこと言えるはずもないのだった。



「……という話を風の噂で聞いたのだけど、本当かしらね」


「なぁんだ、噂かあ。そんなことまで知っているなんて、お姉様とギルバート殿下はそんなに親しいのかと思ってびっくりしちゃったわ」


「ふふ、そんなわけないじゃない。私にとって王太子殿下は雲の上の人なんだから」



 どうやら誤魔化せたらしい。リヴェラはホッと胸を撫で下ろす。まったく油断していた。今後は話す内容について十分注意しなければならないな。


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