表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/23

15. 変わりゆく二人の関係

ちょっとした独り言:

以前に書いた短編「機械仕掛けの心臓は少年の愛に揺れ動く(https://ncode.syosetu.com/n2318hi/)」のネタがちょろっと入っております。

そちらをご存知の方は読んでいて「おっ」となるかもしれませんが、未読の方でもまったく問題なく読んでいただけますので、気にせずそのままお進みください。


 ハリエット・スタッセンは、隣国クーデルカにいる友人から送られてきた手紙を見て目を点にしていた。



『元凶の懐中時計を究明してみたら絶望しました。助けて』



 ……なにひとつ内容を理解できない怪文書だったが、書いている本人の絶望だけは伝わってくるという如何ともし難い手紙である。ハリエットは悩んだ。この場合、どういう返事を書くのが正解なんだ? 突っ込むべきなのか、それとも慰めるべきなのか?

 とりあえず友人が助けを求めていることは分かったので、ハリエットは無難に『なにをどう助ければいいんだ?』という返事を送った。するとほどなく小包が届き、そこには壊れた古い懐中時計と共に『これが回帰の元凶です。直せますか?』という意味深な手紙が同封されていた。


 回帰の元凶。……まさか、これが壊れたことで時間が巻き戻るようになったとでも言うのだろうか。

 半信半疑ではあったが、回帰となんらかの関係があるらしいその懐中時計をハリエットは矯めつ眇めつしてみる。そしてひっくり返して裏側を見てみると、そこに錬金文字が刻まれていることに気がついた。長く研究に携わっているハリエットは辞書に頼らずともそれを解読することができる。



「どうも名前っぽい並びだな……えーと、ル、ツ、……ィ、オーネ……ルツィオーネ!?」



 予期せぬ大物の名が刻まれていたことにハリエットは目を剥く。

 それは、最後の大錬金術師と名高い女性の名前であった。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




「ルツィオーネ?」


「そう。錬金術について一度でも調べたことのある人なら必ず知っている名前よ」



 懐中時計をハリエットのもとへ送った数日後。間近に控えた婚約発表の式典の打ち合わせのため、ギルバートはルアンリ邸を訪れていた。今まではなにかある度にいつもリヴェラが登城していたので、たまには自分がとギルバートのほうから足を運んだ次第である。


 式典当日の流れの確認や、交換品の準備が順調であること、そして王妃監修の衣装の様子などなど、打ち合わせ自体は順調に進んだ。当日はリヴェラと共に入場することになっているオスカーも打ち合わせに参加していたのだが、あまりにもサクサクと話し合いが進んでいくため口を挟む必要が特になく、ほぼ置物と化していた。

 その後ギルバートの一言によりオスカーをはじめ使用人たちもみな退室したため、現在はリヴェラとギルバートが遠慮なく内輪話を繰り広げているところである。



「そんなに偉大な錬金術師だったのか?」


「ええ。時間や空間に干渉できる、歴史上でも数少ない最高位の万能型錬金術師よ。錬金術が全盛期だった時代より二百年もあとに登場しているんだけど、結構謎が多いのよね。あちこちの文献に、彼女自身が錬金術によって生み出された人形だったっていう記述があるの」



 しかしルツィオーネにはアルスという名の夫がおり、二人の間には子供もいた。それが歴史上の事実だ。それなのになぜ彼女に人形疑惑があるのかは謎だが、まあ数百年も昔のことなど分からなくて当たり前である。ギルバートが興味深げに顎に手を当てた。



「なら、もしかしたら回帰の影響を受けにくい記憶保持者たちは、そのルツィオーネとやらの血を引く子孫なのかもしれないな。血を引くといってもせいぜい数滴程度で、もう薄まりまくっているだろうが」


「そうかもしれないわね。ルツィオーネの子孫全員が錬金術の才能に恵まれるとは限らないし、記憶保持者の少なさを考えると、『錬金術の才能』そのものが絶滅しかけていてもおかしくないし」



 そんなことを話し合っていると、部屋の扉をコンコンと控えめに叩く音が聞こえた。次いで「お姉様、いらっしゃる?」というリリスの声が響いてくる。リヴェラはギルバートに視線を送り、彼が頷いたのを確認してから「入っても大丈夫よ」と扉の向こうにいる妹へと呼びかけた。

 それにしてもリリスが来るとは。リヴェラの頭上に疑問符が浮かぶ。一体なんの用だろうか。



「どうしたの、リリス……あら可愛い」



 入ってきた妹の姿にリヴェラは思わず感嘆の声を上げる。妹は普段から可愛いが、今日はいつもよりもお洒落をしている。そんな姉の褒め言葉に、どこか緊張気味だったリリスの表情が明らかに綻んだ。



「あ、あのね、殿下がお姉様に会いに来られたって聞いて、その、ご挨拶を……」



 ちらちらとギルバートの様子を窺う妹の姿が微笑ましくて、そして同時に、その好意をギルバートが受け入れる可能性の低さを知っているせいでほろ苦い気持ちにもなってしまう。

 一方のギルバートは先程までのくつろいだ雰囲気から一変、ぴしりと背筋を伸ばして非の打ち所のない王太子殿下の姿になっていた。そして典型的な優しい微笑みをリリスに向ける。



「わざわざ挨拶に来てくれたんだね。改めて、君の義兄になるギルバート・レオカディオ・クーデルカだ」



 その笑顔にリリスは顔を真っ赤にした。それでも慌てて淑女の礼をして王太子からの挨拶に応える。



「で、殿下におかれましても、ご機嫌麗しゅうございます。リリス・ルアンリと申します。以後お見知りおきを」



 緊張していても母から叩き込まれた礼儀作法は完璧である。ギルバートは内心で感心した。こういうところはリヴェラとよく似ている。

 けれど、それだけだった。笑ってしまうくらいリリスになにも感じていない自分がいた。今なら彼女を眉ひとつ動かさずに殺してしまうことだってできるだろう。()()()()()()()()()()()



「殿下、いかがなされましたか?」



 あらぬ方向へ思考が行きかけた時、ギルバートの意識を現実へと引き戻すようにリヴェラが声をかけてくる。彼女へと視線を向ければ、仄暗い思考がなりを潜めて深く息が吸えるような気がした。

 ギルバートは笑った。姉へと向けられたその笑顔が、先ほど自分に向けられたものとは全然違う種類のものであることをリリスは敏感に察した。



「どうもしないよ。ただこんなに気立てのいい妹君がいて羨ましい限りだと思ってね」



 嬉しい言葉のはずだった。けれどリリスは曖昧な笑顔で「……ありがとうございます、殿下」と答えるのが精一杯だった。

 急に、頑張ってお洒落をしてギルバートに会いに来たことは無駄だったと悟った。そんな自分の気持ちにリリスは衝撃を受ける。自分は一体、姉の婚約者になにを期待していたのだろう?


 可愛いから、気立てがいいからと、ギルバートに見初められる可能性なんて、あるはずもないのに。



「リリス、せっかくだし一緒にお茶でもどうかしら?」



 数分前のリリスなら、姉のこの誘いに喜んで応じていただろう。でも今は。



「ううん。ご挨拶もできたことだし、私はもう失礼するわ。……殿下、どうぞお姉様のことをよろしくお願いいたします。絶対に幸せにしてあげてくださいませ」



 そう言って、リリスはにこりと微笑んでこの部屋を後にした。たぶん、きっと、自分は綺麗に笑えた。なぜか涙が溢れて止まらなかったけれど、ちゃんと姉の幸せを願うことができて、リリスは十分嬉しかった。



「……驚いたな……」



 リリスが退出したあと、ギルバートは意外そうな顔で閉じられたばかりの扉を眺めた。

 長く回帰人生を送っているが、ギルバートと結婚することになった姉をリリスが祝福するところを見たのはこれが初めてのことであった。



「あ、もしかして今世のリリスに興味が湧いた? 私との婚約を取り消すならまだ間に合うわよ。でもギリギリだから今日中に決断してちょうだい」


「馬鹿なこと言うな。俺はリリスとじゃなくてお前と結婚したいと思っているし、今さら取り消すわけがあるか」



 そもそも正式に成立した婚約を破棄することは非常に困難だし、処罰の対象だ。婚約後、あるいは結婚後に至るまでお互いを無視し合うことはできても、結婚自体を回避するためには男女ともに修道院入りするしか道はない。

 しかしリヴェラは自信満々な顔でふんぞり返った。そしてさも名案であるかのように言い放つ。



「婚約発表前の今なら、私とリリスが名前を交換すればイケるわよ。本当にいいの?」


「…………」



 そこまでしてリリスを推す理由が本気で分からない……。ギルバートは半眼になった。確かにリリスが『リヴェラ・ルアンリ』を名乗れば、婚約を取り消さずに成り代われる可能性があるような気がしないでもない。が、そんなことをする必要など微塵もないではないか。



「さっきも言ったが、俺はリリスとじゃなくてお前と結婚したいんだ。お前が嫌なら、まあ……考えなくもないけど……いやダメだ。やっぱりダメだ。諦めて俺と結婚してくれ頼むから」



 なりふり構わないギルバートに呆れた顔をしつつも、リヴェラは「まあ、ここまで来たら結婚するけど」と頷いてくれた。ギルバートとの結婚生活には嫌な思い出しかないだろうに、彼女がそれをこれ見よがしに態度に出すことなど一切なかった。

 別に忘れたわけでも、大目に見ているわけでも、なかったことにしているわけでもないのだろう。でも、苦い過去も全部ひっくるめた上で、リヴェラはなんでもない顔をしてギルバートの隣にいてくれるのだ。



「……なあ、リヴェラ」


「なに?」


「もしも今回で回帰が終わったら、俺たちはこれから先もずっと夫婦として生きていくことになるわけだが」



 回帰問題が解決したら、もう強制的に過去に戻ることはなくなる。起きたことが全部帳消しになったりもしない。たとえ途中でリリスが死んでも、世界は止まることなく進んでいく。

 ずっと望んでいた、()()()()()()。それをリヴェラと一緒に歩んでいけるのだとしたら。その時は。



「その時は、お前のことをリラって呼んでもいいか」



 リヴェラは真顔でギルバートを見つめた。リラ。あまり呼ぶ人がいないリヴェラの愛称。

 以前ギルバートにそう呼ばれた時は「百年後に出直してきなさい」と鼻で笑って拒絶したのだが、今回はなぜかそんな気になれなかった。リラ。……リラ、か。



「……じゃあ私は、久しぶりにあなたのことをギルって呼ぼうかしらね」



 遠い昔は夫であった彼のことをそう呼んで拒絶されたが、今ならば、きっと。

 ギルバートは笑った。それが本当に嬉しげで、なぜか泣きそうな笑顔だったものだから、リヴェラのほうが驚いた。



「ああ。好きなように呼んでくれ」



 なにかを噛み締めるようなギルバートの声。それを聞いて初めて、リヴェラは彼が過去のことをずっと悔やみ続けていたのだと知った。

 確かに何度も傷つけられた。どれだけ彼を想っても、力になろうと頑張っても、喜ばれるどころか逆に疎まれて。あの頃は本当に本当に辛くて苦しくて、今みたいな関係に落ち着くまでに随分と時間がかかってしまった。


 それでもリヴェラは間違えない。傷つけられたこともあったけど、助けられたことのほうがずっとずっと多かったこと。蔑ろにされたことよりも、大事にされたことのほうがずっとずっと多かったこと。

 ギルバートが示し続けてくれていた誠意を、リヴェラはちゃんと覚えている。



「ギル」



 そう呼べば、彼は驚いたように大きく目を見開いて、それからこの上なく幸せそうな顔で笑ってくれた。



「……ありがとう、リラ」



 感謝されるようなことは何もしていない。それでもギルバートの言葉が嬉しくて、リヴェラも自然と笑顔になった。


 とはいえ、いくら二人の距離が縮まったところで世界が無慈悲である事実に変わりはない。個人的な話はここまでにするとして、二人は表情を引き締めた。

 例の懐中時計に関しては、専門知識を持つハリエットに丸投げするしかない。だからあと出来ることといえば、とにかくリリスを死なせないようにすることだ。リヴェラの眉間に皺が寄る。



「なにげに毎度失敗している分野だものね。今度こそはと言い続けて幾星霜。でも今回失敗したら所長に文句を言われそうだし、なんとかするしかないけど」


「四六時中ずっと監視するわけにもいかないしな。あいつに自衛の意識があればいいんだが、良くも悪くもふわふわしてるからまったくアテにならん」



 これまでに経験したリリス死亡の原因を思い出す。さすがに全部は覚えていないが、思い出せる限りで一番多かったのは戦争関係、その次が王宮での暗殺、あとは自業自得による処刑が一回と、後先を考えない発作的な自殺も一回。事故死も二回くらいあった気がする。それから、リヴェラには絶対に言えないことだが、ギルバートが直接手を下したこともあった。



「とにかく全方向から警戒ね。こうなったらリリスの周辺で起きるすべての事象を刺客と見なすわ」


「疑心暗鬼も甚だしいな……でもまあ、次の回帰で俺たちの命が消費される可能性を考えると、今世でどうにかしたいのは確かだ」



 今までは『リヴェラが死ぬくらいならリリスを消す』という物騒な精神のギルバートであったが、回帰の際に記憶保持者の命が消費されるということを知ってしまえば、もう安易にリリスを殺すことなどできはしない。次の犠牲者はリヴェラかもしれないのだ。


 二人は唸ったが、これ以上は努力でどうこうできる問題でもない。仕方がないので、とりあえずは来たる婚約発表の式典に集中することにした。

 そしてやはりと言うべきか、この式典も平穏無事というわけにはいかないのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ