Chapter6 米とパン、朝ごはんの決闘
「お、お前は……」
名無しの目にはうっすらと眼帯男の笑みが映っている。眼帯男は下品な笑い声を上げながら力を強める。名無しは声も出ず、呼吸しようともがくが、砂ばかり吸い込んでしまう。
「間抜けな面だなぁー。クソ農家。俺を裏切った罰だ。たっぷりお礼してやる」
ダーティーパッチは腕を引き上げる。名無しは必死にもがくが、苦しさが増すだけだ。
「ハーハッハ! 安心しな。お前が肥料になることはない。この後お前は犬の餌になるんだからな!」
ダーティーパッチは笑いが止まらない。かなりの大声だ。
「おっとぉ……」
ダーティーパッチは黒の米農家達が不審そうに辺りを見渡しているのを見て冷静さを取り戻した。
もしかしたら笑い声が聞こえてしまったのかもしれない。ダーティーパッチは緊迫した表情で追っ手を凝視した。
もちろん、その隙を名無しは逃さなかった。瞬時にリボルバーを取り出し、首元の鞭に1発当てた。鞭はズルズルと落ちていき、名無しは久しぶりに空気を吸った。一瞬ではあるが、心が落ち着いた。
だが、落ち着いてはいられない。銃声を聞いたヨネが笛を鳴らした。ピィーーッという音が村中を駆け巡り、黒の米農家達が血眼になって馬を走らせた。
名無しはすぐに起き上がり、動揺するダーティーパッチの鼻、右こめかみに左チョップを食らわせてやった。ダーティーパッチはふらついた。
名無しは鼻を抑えて痛がるダーティーパッチを置いて路地の奥へと走った。
すぐに、背後から銃声が聞こえた。ダーティーパッチが撃たれたのか。彼の悪運はもう尽きたのだろう。
狭く物騒な路地を走る名無しの背後には、もう追っ手が迫っている。名無しは後ろに向けて発砲しながら走った。当然向こうからも発砲が来て、ゴミ箱やら看板やらに命中した。
名無しは、木のように仁王立ちする電柱に身を隠して撃ち返す。2、3人倒したかもしれないが、敵は全く減らない。むしろ増えていく。
全員相手にするのをやめ、名無しはすぐに路地を抜けた。しかし、既に黒の米農家達が待ち伏せしており、もはや逃げ場がなかった。もちろん後ろからも来ている。袋の鼠とはこのことだ。
名無しは渋々両手を上げた。
2人が馬から降りて名無しの元に歩み寄った。ヨネとブレッドガイだ。
ヨネは笑みを浮かべているが、内心不満足なようだ。
「期待外れだ。こんなものを戦いとは呼ばない。単なる農作業だ」
ヨネはブレッドガイの方を向いて言った。
「ねえ、ブレッドガイ……いや、ライスキラーと呼ぼうか」
ライスキラーと聞いて、ブレッドガイはビクッとする。ヨネは話を続ける。
「ライスキラーのデザートイーグルは、数多の米農家達の胸に穴を空け、その腕で右に出る者はいないと聞く。その話はそこにいる『名無し』も例外ではないのだろう?」
ブレッドガイはデザートイーグルを取り出した。
「当然だ。全ての米農家を殺すのが俺の宿命だ。沼田も貴様も、もちろんこの男も含めて全員だ」
ヨネは笑みを浮かべながら、名無しにも問う。
「お前はどうだ? お前の農具さばき、何人殺した? 沼田家の百戦錬磨の米農家達が次々と肥料にされた。ならライスキラーは……」
名無しは話を遮って、
「勝つさ。働き者のきれいな手を持たないパン屋に負ける米農家はいない」
その言葉を聞いたブレッドガイは言い返す。
「そんな米農家達が俺に殺されてきたんだ。働き者のきれいな手が無くたって、米農家を殺すことなど造作でもない」
両手を上げたまま、不気味にも名無しは笑い出した。
「なにがおかしい?」
ブレッドガイの目に名無しの手のひらが映る。その手は分厚く、マメがいくつもできていて石のようにゴツゴツしている。
「ライスキラーだっけ? あんたはなにも分かってねえ。お前が殺してきた米農家はみんな紛い物だ」
「出鱈目を……」
ブレッドガイは、まるで名無しの手が自分の両目に張り付くような感覚を覚えた。
紛れもない「働き者のきれいな手」がそこにあった。
「出鱈目じゃない。沼田の米農家達は、みんな田植えのやり方もなってない。そんな奴らを米農家とは呼ばない。プライドが高いだけのエセブランド野郎だ」
ブレッドガイは怒鳴った。
「その手を下げろ! リボルバーに弾を込めろ!」
名無しはわざと手を下げず焦らした。ブレッドガイは腹を立てた。
「その手を俺に見せるな! さっさと弾を込めろ!」
ヨネが2人の間に立ち、ヨネと名無しとブレッドガイを結んだ三角形が出来ていた。その三角形を黒の米農家達が円になって囲む。
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ヨネは非常に興奮していた。
名無しはゆっくりと弾を込める。次に腰のガンホルダーにリボルバーをしまう。
ブレッドガイも同じようにデザートイーグルをしまった。
ヨネは目をキョロキョロと動かし、2人の手や顔を見るのに忙しい。
名無しとブレッドガイは見つめ合った。
小鳥もさえずらないほど静かな朝だ。
今までにない相手との決闘だ。
右手をゆっくりとガンホルダーに伸ばし、汗をかく。互いの緊張が目を通じて伝わってきた。
2人が銃を抜いた。
素早く撃鉄を起こして引き金を引く。
バゴォン! バギャーン! という音が同時に鳴り、爆発音のようにして村に響いた。
「アアァッ! うっううう…………」
静寂を破って、小鳥達がさえずり始めた。
ぶるぶると震えながら奴が崩れていく。もう起き上がることはない。二丁の農具は、確実にヨネの胴体を捉えた。あまりにもあっけない。
「な、何の真似だぁ!」
黒の米農家達は、一斉に銃を構えた。
ブレッドガイは言った。
「まずは紛い物の掃除からだ。なぁ、名無しさんよぉ!」
「その通りだ。決着はそれからだ」
黒の米農家達は激怒した。
「ほざけぇ!」
「グハァ!」
何者かの発砲により数人倒れた。民家の屋根の上からだ。
「よお! たんとお食べ!」
そこにいたのはダーティーパッチ。彼は何かを投げた。黒の米農家達はその投擲物を見て叫んだ。
「ダイナマイトだ! 伏せろおぉぉぉぉ!」
派手に爆発した。派手に。馬は逃げ惑い、何人かの米農家達は吹き飛んだ。
2人は走りながら撃つ。弾幕をかいくぐりながら。名無しの早撃ち、ブレッドガイの正確な射撃は黒の米農家達を次々と肥料に変えていく。
次々と援軍が集まる。黒の米農家達の数は計り知れない。名無しは電柱に、ブレッドガイは民家と民家の隙間に隠れ、集まる米農家達と銃弾を交わす。
ダーティーパッチはさらにダイナマイトを投げた。田植えダムから盗んだ物を屋根に隠していたのだ。
「へっへへ。こいつはどうだ?」
屋根には沢山の武器が置かれている。ダーティーパッチはファマスという名のアサルトライフルを選んだ。
「くらええええええ!」
悪魔のように笑い、眼帯男は乱射する。けたたましい銃声の連続。黒の米農家達はのたうち回り、断末魔をあげるのだ。
これぞまさに銃声協奏曲!