Chapter7 百姓大作戦
もうとっくに7時を過ぎるのに村人は誰も朝食をとらない。爆発音、銃声、断末魔、こんなものを聞いていたら飯がまずくなるからだ。
ダーティーパッチはリボルバーを二丁構えながら高笑いした。
「二丁拳銃! やってみたかったのさ! カッくいいだろ!」
容赦なく連射に連射を重ねる。黒の米農家達は勢いよく倒れ、もがき苦しむ。
ブレッドガイがダーティーパッチに手を振って叫ぶ。
「パッチマン! 弾をよこしてくれ!」
「ほらよ!」
ダーティーパッチは弾を投げる。ブレッドガイが弾を受け取ろうとした瞬間、黒の米農家が背後まで詰めてきた。弾のない敵を狙うのは常識だ。
「死ねぇーー!」
ブレッドガイは笑った。
「新米だな」
ブレッドガイはそう言って、紳士服の胸から何かを取り出し、素早く投げた。
「うっ……うぐぐぐ」
黒の米農家は血塗れの首を抑えながら倒れた。首に突き刺さっているのは投げナイフだ!
「おーおっかねぇ」
ダーティーパッチは首をさすってそう言った。
「後ろだ!」
ブレッドガイの声を聞いてダーティーパッチは振り返って引き金を引いた。間一髪助かったが、すぐそこまで敵が来ていた。奴らも当然屋根に上ってくる。油断はできない。
その頃、名無しの残弾数も残りわずかになった。ダーティーパッチに頼めば弾をもらえるが、なぜか抵抗感があった。
敵が迫って来た。当然早撃ちで蹴散らす。しかし、弾が尽きてしまった。名無しは焦りを感じた。
その時、目前に弾の入った箱が落ちてきた。名無しは振り返る。
そこには、親指を立ててグッドサインをとるダーティーパッチの姿があった。名無しは無言で弾を拾った。
「どうやら俺は、まだ子供のままだったらしい」
一刻を争うというのに、名無しは助けを乞わなかった。貸しを作りたくないという子供じみた理由で。そんな自分を見つめ直したのか、名無しは小声でそう言った。
激しい銃撃戦は続いた。肥料ばかりが増えていく。
そんな銃撃戦に転機が訪れた。
銃声や断末魔をかき消すほどのおぞましい轟音が聞こえてきた。名無しとブレッドガイは困惑した。
「なんの音だ?」
「怪獣でも来たのか?」
一方、ダーティーパッチは震えていた。
「まさか……村だぞ……ここで……動かすのか……」
「パッチマン! なんの音だ?」
ブレッドガイが問うも、ダーティーパッチは震えたままだ。
「おいパッチマン! しっかりしろ!」
「あっ! あぁ……」
ダーティーパッチは正気を取り戻した。
「この音は……農業トラクターだ。対人用の……」
「にわかには信じがたい。農業トラクターなんていくらでもある」
ダーティーパッチは首を横に振った。
「違う。違う。あれは別だ! もうじき姿を現すはずだ。よく見ていてくれ」
気付けば、黒の米農家達の姿は見当たらなくなっていた。大勢いたのに、みんなどこへ行ってしまったのだろうか。
轟音がどんどん近づいてくる。東から奴の姿が見えた。まるで太陽に引っ張られてきたかのようだ。
「あ、あれが……トラクターだって言いたいのか」
ブレッドガイはトラクターのあまりの大きさに仰天する。
「高さ20メートル、長さ30メートル、幅は18メートル、ざっとこんなとこだ。重さは200トン以上あると聞いたぜ」
ダーティーパッチの話を聞きながら、名無しは煙草を吸い始めた。話が終わると煙を吐き、呟いた。
「もっとでかい田んぼが必要だ」
村には家々が並ぶ。もちろん人も住んでいる。それでも農業トラクターはお構いなしだ。家屋を潰してでも敵を耕すのが奴流の農業だ。
もちろん村人は一斉に家を飛び出し、あれよあれよと逃げていく。ダーティーパッチとブレッドガイは動揺し、あちこちを見渡す。名無しは全く動じず手を上げた。2人の目が名無しの手に止まる。
「パッチ、ダイナマイトは後何本だ?」
ダーティーパッチは屋根に残った武器を漁る。
「後3本だ。まさか、こいつであの怪物を倒そうって言い出すんじゃねえよな?」
「1人1本だな」
どうやら名無しは本気のようだ。ダーティーパッチは大きなため息をついて、
「はぁーー」
「とんでもねえ馬鹿がいたもんだ。なあ、ブレッドガイさんよぉ」
ブレッドガイは顎に手をあてて考え始めた。呑気に煙草を吸う名無しに問いかける。
「何か作戦はあるのか?」
名無しは黙って頷いた。
ダーティーパッチは呆れ果てる。
「お前ら正気か?」
ブレッドガイは答える。
「臆病者は来なくてもいい! 足を引っ張るだけだ」
ダーティーパッチはムキになった。
「臆病者? 臆病者だと? この俺に臆病者と言いやがったな! 見とけよパン屋。俺はやるぜ。あんなのすぐにスクラップにしてやる!」
ブレッドガイは笑う。
「そうだ! それでこそ眼帯男だ!」
トラクターは進み続ける。
電柱が倒れて火花を散らし、次々と家が巨大なタイヤに潰され、跡形もなく崩れていく。
3人はトラクターの死角になるよう狭い路地を進む。
「気を付けろよ。トラクターには5台の機関銃、後ろには対空用ミサイルが2本設置されている。おまけに、正面のヘッドライトは偽物だ。正体は主砲。榴弾を撃ってくるぞ」
「完全武装だな」
「それにしても、よくこんな情報を集めたな」
「なあに、伊達に長くここの住民をやってるわけじゃない」
3人は路地からゆっくりと顔を出した。巨大なトラクターがすぐそこにいた。名無しが2人に告げる。
「作戦開始だ。沼田に一泡吹かせてやろう」
2人は頷いた。ブレッドガイはデザートイーグルを取り出した。
「行ってくる」
そう言ってブレッドガイは飛び出した。
走りながらデザートイーグルを構え、照準をトラクターのタイヤに合わせる。
「頼んだぞ。相棒!」
ブレッドガイは引き金を引いた。デザートイーグルの弾がタイヤに命中する。しかし、タイヤには傷一つつかない。
「クソっ……」
ブレッドガイは連射するが、全く効果がない。
次は向こうの番だ。機関銃がブレッドガイを襲う。ブレッドガイは急いで八百屋に飛び込んだ。攻撃は止まず、野菜や果物が飛び散る。
名無しとダーティーパッチはトラクターの後ろに回り込んだ。名無しは左、ダーティーパッチは右に走ってトラクターの側面を狙う。
機関銃に気付かれる前に2人はダイナマイトを投げ込んだ。ダイナマイトは本体とミサイルの間に綺麗に挟まり、ドカァン! と爆発した。もちろんミサイルにも引火し、再び爆発した。衝撃波が2人を襲う。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!」
辺り一面に砂が舞い上がる。2人はゴロゴロと転がった。うつ伏せになりながら、顔を見上げる。そこには黒煙を上げるトラクターがいた。後輪は破れ、もう動くことはできないだろう。
「やった! やったぞぉーー! ざまあまろ!」
ダーティーパッチは起き上がると万歳して叫んだ。名無しは無言で顔についた砂を払い、八百屋の方を向く。囮になったブレッドガイがいるはずだ。彼が機関銃の弾を浴びていないか心配だ。
と思ったのも束の間。
バゴォン! と荒々しい発砲音。八百屋が木っ端微塵に吹き飛んだ。 榴弾だ! 崩れた八百屋から火の手が上がり、周辺の建物に燃え移っていく。
「ブレッドガイ!」
名無しは思わず叫ぶ。しかし、他人の心配ばかりしてはいられない。機関銃はまだ動くのだ。
「ギャアアアア!」
激しい銃声が響き、男が叫び声を上げる。ダーティーパッチが撃たれたのだ! 彼は血を噴き上げながら倒れた。
「パッチ!」
名無しはトラクターを睨む。機関銃は名無しを狙っていた。絶体絶命とはまさにこのこと。