Chapter2 米殺しの策略
ようやく名無しは村に到着し、商店を眺めながら道を歩く。賑やかだが田舎に変わりない。水路にカワセミが止まっている。名無しは男達が何か作業しているのを見つける。どうやら棺桶を作っているようだ。
「精が出るな」
名無しに気づいた爺さんは笑う。
「たまったもんじゃねえやい。沼田が神米のお方を皆殺しにし、ここを支配してから毎日人が死んで棺桶が足りないのですわ」
そう言って金槌で釘を懸命に打ちながら笑いながらも少ししょんぼりした声で、
「今日は8人処刑されちまった……」
「物騒だな」
「へっ。8人なんて少ないもんですよ。まだ棺桶を待っている死者が大勢だ」
「頑張れよ。失礼した」
「テメエも棺桶に入らねえようにな若いの」
名無しはブラブラと歩き続け酒場を見つけた。軽トラが駐車してある。気になって名無しは酒場に入る。
中は大勢が日本酒を飲んでいて賑わっている。入り口のすぐ右手に、右目に眼帯を付けた男がペチャクチャと汚く肉を食っていた。店には日本刀や手裏剣、火縄銃などが飾られている。
名無しはカウンター席に座ってマスターに、
「とりあえず生で」
しかしマスターは首を横に振る。
「すいません。ウチは飲み物、玄米茶と日本酒しか出していないんです」
「どういうことだ?」
「沼田が許さないんです。麦やブドウを使った酒を。子供なんて甘酒しか許されていません」
「つまりガキはタピオカやバナナジュースを飲めないってことか」
「もちろんです。甘酒のみです」
名無しの左隣に座っている紳士服に黒い帽子を被った男が右手を上げる。
「水はないか?」
「み、水ですか?」
「米を潰した液体など飲めるか。水だ」
男が不満気に言い、マスターが水を置く。次は名無しが手を上げる。
「日本酒を頼む」
マスターが日本酒を置く。隣の男は名無しに話しかける。
「お前、ここの米農家か?」
「米農家だがこの地の奴らとは違う。アンタは? 見たところ米農家には見えんが」
男はニヤッと笑って、
「俺は米殺しブレッドガイ。賞金稼ぎさ」
ブレッドガイは手を差し出す。名無しは応え、握手する。
「素性を見ず知らずの俺にバラしていいのか?」
ブレッドガイは水を飲んで、
「アンタの手。働き者の綺麗な手だ。沼田家にこの手を持っている奴はいない」
「いい目をしているな。この手を作るために地獄のような田植え、稲刈りを繰り返したものだ。この手は努力の結晶。米農家の宝だ……そういや後ろが騒がしいな」
2人は後ろを振り返る。
入り口付近で右目に眼帯を付けた小太りな髭面の男が3人に絡まれていた。3人は黒スーツを着ている。おそらく米農家ではない。借金取り。1人が机を蹴り飛ばす。コップと皿が割れ、肉と酒が飛び散る。眼帯男は慌てふためく。
「お、おう久しぶりだな紳士達。こっちが山田さん。こっちが佐藤さん。そしてこっちが……なんだったっけな? ええと……」
借金取りは拳銃を取り出して、
「話を逸らすな。とりあえず死んでもらう」
眼帯男は手を合わせて目を瞑り必死になって、
「待ってくれ。金なら必ず返す。返済日はまだだろ?」
借金取りは鬼のような顔で怒鳴る。
「その話じゃねえ! 先月テメエはウチの後輩を襲った。そこでテメエはいくら盗んだか覚えているだろ?」
眼帯男は頭をポカンとさせる。
「はてなんのことやら」
「とぼけるな! 盗んだ60万キッチリ返せ。今ないならATMまで行くぞ!」
「そ、そんなあ。たかが60万だろ? 許してくれ」
生意気な態度に借金取りは激怒している。
「そのたかが60万を盗ったのはテメエだ。殺すぞ」
眼帯男はみっともなく土下座しだす。
「すまねえ。金ならもうトラクター賭博で使っちまった。返せねえ。頼むよ」
借金取りは土下座する眼帯男の頭にツバを吐き、
「金が返せねえなら死ぬまで『田植えダム』で働いてもらう。60万なら作れるだろう」
眼帯男は田植えダムと聞いて必死にわめく。
「そ、それだけはやめてくれ! 死んじまう。嫌だ。田植えダムだけは嫌だ。うっうっぐ。ひっく……」
借金取りはニヤリと笑う。
「よし、立て! それだけ吠える元気があるなら働けるはずだ。今から行くぞ」
眼帯男は泣き出した。
「うっうう。嫌だ。頼む。少額だが金ならある。コイツを受け取って今日は勘弁してくれ」
「ん?」
眼帯男は胸から札束を一気にばら撒く。札束が宙を舞い、借金取りは少し上を見上げる。
「おい。なんの真似だ? うぎゃあ!」
バゴォン! バゴォン! バギュイーーーン!
隙を狙った汚い早撃ちが借金取りを皆殺し。眼帯男はゲラゲラ笑いながらリボルバーをしまう。死体の胸から財布を漁る。指をぺろっと舐め中から札を抜き取り枚数を数える。どうでもいいのか小銭は盗らない。
「ゲハハハハハ。どれどれ……チッ、4万しか入ってねえや。これじゃババアも抱けねえ」
眼帯男は辺りを見渡して番犬のような顔で、
「おい! 見せもんじゃねえぞ」
と周囲を脅し、ほとんどが目を逸らす。そんな中、眼帯男とブレッドガイの目が合った。
「なんだ黒い服。文句あんのか?」
ブレッドガイは微笑んで、
「見事な早撃ちだった」
褒められて眼帯男はゲラゲラ笑い出す。
「おうよ! 至近距離だから当然だ。右目があった頃は地球の裏側まで狙えたんだがな!」
そう言って眼帯男は立ち上がって、
「マスター! 会計は死体と寝てる札で頼むわ」
「毎度」
眼帯男は死体に唾を吐き、笑いながら出ていった。
名無しは日本酒を飲んでマスターに眼帯男について尋ねる。
「アイツ何者だ? ただのクズだと思っていたらかなりの凄腕じゃねえか」
マスターは笑って答える。
「ヘッヘッヘ。あの男は『ダーティーパッチ』と呼ばれている汚くて酒臭い男です。氏名不詳。年齢不詳。無職。家無し友無し金も無し。村一番の嫌われ者。だけどなお客さん。彼の『早撃ち』は常軌を逸しています。おまけに悪運も強え。沼田家と借金取りを敵に回しながら卑怯に生きてまさあ」
「面白い奴だな」
マスターはうんざりした顔で、
「とんでもない。迷惑極まりない。もし奴と殺り合う時があれば迷わず眉間を撃ってください。さっきの輩の二の舞になっちまう」
「忠告ありがとよ」
名無しは煙草を噛み締めブレッドガイに話しかける。
「そういえばお前賞金稼ぎと言ってたが家族の職業は? 米農家ではないんだろ」
「ウチの家族はパン屋さ。最高のコッペパンを作り続けている。お前は?」
名無しは少し暗い表情で答える。
「家族は昔いたがもういねえ。兄は小さい頃に死んだ。田んぼ好きのいい奴だった。もう覚えてねえが」
「そうか。それは悲しいな。ところでお前、コッペパンは好きか?」
名無しは煙を吐いて少し考え答えを出す。
「嫌いでもねえが好きでもねえ」
ブレッドガイは胸からコッペパンを取り出した。透明なパン袋に入っている。
「まるで給食みたいだな」
ブレッドガイは笑って、
「ハッハ。マッカーサーと同じ反応だ」
名無しは驚いて、
「マッカーサーもこれを食ったのか?」
「ああ。祖父によると涙を流していたらしい。日本が今も平和なのはウチのコッペパンのおかげさ」
「なら楽しみだ」
名無しは袋を開け、「いただきます」と言って頬張った。ブレッドガイはニヤけている。
「うっ……な、なにを」
名無しは倒れた。コッペパンに睡眠薬が混入していたのだ! ブレッドガイは名無しを担ぐ。
「マスター。連れが潰れちまった」
マスターは真剣な眼差しで問う。
「一体なにするつもりだ?」
ブレッドガイはマスターに目を合わせて間を置き、
「飯テロさ」
と答える。ブレッドガイは眠る名無しを軽トラに乗せ運転席でハンドルを握る。ゆっくりと道の真ん中を軽トラで駆け抜ける。
ブレッドガイは自動販売機の前で小銭を探す小汚い男を見つけ、ブレーキを踏む。窓を開け大声で話しかける。
「お前、ダーティーパッチだろ?」
ダーティーパッチは四つん這いのまま振り返りブレッドガイに不機嫌そうな顔で、
「俺に文句あるのか? ん? テメエさっきの……」
ブレッドガイは名乗る。
「ブレッドガイ。今からお前に大金と仕事をやる男だ。金が欲しいだろ眼帯男」
場面は変わり、沼田家の広い洋室。日本の米農家というよりはヨーロッパの農園主がいるような部屋だ。靴を履いたまま沼田隼輔がソファに座りながら部下からの報告を聞いていた。
「以上でございます。ファーマー」
ファーマーとはファーザーを指す米農家の中では最高尊敬にあたる二人称だ。みんな沼田を恐れてファーマーと呼ぶ。沼田はゆっくりと葉巻を口から離して煙を吐き、葉巻を咥え、少し転がしながら喋る。
「その……野田を殺した賞金稼ぎ、ライスキラーと言ったか」
「その通りでございます。ファーマー。しかしファーマーには賞金が懸かっておりません。気にすることではないかと。野田の仇なら我々が必ずとります」
「今日、田んぼで米農家3人やられたってな」
「そうでございます。ファーマー」
沼田は突然葉巻を口に入れ、噛み砕き始めた。部下は驚いて口を開く。沼田は葉巻を飲み込んで煙を勢いよく吐き出す。
「奴は最強の米殺し。奴は俺を殺しに来た! ウチの米農家全員と決闘させても奴には勝てねえ。それくらい奴のデザートイーグルは強い。不意打ちでもなんでもいい。なんとしてでも奴を殺せ」
「ははっ! そ、それにしてもファーマーのライフルが敵わないなんてその賞金か……」
バァン! と沼田は大理石のテーブルを殴って怒鳴る!
「いつ俺が敵わないと言った! テメエ……脳みそを酸化させられたいらしいな!」
部下はガタガタ震え、沼田はライフルを構える。
「いいか。決闘すればもちろん俺のライフルが最強に決まってる。ただしな。俺は忙しいんだ。決闘を受諾しない俺に腹を立てた賞金稼ぎに背中撃たれてもおかしくねえってだけだ!」
「お、お許しください。もちろんファーマーの強さは存じています」
「その口一生閉じてろ」
沼田は引き金を手にかけ、部下は目を瞑る。その時部屋の扉が勢いよく開いた。
「賞金稼ぎ米殺しのブレッドガイが捕まりました!」
沼田はライフルをゆっくりとしまい大笑いし始める。殺されかけた男はホッと息をつく。
「天下無双の賞金稼ぎ様が情けねえ。連れて来い!」
扉から縄で縛られた名無しとそれを引きずるブレッドガイ本人が現れた。ブレッドガイは名無しを沼田の元に蹴り飛ばす。
「奴がブレッドガイです。ファーマー」
と嘘をつく。沼田は大笑いして喜ぶ。
「ハハハハハッ! 良くやったぞお前。名前はなんだ? 見ない顔だが職業は?」
「新田です。さすらいの米農家をやっています。全国を旅してブレッドガイのような反米づくりの連中を捕まえています」
沼田は名無しを蹴って痛めつける。
「どうだ。米に歯向かった重みを知れ」
名無しは苦しみながらも力を振り絞ってブレッドガイを睨みつける。
「う……らぎり……もの。お前がブレッド……」
名無しが言いかけた瞬間ブレッドガイは強力な蹴りを腹に入れる。名無しは激痛によって声が出ない。沼田はブレッドガイに聞く。
「コイツ、なんて言ってた?」
ブレッドガイは微笑んで、
「戯言です。俺を裏切り者だと」
ブレッドガイは名無しの顔に唾を吐いて、
「賞金稼ぎ。お前に1000万の懸賞金がファーマーによって懸けられた。俺は友情より金を選んだって訳さブレッドガイ」
名無しは息を荒げながらブレッドガイを睨み続ける。沼田は部下にハンドサインし、1000万を持ってこさせた。
「お前の報酬だ新田。感謝している」
沼田がパチッと指を鳴らすと部下達が名無しをどこかへ連れて行った。ブレッドガイは渡された1000万円を受け取り胸ポケットに入れる。
「ありがとうございます。ファーマー」
沼田は右手を差し出し、ブレッドガイはマフィアのような仕草で沼田の右手にキスをする。江戸時代行われていた地主に対する忠誠のサインだ。
「新田。お前の忠誠心を試そう」
ブレッドガイは顔を上げる。
「試す? 土産だけではご満足にならない?」
「ああ。本当にお前が米農家なのかのテストだ。もちろん合格しなければ死者になってもらうが心配することはない。なあに、沼田の米農家は全員合格した簡単なテストだ」
沼田はブレッドガイをテーブルに連れて椅子に座らせる。部下は炊ける前のカチカチの米粒が大量に入った容器を大理石のテーブルに置く。沼田は胸ポケットから箸を出してブレッドガイの目の前に置く。
「いいか。この容器から好きなのを箸で掴んで食え。そしてどこの米か当てろ。もちろん米農家なんだから愛する米粒を箸から落とすはずがない。米粒を落とせば命を落としたと思え」
ブレッドガイは沼田に尋ねる。
「炊かれたほかほかご飯を食べることはできないのです? ファーマー」
沼田は微笑する。
「テストが終わった後、ほかほかご飯ならいくらでも食わせてやる。それとも炊いてない米の味が分からないとでも言うんじゃねえよな? 米農家なら炊飯せずとも米を嗜めるはずだが」
ブレッドガイは米粒と向き合う。箸を持ち、一粒掴んで口に運ぶ。硬い米を歯で割って食べる。