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01. そして彼女は回帰する


 母国クーデルカの王都で、大規模な反乱が起きたらしい。

 とある伝手からそんな知らせを受け取った侯爵令嬢のリヴェラは、その日のうちに留学先である隣国から急遽母国へと帰還していた。しかし時すでに遅く、王宮が炎に包まれていく様を少し離れた丘の上から見下ろすハメになっている。


 深夜だと言うのに、燃え盛る炎のせいで眼下はひどく明るかった。おかげで美しいと評判のこの丘からの星空も、今日は霞んでいてあまり綺麗には見えない。

 焼け落ちていく王宮を眺めていたリヴェラの瞳に呆れの色が強く滲んだ。まったく、少し目を離しただけですぐこれだ。



「今世でもやらかしてくれたわね……」



 溜め息をついて、リヴェラは投げやりな気分で地面に仰向けに寝転がった。今夜のしょぼい星空も、このお粗末な結末には相応しい光景のように思えてくる。


 いつから燃えているのかは知らないが、王宮を包む火の勢いは今しばらく衰えそうにない。あれほど勢いよく燃え盛っているところを見るに、想定以上に火の回りが早かったのだろうと思う。

 つまり、往生際悪くあそこに留まっていた人間は、全員逃げ遅れたと見ていいだろう。そして逃げ遅れた者の中には、リヴェラの妹で王太子妃でもあるリリスも含まれているはずだった。


 だが、今さらそれを嘆くほどの純粋さも愛着も、リヴェラは持ち合わせてはいないのだった。

 なにしろ妹の死はすでに十回以上経験済みで、もはや「またか」という感想しか出てこない。


 そういえば、妹が死に戻りの能力を持っていることに気がついたのは、一体いつ頃だっただろう。確か二度目の回帰が終わる頃だったような気がする。

 そんなことを考えながら地面に仰向けに寝転がっていると、耳によく馴染んだ青年の声が「リヴェラ」と名前を呼んできた。声だけで誰か分かったが、一応リヴェラは目を開けた。



「おい、しっかりしろ。大丈夫か」


「……ごきげんよう、ギルバート。こんな凄惨な夜にこんな場所で会うなんて奇遇だわね」



 王太子ギルバート。今世ではリリスと結婚していたので、リヴェラから見れば義弟にあたる存在だ。

 しかし、繰り返される回帰の中で二人の関係性は二転三転していたため、表向きの関係とは釣り合わない程度にはお互いのことをよく知る間柄でもあった。ちなみに隣国にいたリヴェラに反乱の知らせを送って寄越してきたのも、他でもないギルバートだったりする。



「もう帰国していたのか。手紙を送ったのは二日前の晩だが」


「国境を越えるとはいえ距離的には近いもの。それよりやけに煤けているけど、さてはリリスを置いて一人で王宮から逃げ出してきたのかしら」



 遠慮のないリヴェラの指摘にギルバートは一瞬だけ目を見開く。しかしすぐにその端正な顔に歪んだ笑みが広がった。



「ああ。もう手遅れだったしな」



 燃え盛る王宮から一人で脱出したギルバート。それはつまり、妻のリリスを見捨てて逃げたということに他ならない。

 だがリヴェラにはそれを責める資格などなかった。ギルバートがリリスを見捨てたように、リヴェラもまたリリスを助けには行かなかったのだから。

 ここまで火が強くなる前ならば、その気があれば助けに行けたはずなのに。本当に助けられるかは五分として、それでも傍観することを決めたのはリヴェラである。


 妹が死なないように、リヴェラはこれまで様々な道を模索してきた。見聞を広めるために旅に出たり、王太子妃となった妹の行動を見張れるよう王宮メイドになってみたり、国同士の戦争になった時に備えて軍人になってみたり。ちなみに今世では隣国にある高等教育機関に留学して、王室付きの学者を目指しているところだった。

 けれど、いくら手を尽くしても毎度あっさり妹は死ぬ。変わるのはせいぜい死因と年齢くらい。こんなことを十回以上も繰り返していれば、さすがに嫌気が差してくる。助けに行くのを諦めるくらいには。リヴェラは気怠げに起き上がった。



「こんなことならリリスをあなたに任せっきりにするんじゃなかったわ。せっかくこの回帰を終わらせるための手がかりを見つけられそうだったのに、真偽を確かめる前にふりだしに戻されるなんて」


「留学の話が出た時に即座に自薦して俺にリリスを押し付けたのはお前だろうが。というか、収穫があったのか」



 ギルバートが意外そうな顔をする。リヴェラが隣国へと留学していたのは、王室付きの学者を目指す以外にも理由があったことを彼だけは知っていた。


 いくらリリスの死を回避したところで、寿命による死だけは回避しようがない。やはり回帰の原因を突き止めなければ根本的な解決にはならないのだ。

 しかし国内で手に入る情報はあらかた調べ尽くしてしまった以上、国外に目を向ける必要があった。ちょうどその時に留学の話が持ち上がったので、諸手を挙げて参加表明したのが今世での出来事である。


 それにしても、リリス関連でギルバートがアテにならないことは薄々分かってはいたが、いくらなんでも興味なさすぎやしないか。はるか昔はリリスを溺愛していたくせに、この変わりようはなんなんだ。リヴェラがギルバートに苦言を呈そうとした、その時。



「うっ」



 不意に視界が歪んだ。馬車酔いのような感覚を覚えて思わず呻く。

 まるで世界そのものが揺れているようにも思えるこの感覚には、嫌というほど覚えがあった。


 ――ああ、とうとう妹が死んだのか。


 世界が崩れゆく音がする。妹の死と共に世界が終わる。今度もまた。……リヴェラの今世もここまでだ。


 瞑目した。まったく、これで何度目の回帰だろう。何度繰り返せば終わるのだろう。

 妹が死ぬ度に世界は時間を巻き戻し、けれど妹本人の記憶はなぜか毎度きれいさっぱり消えている。そのため自分の身の危険にはいまいちピンとこないようで、いくら忠告しても毎度平気で地雷原を歩き回っては爆死する。本当、いい加減にして欲しい。


 とにかく、もうクタクタだった。休みたかった。永遠に目覚めることなく、眠りたかった。

 それなのに、世界は冷たい両腕でリヴェラを抱きしめて離してくれない。

 本当に呪われているのは妹なのか、自分なのか。……最近わからなくなってきた。



「――リラ」



 静かな声でギルバートがリヴェラを呼ぶ。久しぶりのその呼び名に、リヴェラは皮肉げな笑みを浮かべた。



「あなたにその呼び方を許可した覚えはないわよ。百年後に出直してきなさいな」



 明らかな拒絶。しかしギルバートは何も言わずに、地べたに座り込んでいたリヴェラをそっと膝の上に抱き上げて、慰めるように抱きしめてくれた。リヴェラよりも大きくて、世界よりもあたたかい腕。自分だって世界の揺れを感じているだろうに、そんな様子は微塵も見せない意地っ張りな王太子。

 彼に関しては思うところがいろいろとあるが、一人きりで迎える冷たい最期よりは幾分かマシだと思い直した。



「なんだか煙臭いわよ、ギルバート」


「……もうギルとは呼んでくれないのか」



 どこか拗ねたようなギルバートの声音に、しかしリヴェラは鼻で笑った。……自分が彼をギルと呼んでいたのは、もう随分と昔の話だ。



「『二度とその名で俺を呼ぶな』とか言っていたくせに、どういう風の吹き回しかしら」


「そんな昔のことをまだ根に持っているのかお前は……」



 自分に不利な話題を持ち出され、ギルバートは決まりの悪そうな顔をしつつも大人しく引き下がった。それでもリヴェラを抱きしめる腕の力は緩まない。


 奇妙な関係だなと、ぼんやり思う。

 今でこそリリスに辟易としているギルバートだが、回帰が始まったごく初期の頃は盲目的なまでにリリスに惚れ込んでいたのだ。そのため当時は婚約者であったリヴェラが「ギル」と愛称で呼ぼうものなら、汚物でも見るような目で睨まれたものである。その後の結婚生活も、じつに不幸なものであった。


 かつてリヴェラがギルバートに抱いていた恋心は、とうの昔に冷めている。そしてギルバートがリヴェラに心を寄せたことは一度もない。少なくとも、リヴェラが把握している限りでは。

 けれど、リリスによる死に戻りに付き合わされているうちに、二人の関係は悪友と呼べるようなものへと落ち着いていった。今となっては貴重な『記憶保持者』仲間だ。互いへの信頼もそれなりにある。こうして過去の因縁を単なる笑い話として口に出せるくらいには。



「また、次の世界で会おう」



 ギルバートがそう言ったのと、世界が崩壊したのとは、ほぼ同時だった。

 最後の瞬間に、ぎゅっと強く抱きしめられる。リヴェラは抵抗しなかった。そんな気力も失せていた。

 世界の終わりを彼と二人で迎えるのはこれで何度目だろうか。そう思っているうちに、リヴェラの意識は暗転した。


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