THE RICE THE BREAD AND THE UGLY
大理石のテーブルにろうそくの灯火。この洋室から華やかさは消えていた。
沼田は拳を握って机を叩きつけた。大理石にひびが入る。
「おい! 外はどうなってる!」
隣にいる部下がうつむきながら答える。
「今、3人と交戦中です……」
「まだ倒せんのか?」
部下はぶるぶると震える。
「お待ちください。ファーマー」
「まだ倒せんのか?」
「…………」
「まだ倒せんのか!」
沼田は鬼の形相で怒鳴った。怒鳴り声でろうそくの火が消える。この部屋は日光のみでかろうじて明るさを保っている。
部下は恐怖で言葉も出ない。
「ひっ……ひぃ……」
「奴らは手負いだろ?」
「はっはい……」
「いつ倒せる?」
「し、しばしお待ちを……」
「はぁ…………」
沼田は大きく溜息をついた。
「御託はいい」
「とにかく…………」
「殺せ! 殺せ! 殺せええぇぇぇぇ!」
「ひぃーーーーー!」
部下は声を上げながら外に飛び出した。沼田は足をばたつかせる。イライラするのも当然だ。彼は自分が従える最強の米農家達を失い、挙げ句の果てにはトラクターまで破壊された。
ドガ! ドガ! ドガァーーン!
荒々しい銃声がはっきりと聞こえた。
「銃声がこんなに近く……」
沼田の怒りは最高頂に達した。テーブルの上に散らかった皿やグラスをなぎはらって床に落とす。すぐに怒鳴り声を上げた。
3人は沼田家のすぐ近くにいた。今までにない銃撃戦だ。豪邸から米農家達が溢れ出てくる。3人は、時には散らばり、時には連携することで米農家達を撹乱し、倒していった。
「こいつらどんどん増えてくるぞ!」
米俵を遮蔽物にして撃ち合いながら、ダーティーパッチは叫んだ。
街角からブレッドガイが飛び出した。デザートイーグルの破壊力を前に、米農家達は情け無く転がり回るしかない。ブレッドガイは連射を続ける。パン屋の彼にとって、デザートイーグルの反動など大したことではない。
ダーティーパッチも必死に援護する。リボルバーにも関わらず、彼は遠くの敵も確実に撃ち抜いた。窓からライフルを構える米農家までも倒した。かつて彼に右目があった頃、地球の裏側まで狙えたという話は、ひょっとすると本当かもしれない。
米農家達を一掃し、ブレッドガイは呟いた。
「こんなものを戦いとは呼ばない。単なる農作業だ」
「どこかで聞いた台詞だな」
後ろからゆったりと歩きながらやって来たのは名無しだ。彼は呑気に煙草を吸う。ブレッドガイが問う。
「後ろの様子はどうだった?」
「あんたらと同じさ。単なる農作業だ」
相変わらず名無しは淡々と答える。ダーティパッチは首をかしげる。
「かなりの数に囲まれてたはずだ。後ろの奴ら、みんな倒しちまったのか?」
名無しは煙を吐く。
「言ったろ? ただの農作業だ」
名無しの左手には包帯がぐるぐると巻かれている。それにも関わらず、彼の早撃ちは健在だ。2人が背後から撃たれなかったのは、その早撃ちのおかげだ。
「さぁて。沼田家当主、沼田隼輔様に挨拶といくか」
名無しは2、3歩進んで立ち止まる。ゆっくりとリボルバーを構える。狙いを合わせて引き金を引く。
バギャイーーーン!
カーンと鐘が鳴り響く。鐘の音は沼田の脳内に、嫌と言う程3人の来訪を叩きつける。
部下が部屋に入ってきて、沼田に耳打ちする。
「ファーマー。裏口からお逃げください」
沼田は首を横に振る。
「いや、ここで決着を着ける」
「最後の切り札、俺のライフルがまだ残っている」
沼田はまだ自信ありげだった。部下が使えないのなら、自分で殺ればいい。簡単なことだ。
名無しはゲート前で沼田を呼ぶ。
「沼田! 姿を見せろ! 決着を着けよう!」
辺りは異様に静かだ。沼田から反応はない。
名無しは煙草を捨てる。真剣な表情で大きく息を吸った。
「いいかよく聞け……俺の名を教えてやる」
ブレッドガイとダーティーパッチは名無しを注視する。沼田も注意深く耳を立てた。名無しはその名を名乗り始める。
「俺の名は神米誠!」
その名を聞いてブレッドガイとダーティパッチはビクッとする。沼田は震え始めた。名無しは続けた。
「この名に聞き覚えがあるだろ? お前ら沼田家が皆殺しにした神米家の三男だ。姉の仇を取りに、この地に来た! 沼田隼輔! 決着をつけよう!」
沼田の震えは激しくなる。神米家……トラウマが蘇る。全部殺したはずなのに。嫌な思い出が蘇る。思い出したくない奴が脳裏に迫ってくる。
次にブレッドガイが話し出した。
「俺の名はブレッドガイでも、ましてやライスキラーでもない……俺の名は神米清龍! 妹の仇を取りにやって来た!」
その名を聞いて名無しはブレッドガイの方を向く。彼は名無しの顔を見つめる。
「パン屋の養子になって、米農家であることを隠してきた。まさかお前が……弟だったとはな」
名無しは言葉が出なかった。一方、沼田は頭を抱える。思い出したくない記憶が、脳内を駆け巡る。
最後に、ダーティーパッチが豪邸に向かって沼田を呼ぶ。名無しとブレッドガイはお前もかと驚く。
「沼田! 聞こえてんだろ!
俺は神米家の長男、神米飯勝! この時のために俺はこの村で待っていた。お前に復讐する時を待っていた……」
「長かったぜ」
名無しは思わずため息をつく。
「まさか、あんたら2人が俺の兄さんだとはな」
ブレッドガイは頷く。
「幼い頃だから忘れていたが、確かに面影はある。よく生きていたな。兄弟」
ダーティーパッチは大笑いする。
「ハーハッハ! なにはともあれ、俺達3兄弟は揃って復讐しに来たってわけだ」
ブレッドガイは2人の顔を見て、
「最初から……俺達は共に闘う運命だったんだな」
名無しは沼田家のゲートを蹴破る。
「そうみたいだな」
3人は揃って沼田家の敷地に入った。
沼田隼輔は部下に告げた。
「最後の命令だ……時間を稼げ」
そう言ってドアを開け、
「俺には行く所がある」
そのまま裏口に向かって行った。先程とは異なる言動に部下達は困惑しつつも、3人を迎え撃つため武器を持つ。
3人はドアを蹴破って豪邸の中に入る。ショットガンを持った米農家が待ち構えていたが、話にならない。一瞬で片付ける。
3人は散らばって豪邸を探索する。米農家を撃ち殺し、華やかな部屋を血に染める。
「沼田! どこだ? 俺達を殺したいんだろ?」
ブレッドガイは舌打ちする。
「チッ……奴め。逃げたのかもしれん」
名無しは否定した。
「奴は逃げない」
「なぜ分かる?」
「奴には行く所がある」
名無しは外に出た。2人も後に続く。
「どこに行くつもりだ!」
名無しはゆっくりと空を見上げて答える。
「姉さんのとこさ」