Chapter5 集結!血に飢えた米農家
日が沈み、銃米村に深い闇が訪れた今宵……奴らがやって来た。漆黒の馬に乗った黒服の米農家達が群になって駆けてくる。傍から見ると幽霊軍団のようだ。
過酷な農作業に疲れ、床についていた村人達は馬群の音に叩き起こされ、不安そうな顔で窓から外を眺めていた。
幽霊軍団は馬に鞭を入れ、トップスピードで彼らの主である沼田家の元へ向かっている。闇夜に荒々しく存在感を露わにする辺り幽霊というよりむしろ……いや、どの喩えもしっくりこない。なぜなら奴らは唯一無二の存在、米農家だからである。
沼田家の門が開き、漆黒の米農家達が雪崩れ込んでくる。奴らは主を前に跪くことも、整列することもしなかった。
発砲! 発砲! 発砲!
そう、発砲である。日本人とは思えないほどに礼節を欠いた奴らは、馬上から荒々しくリボルバーやらの農具を夜空に向けしつこく発砲した。弾が沼田家の鐘に当たり、夜の村に大きな音が響く。
ウェスタン装束を身に纏った沼田が玄関から出て来た。米農家はパジャマを着ない。当然風呂にも入らない。いつでも農業態勢だ。
黒い米農家が1人馬から降り、荒々しさを感じないフォーマルな様子で沼田に近づいて来た。沼田はじっと奴を睨む。まるで決闘のようだ。
暫くすると奴はニヤッと笑い、なんの前触れもなく突然リボルバーを抜いた! 沼田も合わせてライフルを抜く。
パァン! と発砲音がし、黒い米農家のリボルバーが吹き飛ばされた。やはり沼田のライフルはずば抜けて強い。
リボルバーを飛ばされた米農家は、銃を握っていた右手をブルブルと震わせた後、バッと勢いよく顔面に当てて笑い出した。沼田は全く笑わない。
笑いながら奴は沼田の元に歩み寄る。
「昔程じゃないが、達人級の腕だな……愛するリボルバーちゃんが吹き飛んじまったぜ」
沼田は無表情でライフルのレバーを起こす。今にも相手の額を撃ち抜きそうだ。
「どちらが上か、分かってねえようだなあ。ヨネ」
ヨネと呼ばれた黒の米農家は、ニヤッと笑う。
パァン! と再び銃声が鳴る。
黒い帽子が宙に舞った。
沼田は素早く連射した。まるで帽子が踊っているかのようだ。
漆黒から露わになったその顔は、紛れもなく女であった。米農家とは思えない華奢な顔立ちだ。
彼女は全く怯まなかった。むしろ楽しんでいるようにも思えてしまう。
「上? いつの時代も、私はあんたの下になった覚えはない。あくまでビジネスパートナーだ」
「ビジネスにしては挨拶が派手すぎやしないか?」
ヨネは帽子を拾い、砂を払いながら、
「ウチは名刺交換なんてしないのさ。交換するのは命だけでいい」
彼女は、まるで好敵手に向けるような目を沼田に向けた。
「で、私達を呼んだということは、相当な相手と殺り合ってるようだな。次は自衛隊でも狩るつもりかい?」
沼田は首を横に振る。
「自衛隊より手強い相手だ」
ヨネは何かを察して、
「つまり相手は米農家……」
日本には「米農家最強」という諺が古くから伝わっている。例えば、戦国武将の豊臣秀吉という人物が元米農家だったという話は有名であろう。田植えや稲刈りで鍛えた彼の人間離れした肉体に惚れ込んだ織田信長は、尊敬の念を込めて彼を「猿」と呼んだ。
当然、ヨネが自衛隊より手強い相手と聞いて思い浮かぶのは米農家だ。
「人数は?」
「2人だ」
周りで聞いていた黒の米農家達は笑い始めた。笑い声を聞いたヨネは舌打ちして怒鳴った。
「静かにしな! あたしは仕事の話をしてるんだ!」
一瞬で夜に静寂が戻った。
ヨネが怒鳴るのも当然だ。相手は米農家。自分が米農家だからといって油断するようではいけないのだ。
沼田は話を続ける。
「標的は名無しの米農家とダーティーパッチという臭い眼帯野郎だ。2人とも早撃ちの腕が尋常じゃない。手を抜けば全員死ぬだろうな。ブレッドガイという男を連れていけ。奴は標的と顔見知りだし腕も立つ」
ヨネは指をパキパキと鳴らし、
「その2人を耕せばいいのね?」
「そうだ。肥料にして持ってこい」
ヨネは仲間達の元に歩み、
「日の出と共に出発」
小声でそう言い、それを聞いた数人が大声で叫んだ。
「日の出と共に出発だぁぁ!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
村中に響くような声だった。この雄叫びは村に潜む敵に対する死の宣告でもあるのだ。
その晩、名無しは宿にいた。
与えられた部屋は4畳の畳の部屋。いかにも質素な空間で、照明も天井にぶら下がった古い白熱電球1個のみ。目立つ物といえば襖にある、
「なんじてんぷらをよめ」と墨で書かれた雑な落書きのみ。
もちろん、こんな所で大人しく寝ている名無しではない。米農家たる者、農具の点検は欠かさない。カチカチと無言でパーツをいじり、ガンオイルの湿った布で丁寧に拭く。
次は弾の装填。シリンダーに弾を入れる時、米農家は愛を込める。そして、シリンダーを綺麗に回す。これが回らなければ早撃ちはできない。名無しは無表情だが、農具に対する情熱は常に心の中にある。それは農作業時のみではない。
次はもちろん……
襖が勢いよく開いた! 銃を持った男が3人入って来た。尾行されていたのだ。
「死ねやぁ! 池田の仇ぃーー!」
ズダ! ズダ! ズドォーーン!
いつにも増して勢いよくシリンダーが回る。撃鉄がまるでピアノのハンマーのように弾む弾む弾む。
朝が来た。時間が経ったから朝が来た。
ヨネは夜と変わらず全身黒に身を纏う。
黒の米農家達は暗殺者ではない。夜の影に潜む黒ではない。快晴の日に踊る、目立つ黒なのだ。つまり、敵に自分の姿を見せ、派手に撃ち合いたいのだ。
ヨネが漆黒の馬にまたがり、部下も続く。遅れてブレッドガイも馬に乗った。馬はまだ走らない。ヨネは日の出と同時に駆けたいのだ。
黒の米農家達がブレッドガイを冷やかした。
「おい見ろよ。パン屋さんが馬に乗ってんぞ」
「米農家でもない奴に馬は早過ぎなんじゃねぇか?」
クスクスと笑っている。米農家が嫌いなブレッドガイは腹を立てて、鬼のような目つきで奴らを睨んだ。それでも1人は笑い続け、さらにブレッドガイを馬鹿にした。
「なんだよパン屋。泣きたきゃ泣いてもいいんだぜ。すぐにママが助けに来るぜえ」
ブレッドガイは無言で睨み続ける。
「フッフフフ。俺を見つめたって、パン屋の目なんて怖かねえぜ」
ブレッドガイはニヤッと笑みを浮かべ、
「俺が睨んだのはお前じゃない」
「はぁ?」
男はきょとんとした。
「じゃあなんだってんだ!」
ブレッドガイは指を差して、
「馬だ」
「ヒヒィィィィィーーーーーン!」
突然、男の馬が暴れ始めた。漆黒の巨体は何度も何度も飛び上がり、体を大きく煽る。
周りの米農家達も動揺する。
「あ、あいつの馬。どうして?」
馬は言うことを聞かず、男は振り回された。
「ぐっ。うお! うわぁぁぁあーー!」
男は馬にしがみつき、とっさに銃口を馬の脳天に向ける。馬を殺して難を逃れようと思ったのだ。
「この駄馬めぇーーー!」
男はなんとか発砲したが、激しい揺れのせいか外してしまった。さらに、反動を制御できなかったためか銃を落としてしまう。
「あっああ! ぐわぁぁぁぁあ!」
そのまま男は落馬し、頭を地面に強打し即死した。
黒の米農家達の表情が変わった。ブレッドガイに対する目は畏怖の目だ。しかし、部下が死んだにも関わらずヨネは笑っていた。
「一体どんなトリックを使ったんだい?」
ブレッドガイは首を横に振り、
「俺はなにも。ただ……」
ブレッドガイは肥料になった男に目を向け、
「米農家に馬の扱いが早過ぎただけだ」
軽くそう言って、自分の馬の頭を軽く撫でた。
ヨネは顔の向きを変え、東を凝視した。
日の出だ。ヨネは馬に鞭を打った。
「兄弟。ビジネスの時間だ」
黒の米農家達は群を成して馬を走らせた。そろそろラジオ体操の時間だが、村人の姿がない。彼らは馬に轢かれるのを恐れて外に出ていないのだ。
黒の米農家達は、昨晩名無しが泊まった宿に群がり、一瞬で包囲した。宿に押しかけて宿泊客や仲居を外に引きずり出した。
しかし、宿に名無しはいなかった。彼は危険を察して宿から離れた路地に身を隠し、双眼鏡で様子を見ていた。
宿から引きずり出された人々の顔をブレッドガイは1人ずつ確認する。怯えて顔を見せない宿泊客に、ブレッドガイは容赦なく銃口を向けた。
「顔を見せろ。俺が情けをかけるのは酵母菌だけだ」
宿泊客は震えながら顔を見せた。今にも泣きそうだ。ブレッドガイは顔を確認すると銃をしまい、次の客の顔を確認した。
ブレッドガイの姿を見た名無しは驚いた。
(ブレッドガイ。まさか奴らと一緒とは……)
名無しは静かに宿の様子を観察し、作戦を考えていた。村人が誰も出歩いていない以上、自分が見つかるのは時間の問題だ。かといって真っ向勝負をしかけるのも得策ではないだろう。
「ようクソ農家! 鞭は好きかい?」
「!?」
背中に激痛が走る。次は首だ。名無しは鞭で首を絞められている。背中に奴の足が乗る。前向きに倒れ、口の中に砂が入った。首を絞める力もだんだん強くなる。
「お、お前は……」
悪魔のような笑みをした眼帯の男がそこにいた。
そう。ダーティーパッチである。